閑話

人魚姫 ~運命の出会い編~


「ぼく、おふね大好き!」


 きっかけは、王子の気ままな舟遊びだった。


 時を同じくして、いつもは海底深くに生息している人魚姫が、たまたまこの海域に浮上する。


 広い世界の中で、偶然にも王子を見かけた人魚姫。一目見て恋に落ちた。そう、例の悪い魔法にかかってしまったのだ。

 もう嫌な予感しかしない。


 嵐来る。王子遭難。


 それを見た人魚姫は勇敢にも人命救助にあたった。無論、王子が最優先。なお他の乗組員たちがどうなったのかは、定かではない。


 水難事故の場合、まずは飲みこんだ水を吐かせるのが大事だ。

 続いて脈と呼吸を確認し、必要に応じて救急救命処置を行う。

 通行人がいれば助けを求め、119番通報とAEDの確保、現場の整理など手分けして行うと良いが、残念ながらこのとき周囲に人はいなかった。


 だが案ずることはない。ここはおとぎ話の世界。人工呼吸キスさえしとけば何とかなる。


 人魚姫の適切な処置の甲斐あって、王子は意識を取り戻した。


 これで相手がマーライオンだったら、話はそこで終わる。だが目の前にいるのはマーメイド。もれなく美少女。王子の好みドストライク。


 人魚の元ネタはジュゴンとされるが、諸説ある。いずれにしても日常生活において衣服など着用しない。常時服着てスイミングはしんどい。

 貝殻などをあてがうのは、全年齢向けのオプションである。


 というわけで、王子が目を覚ましたらカワイイ女の子が全裸で献身的に介抱してくれていた――そりゃあ、勘違いもするでしょ。健全な男子なんですから。

 王子、俄然ヤル気になる。


 ところが残念、下半身はお魚でした。


 バカにしてはいけない。子孫を残すことは、高貴な家柄に生まれた王子にとって重大なる責務なのだ。


 王子は人魚姫を説得した。理由は何でもいい。キミと一緒に散歩がしたいとか、キミと一緒にダンスがしたいとか、キミと一緒にマッターホルンを制したいとか。


 とにかく下半身が人間になってくれればそれでいい。女性を上手く説得するのも、帝王学の一環だ。


 現代風にいくとこんな感じだろう。


「実は、私のムスコが病気で……。ちゃんとした治療を受けさせてやりたいが、治療費も払えないんだ。頼む、私にはキミしかいないんだよ!」


「わかったわ、王子。明日、銀行に行ってくる!」


 人魚姫はあっさり了承した。相手がイケメンだったからだ。

 これが非イケメンで話術イマイチだったなら、その日のうちに警察に行くことになる。


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