第41話 アスラン血風8 そんな結婚式はぶち壊せ

 エリザベス王女と従兄のアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィとの挙式の日がやって来た。

 天気は、エリザベス王女の心を表しているような浮かない曇り空であった。


 挙式は、旧市街にあるアマルフィ国教会のアスラン大聖堂で強行された。

 新郎のアルフレッドは、勲章の付いた紺色の軍服風のコートに身を包んでいた。

 新婦のエリザベス王女は、裾が何メートルにも及ぶ純白の豪奢なウエディングドレスに身を包む。

 二人は、大聖堂の入口から敷かれた赤い絨毯の上を大司教の待つ祭壇に向かって真っすぐに進んだ。周囲には、アスラン公の家臣らと儀礼用の装束の衛兵が立ち並ぶ。祭壇に近い最前列には、ザイドリッツ右大臣の姿も見えた。また、所々に黒い衣装の魔導士の姿が見える。それらの者の顔はフードや仮面で隠されており、挙式という祝いの場には相応しいとは言えない。そして、一番奥には、白地に金刺繡の法衣風の衣装を着たの姿があった。


 そして、祭壇の前まで、二人が到着すると、誓いの指輪が用意され、大司教が誓いの訓示を述べていく。

「夫アルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィ、あなたは、この者を生涯妻とすることを誓いますか?」

「誓います」

 アルフレッドは、薄気味の悪い笑みを浮かべながら言う。一方のエリザベス王女は、俯き加減で殊勝な面持ちを維持していた。

「妻エリザベス・アマルフィ、あなたは、この者を生涯の夫とすることを誓いますか?」

「私は・・・、」

 エリザベス王女は、俯いていた顔を上げて宣言した。


「絶対嫌です。誓いません!」


 エリザベスの澄んだ凛とした声が聖堂内に響きわたり、聖堂内がざわつき始める。

「な、何だとをーーーッ!」

 アルフレッドが、怒りの眼をエリザベス王女に向けた。

 しかし、エリザベス王女は、ドレスの左大腿あたりを引き裂き、鞘から短剣ダガーを引き抜いた。そして、目の前に差し出されていた指輪が入った箱を切断すると、指輪がコロコロと床に転がった。

「これが、私の答えです。誰があなたなどと結婚するものですか!」


「エリザベスーーーーーーーッ!」


「殿下!」

 ザイドリッツ右大臣が、駆け寄り、アルフレッドからエリザベス王女を守るように前に出た。

「アルフレッド殿、下がりなさい。あなたは、王女からのですよ」

 ザイドリッツ右大臣は、帯刀していた剣の柄に手を置く。

「うぬぬぬ、貴様―――――――っ!」

 アルフレッドは、目いっぱい悔しそうだ。


 そして、この時を待っていましたとばかりに突然黒子のヨウが、王女の傍に姿を現した。

 今回は、メイド服ではなく、黒いしのび風の本来の衣装を身に纏う。

 ヨウは、実は、大聖堂の天井にに身を包み、身を潜めていたのだ。この透明なマントも剣聖団の極秘アイテムである。

「王女。御無事で」

「ヨウ、よく来てくれました」

 エリザベス王女の顔がほころぶ。


「衛兵、何をしている。痴れ者どもを排除せぬか!」

 アルフレッドが、叫ぶ。

 しかし、衛兵は、王女等を遠巻きに囲むものの、エリザベスに剣を向けるのを躊躇っていた。


 この様子をアスラン公は、不敵な笑みを浮かべながら見守っていた。その瞳には妖気が漂う。

 しかし、エリザベス王女は、臆することなくアスラン公を睨む。そして、言葉を発した。


「ご列席者の皆さま方にお伝えします。そこに立つ男は、ではありません」


「おお、エリザベス王女がご乱心されたぞ!」

 どうやら、列席したアスラン公の家臣等は、偽のアスラン公の妖気にやられたのか、暗黒魔導士の幻魔法にやられたのか、偽の情報に支配されているようだ。

「違います、私は正気です」

「これは、話しても無駄なようですな」

 ザイドリッツ右大臣が、ダメですと言う風に首を横に振った。

「で、でも・・・」

「無駄だ、エリザベス。お前は、俺の妻になるしかないんだよ。ウヒヒヒッ」

「あなたは、黙っていなさい!」

 エリザベス王女は、ピシャリと言った。アルフレッドへの恐怖心は無くなったようだ。

「な、何だと!ウグググッ」

 アルフレッドは、唇を噛み悔しがる。


「あまりオイタが過ぎるのも見過ごせないぞ」

 偽のアスラン公が口を開くと、静かにエリザベス王女に近づく。


「近寄るな!」

 ヨウが王女を守るように立ち塞がる。

「どけ!」

 アスラン公の眼が、クワっと妖しく黄色くなると、凄まじい気が発せられ、ヨウが弾き飛ばされた。しかし、ヨウは体勢を空中で立て直し、着地する。しかし、軽い金縛りにあったようにすぐには動けないようだ。

「うっ!」


 偽のアスラン公は、尚もエリザベス王女に近づく。エリザベス王女とザイドリッツは後ずさりする。

「近寄らないで!」

 エリザベス王女は、偽のアスラン公にダガーを向ける。

「素直にいう事を聞けば良いものを」



 その時だ


 ドカシャシャーンッ!


「何だ!」

 一斉に、聖堂内の人々の視線が、音がした方向に集まる。

 入口付近のドーム型屋根のステンドグラスの窓が割れ、赤い流線形の物体が突然落ちて来たのだ。


 アレクセイ・スミナロフが乗った真紅のシュライダーだ。

 シュライダーーは、剣聖が駆る宙を浮いて走行する単車のような乗り物だ。


 アレクセイは、赤い絨毯の上にシュライダーを着地させると、エリザベス王女がいる祭壇の方にスピンさせながら走らせる。

「うわーーっ!」

 周囲の衛兵や列席者は、シュライダーを避けようと散らばって行く。

 そして、アレクセイは、シュライダーを跳躍させると、王女と偽のアスラン公の間に着地した。


 王女の前に黒のフロックコートをカッコよく着こなす男が、降り立った。

 黒の執事バトラー姿のアレクセイ・スミナロフは、シュライダーを颯爽と降りると、エリザベス王女の前に跪き、王女のの手を取り、美声を発した。


「エリザベス王女、来るのが遅くなり申し訳ありませんでした」


 この男の仕草は、敵陣のど真ん中にいるというのにどれを取っても完璧なまでにカッコイイ。


「アレクセイ!」


 緊張が解けたのだろう。感極まり眼から涙が零れるエリザベスだ。

 それに優しい微笑で応えるアレクセイだ。

 本当に憎いまでにカッコイイ!


「その花嫁衣裳のお姿も素敵です。すごくお綺麗ですよ」


 アレクセイは、立ち上がり、エリザベス王女を優しく見つめて言った。

「あの~、褒めて頂くのは嬉しいのですが、今はそんな時では・・・」

 エリザベス王女は、頬を朱に染めながら照れる。


「うぬぬぬ、アレクセイ・スミナロフ!またしても邪魔立て(※)を!」

 歯ぎしりを立てて悔しがるのは、アルフレッドの方だ。


(※アルフレッド君が邪魔された経緯は、第25話、26話「エリザベス王女誘拐事件」前後編ご御覧ください)


 しかし、アレクセイはアルフレッド君の方は、無視して王女を抱き寄せ、その耳元に囁いた。

「手間取ってしまいましたが、の居場所がわかりました。すぐにお連れします」

 エリザベス王女は、ハッとアレクセイを見つめコクリと頷いた。

「貴様、俺のエリザベスはなよめに何をしているか!」

「王女があなたの花嫁な訳ないでしょう。このような輩に国を売るような者に王女は渡せませんね」

「うぬぬぬぬぬ・・、貴様ーッ!」

 地団駄を踏んでアルフレッドは悔しがっている。


「ヨウ、君は王女とザイドリッツ卿を連れて先に行って。ここは僕に任せてくれ」

「はい。殿下、急ぎましょう。私が道を切り開きます」

 ヨウは、そう言うと、立ちふさがる衛兵等を蹴散らし、道を切り開く。その後をエリザベス王女とザイドリッツ左大臣が続いた。


「エリザベス、俺と結婚しないこと、後悔するぞ!嫌、からな!」

 アルフレッドは走り去っていくエリザベス王女の背中に叫んだ!

 果たして、これは捨て台詞なのか?



「うわっはっは。面白い、面白いぞ」

 瞳を妖しく輝かせる偽のアスラン公が大きな声で笑った。本当に楽しんでいるかのようだ。


 アレクセイは、声の主の方を振り向く。

 

 偽物のアスラン公からは尋常ではない妖気がヒシヒシと伝わって来る。しかし、アレクセイは、全く慌てた様子もない。


「ふん、よくも人に竜が化けたものだ。貴様だな。リールを殺ったのは?」

 アレクセイから柔和な表情が消え、鋭い視線に変わる。

「だったらどうだと言うのだ」

 偽のアスラン公は、楽しそうに妖しい笑みを浮かべたままだ。


 瞬間、アレクセイが、背中の大剣を抜き放ち、斬りかかった。


 しかし、その前に、暗黒魔導教団の黒の騎士風の正装をした暗黒魔騎士が、立ちふさがり、双剣でアレクセイの一撃を受け止めた。赤毛のその男は赤い仮面を付けていて顔は確認できない。

「おっと、それ以上は進まぬことだ」

 しかしアレクセイの大剣による一撃は、強烈だ。足が大理石の床にめり込み、亀裂が入る。その暗黒魔騎士は何らかの魔法で力を分散したが、それでもこの威力だ。

「また邪魔をするのかい。

「何だと!ロキを知っているのか?邪魔だな、剣聖!」

 暗黒魔騎士は、アレクセイの大剣を受け止めると、一方を持ち替え、アレクセイの首筋目がけて放つ。

 アレクセイは、それを白いグローブをはめた手で受け止めた。


「何!」


 そして、アレクセイは、大剣で暗黒魔騎士のもう一方の双剣を弾き、大剣を彼の顎先に突きつける。

「邪魔しないでくれるか?僕の用は、君じゃない。竜の方だ」

「ウグッ」

 アレクセイの鋭い視線は、偽のアスラン公に向けられる。

「下がっていろ。ラキよ」

 偽のアスラン公が静かに言う。

「ハッ」

 そう言われると、ラキはアレクセイの前から退き、横に退いた。


「もう一度確認する。リール・イングレースを殺ったのは、お前か?」

 アレクセイは、更に怒りの視線を隠すことなく偽のアスラン公に向ける。いつも柔和なこの男がこのような表情をするのはあまり目にしないことだ。

「そうだと言っておろう。儂は、噓は言わんぞ。小さなと違ってな」

 偽のアスラン公は不敵な笑みと妖しい黄色い瞳を絶やさない。


「なら、ここで死ね」


 アレクセイは、奥歯の竜力解放の薬を噛むと、黒髪から赤髪に変わり、衣装も執事の燕尾服から剣聖の白いロングコートの姿に変わった。


 アレクセイは、跳躍して、偽のアスラン公に一気に近づくと大剣を振り下ろした。


 凄まじい衝撃が周囲に走り、周囲の衛兵や列席者等の人々が吹き飛ばさる。ステンドグラスなどのガラスも割れて落ち、大聖堂の天井に亀裂が入り、パラパラと石の破片が落ちて来る。


「うわーーっ!逃げろーーーっ!」


 大聖堂にいた重臣等は、逃げようと出口に殺到していく。

 しかし、この強烈な一撃も偽のアスラン公は手で受け止め、かすり傷さえ負っていない。

「おいおい、を荒らしてくれるなよ」

「お前、わざとやったな。僕の剣戟を利用して、衝撃波を起しただろう」

「ふ、ふふふ。儂は続けても構わんぞ。人間共が犠牲になるだけだ」


 アレクセイは、躊躇していた。

 これ以上攻撃をすれば、周囲の人々を巻き込み、大聖堂を崩壊させてしまう。


 こいつは、実に狡猾な竜だ。


「剣聖よ。さあ、我らがルーマー帝国の前に跪くが良い。クックックック」

最早もはや隠さぬか。ルーマー帝国と竜が結びついているといのは、本当だったようだな」


『口の利き方に気を付けよ、人間!我は上位種なるぞ』


 偽のアスラン公の瞳が、クワっと竜のように怪しく赤く光った。その声は、ドラゴンが発するいつもの心に直接届くような声だ。


「ふん、その方が、お前等らしくて良いよ」


 アレクセイは、飛びのくと、赤いシュライダーに跨った。


「今日のところは、見逃してやるが、リールを殺ったお前に


 アレクセイは、剣を突きつけそう言い残すと、シュライダーをスライドさせ、急発進し、大聖堂を後にした。



 一方のエリザベス王女等は大聖堂を出ていた。

「この先に、次元馬車を待機させています。それで脱出します」

 ヨウが言う。

「もう、走りにくいわ」

 エリザベス王女が止まり、つけたままであったベールを外し、放り投げた。

「お、王女、それは!」

 ザイドリッツ左大臣が、慌て顔に手をやる。


 ビリ、ビリビリビリーッ!


 エリザベス王女は、手にした短剣ダガーで、膝上辺りでウエディングドレスの裾を切った。


「これで動きやすくなりました。急ぎましょう」


 エリザベス王女等は再び走り始める。

 エリザベス王女がこんなにお転婆だったとは、いや、小さい時は、かなりのお転婆で今亡き母女王によく怒られていたことをザイドリッツは思い出した。

 

 しかし、暫く通りを進んで行くとアスランの兵士等が現れ、囲まれてしまった。


「エリザベス王女殿下、お戻りを。挙式はまだ終わっておりませんぞ」

 青い騎士の鎧を着た男が兵士らの中から一歩前に出て言う。


「私は、戻りません。あなた方は、アスランの騎士ではないのですか。あの男は伯父様などではありません」

「まだ、そのようなことを。手荒な真似をさせないで頂きたい」


 その時、王女の手にした短剣ダガーが白く明滅し始めた。

「なに?」


 この短剣ダガーは、エリザベス王女を守るための特殊アイテムだった。短剣と言っても、ナイフ位のサイズであまり武器に向いているようには見えない。

 アレクセイが、アスラン行の前に彼女に渡していた。その短剣が、エリザベス王女のピンチに反応し始めた。


『さあ。王女、私をお使いください』

「え?」

 エリザベス王女は小さな短剣を見つめる。

「短剣が、私に直接声を・・。でもどうやって?」

『私に身を任せてください。王女をアシストします』

「わ、わかったわ」

『フフフ、久しぶりに血をたっぷり吸える。さあ、血を寄こせ!』

 そう短剣の声がエリザベス王女に届くと、短剣の光が増した。

「ダメよ。殺してはダメ。少し傷つけて下がらせるだけにしてください」

『ええ?それじゃ楽しくないのですが・・・』

「言うことを聞かないのなら、鞘に納めますよ」

『ああ、わかりました。仕方ないですね。主はあなたです、王女。こんな人は初めてです。トホホ』

 短剣がぼやく。

 兵士がエリザベス王女を捕らえようと、じりじりと近寄る。

「近寄らないでください。怪我をしますよ」

 エリザベス王女は、短剣に身を任せると、手にした手が勝手に動き、兵士をけん制する。

「うわっ!」

 武器を持つ手に、鋭い一撃をお見舞いすると、兵士は、剣を落とした。

 

 この短剣の特徴は、怪我を負うことなく、相手を傷つけることができることだ。護身用の最強のアイテムである。

 それからも、王女は、近づく者に短剣を振り、軽い傷を負わせ、下がらせていく。

 ザイドリッツ右大臣もサーベルを抜きけん制する。

 ヨウは、馬車への道を切り開こうと、双刀で兵士を切り伏せて行くが、兵士の数が多く中々道が開けない。


「はあ、はあ、はあ・・・」

 エリザベス王女とザイドリッツ右大臣の息が次第に上がっていく。

「マズい。このままだと・・」

 ヨウが唇を噛む。


 そこに、大聖堂の方から近づく赤い物体が現れた。アレクセイの駆るシュライダーだ。


「うわーーっ!」


 物凄い速さで突っ込んでくるシュライダーを避けようと兵士等は、散り散りになった。

 そして、アレクセイは、エリザベス王女と合流する。


「さあ、王女、後ろに乗ってください。本物のアスラン公を救出に行きますよ」


                                (つづく)

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