第22話 覚醒魔導士

 馬車は、昼前には、カラミーア領都カラムンドに到着した。

 

 領都はまだ厳戒態勢のままで、街の外出は制限されているため、市民の人影はまばらだ。クリムゾン・ドラゴン討伐のしらせは、まだ市民には届いていないようだ。そんなひっそりと静まり返っている街中を、馬車は、城に向けて進んでいく。石畳の道を行く馬車の馬の蹄の音と馬車の車輪が回る音がやけに大きく聞こえる。


「わー、大きな街!」

 先ほどからエリーシアは、窓の外の家や店舗、大きな建物が流れる景色に釘付けだ。カラムンドは、オレンジ屋根で統一された非常に美しい都市だ。

「ここは、中核都市だからな」

「私、こんな大きな都市まちに来るの初めて!」

「お姉ちゃん、お家とお店がいっぱい。大きな建物もある!」

「エリーシア、いいかげん、そのお姉ちゃんと呼ぶのは止めてくれないか」

 窓の外を見ていたエリーシアがスフィーティアの方に振り返る。

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「スフィーティアでいいよ。お前は、まだ私の弟子シュヴェスタではないからな」

 剣聖は、必ず師弟関係を通して一人前の剣聖として自立していく。師をマスター、弟子をシュヴェスタ又はミノーレと呼んでいる。

「そうなの?」

「ああ、弟子シュヴェスタを取るには、剣聖団の許可がいる」

 スフィーティアは、左腕のブレスレットをチラッと見る。ブレスレットは、まだ赤く点滅していた。

「ちょうど、呼び出しがかかったところだ。一度剣聖団に戻らなければならない」

 スフィーティアは、明滅しているブレスレットをエリーシアに示す。

「悪いが、お前のことをお願いしておくから、ここの城で待っていてくれ」

 エリーシアは少し不安そうな顔をしたが、コクリと頷いた。



 やがて二人を乗せた馬車は、城の堀を渡り、城門の前まで来た。城門が大きく開くと、馬車は門を潜り城に入って行った。城の入口前まで来ると、そこには、サンタモニカ・クローゼが待っていた。スフィーティアとエリーシアが馬車から降りると、モニカが出迎えた。


「スフィーティア、リザブ村を襲撃したドラゴンを討伐したとのこと。まずは、領主カラミーア伯に代わり、篤くお礼を申し上げます」

 城には、ドラゴン討伐の報がすでに届いていており、モニカは、馬車から降りて来たスフィーティアの両手を取る。

「ありがとう。だが、リザブ村は壊滅してしまった。住民は、ほとんどが亡くなった。すまない。間に合わなかったよ」

「残念なことですが、あなたのせいではありません。ん?」

 スフィーティアの後ろにいたエリーシアが恥ずかしそうに顔を出した。

「その子は?」

「リザブ村の生き残りの子だ。訳があって、私の連れとなった。エリーシア・アシュレイという」

 エリーシアは、モニカにペコリとお辞儀をしたが、城の前庭の花に興味があるらしく、そちらに走って行ってしまった。


 モニカは、エリーシアをジーッと見つめた後に言った

「不思議な娘ですね。魔力を感じます。それも相当な魔力を」

「わかるのか?そう。エリーシアは、魔法が使える。クリムゾン・ドラゴンとの戦いでその能力に目覚めたようだ。ドラゴン相手に光の魔法や雷の魔法などを使った。ただ力の制御ができていないようだ」

「まさか、それって、覚醒魔導士リベイラー!我々魔道士には2種類あります。杖などの魔道具を使い、魔力を引き出す者と先天的に大きな魔力を持ち、その力に目覚める者です。当然後者は、稀で覚醒魔導士リベイラーあるいは魔女と呼ばれます。それは、間違いなく覚醒魔導士です。しかも彼女の魔力は、相当強いと思います。しかし、このような魔力を以前もどこかで・・・」

「魔女の力が、クリムゾン・ドラゴンを呼んだ・・」

「え?」

「クリムゾン・ドラゴンの目的は、エリーシアだった」

「なるほど。そう言えば、あの方も、ドラゴンに狙われていたとか」

「誰ですか、それは?」

「マリー・ノエル・ワルキュリア。名前位は聞いたことがあるでしょう?聖魔道教国ワルキューレの現教皇王クリサリス様の皇女で後継者でしたが、現在行方不明となっています。彼女は、その魔法の力でドラゴンを消滅させたと言います」

「消滅魔法?」

「ええ、究極魔法の一つインフェルノです。物体の内側から大きな爆発を起こし、内側から焼き尽くします。あなた方が集める『竜の心臓の欠片』のみ残ったと言いますが。いくらドラゴンが不死身と言っても、肉体が消滅しては復活できませんからね。ただ、こんなことができる魔道士は、まずいません。私は一度だけマリー・ノエル皇女を遠目にですが、見たことがあります。そうエリーシアちゃんのような銀髪の美しい方でした。はッ!まさか・・」

 スフィーティアは、モニカの口を手で塞ぐ。

「ありがとう、モニカ。もういい。これ以上はここではまずい」

 モニカは、頷いた。


「それよりも、エリーシアがここにいることで、領都ここが狙われる危険がある。そっちの方が心配だ」

「可能性はありますね・・」

「すまない。領都を巻き込む事態は避けたいのだが、申し訳ない。私はすぐに剣聖団本部に出頭しなければならない。明日には、戻るつもりだ。それまで、エリーシアをここで保護してくれないだろうか?」

「わかりました。他ならぬ、あなたの頼みです。カラミーア伯には私から報告しておきましょう」

「ありがとう。何かあればすぐにでも戻るから安心してくれ」

 二人が話している間、エリーシアは、城の前庭の花壇に植えられた美しい色とりどりの花を見て回ったり、飛んでいる蝶を追いかけまわしたりしていた。


「エリーシア、おいで!」

 スフィーティアの声を聞き、エリーシアは駆け寄ってきた。スフィーティアは、エリーシアの前に屈み、エリーシアの頭にポンと手を置く。

「さっきも話したが、私は剣聖団本部に行かなければならない。明日には戻るからここで待っていてくれ」

「必ず、帰ってくる?」

 エリーシアは不安そうな目を向ける。

「ああ、必ず戻るよ」

 そう言って、エリーシアを抱き寄せる。そして、彼女の耳元に囁くのだった。

「いいかい。魔法は絶対に使ってはいけないよ。ドラゴンがまた現れるといけないからね」

「わかった」

「いい子だ。そうだ、お前にこれをあげよう」

 エリーシアを放すと、スフィーティアは、首にかけていたペンダントを外した。金の鎖に剣を持った女神が周りに施され、中心に小さなエメラルドが埋め込まれた美しいペンダントだ。

「お守りだ。決して離してはいけないよ」

 エリーシアの首にペンダントをかけてやると、エリーシアは目を輝かせた。

「わー、ありがとう、お・・、スフィーティア」

 エリーシアは、照れ臭そうにスフィーティアの名前を口にした。

「よし、それでいい」


 その時だ。一陣の強い風が駆け抜け、エリーシアの長い銀色の髪をビューっとなびかせた。すると、長い髪に隠れていた彼女の耳が露わになった。エリーシアの耳は、普通の人間の耳よりも少し長く先が尖がっていた。

「エリーシア、お前のその耳は・・」

「いや、見ないで!」

 エリーシアは急いで、長い銀髪で耳を隠した。

 スフィーティアは立ち上がると、モニカの方を向く。モニカが、スフィーティアに近づいて囁いた。

「これは、もう間違いないです。エリーシアちゃんは、ワルキューレの血族だと思います。マリー・ノエル様の血筋なのではないですか?」

「あ、ああ」

 スフィーティアは静かに頷いた。

「スフィーティア、わかっているんですか?これは、重大なことですよ。外交問題にだってなりえます!」

「わかっている。でも、出生がどうとかはこの子のせいではないよ。私は、ただこの子の養父の願いを聞き、今はこの子を保護する。それに、運命は自分で切り開くものだよ。私は、この子が自分で進む道を選べるように手伝うだけだ」


 スフィーティアは、エリーシアが、彼女のマスターである大剣聖ユリアヌス・カエサル・ブルーローズの娘であることには触れなかった。

 スフィーティアは、身をかがめ、エリーシアを抱き寄せた。

「エリーシア、悪かった」

 スフィーティアは、エリーシアをその胸に埋めるくらいに抱きしめた。

「スフィーティア、く、苦しいよ」

「我慢しろ」

 スフィーティアとエリーシアは暫く時が止まったかのようにそうしていた。


「では、モニカ。エリーシアのことを頼みます」

「わかりました。エリーシアちゃん、さあ、私とお城の中に入りましょう」

「うん。大きなお城!」

 エリーシアは、歴史の風格を感じさせる古城を見上げて喜んだ。スフィーティアは、二人が手を繋いで城に入って行くのを見送った。



 スフィーティアは、城の庭園に置かれた彼女の『シュライダー』までやって来た。

 パールホワイトの美しいシュライダーに跨ると、起動し、ハンドルの真ん中にフローティングパネルが写し出された。


 シュライダーは、剣聖が使用するバイクのような流線形の乗り物だが、バイクとの違いは車輪が無いことだ。起動すると宙に浮いて走る。起動は、剣聖の生体認証を確認し起動するため、他人は動かせない。また、剣聖の竜力に反応するため、剣聖以外の者は操作できない。

 前のスフィーティアのシュライダーは、ヘリオドール・ドラゴンとの戦闘中に破壊(自爆と言った方がいいかもしれない。詳しくは7話参照)されたので、これは、剣聖団から新しく配給されたものだ。勿論、彼女の剣聖の報酬からリベリ※をたんまり取られた。動力を起動しても、特に車のエンジンのように大きな音がするわけではない。走る時も実に静かなものだ。


※リベリは剣聖団が流通させている通貨。比較的どこの国でも使える。


 スフィーティアは、フローティングパネルに、赤く点滅しているブレスレットを合わせパネルから放す。するとパネルに、文字が一文字ずつカタカタと打たれるように表示されていく。


『スフィーティアエリスクライニメイジル。イチリョウジツチュウニホンブニシュットウセヨ。 イジョウ』


「ハイハイ、伺いますよ。ちょうど、こちらも確認したいことがあるしね」

 パネルの指令文の表示が消えると、ブレスレットの点滅も収まった。

「さて、座標登録を、と」

 スフィーティアは、座標確認し素早く転移座標と目的地をパネルに打ち込む。目的地は、スフィーティアの古城だ。一旦、古城に帰還し、そこから剣聖団本部に行くことになる。

「よし、座標確認よし。出発だ」

 スフィーティアは、城の方を振り返る。

「エリーシア、待っていてくれ。すぐに戻るから」

 そう呟くと、シュライダーのスロットルを回す。すると、凄い勢いでシュライダーを数回スピンさせると、急発進した。それも城壁に向かって。

 スロットルの回転を上げ、スピードを上げる

「ギュイーンっ」

 急な加速だ。とても安全運転とは言い難い。壁に衝突する瞬間、スフィーティアは、シュライダーの前部を持ち上げると、城壁を垂直に走り始めた。そして、城壁を昇り終えた時だ。

「うわーっ!」

 城壁の上の見回りの兵士が、急に下から飛び出してきたシュライダーに驚き、尻もちをついた。

「すまない。急いでいるんだ」

 スフィーティアのシュライダーは、兵士の頭上を越えて行く。そして、一段スロットルを上げると、城壁も城の堀も大きく飛び越えてオレンジ色の家々の屋根の上に降り立った。高い建物を避け、屋根の上をドンドン進んでいく。


「あー、今日もいい天気ね。ありがたいこと。洗濯日和だわ」

 テラスで主婦が洗濯物を干していた。

「ブンッ!」  

「あら?今何か通ったかしら?」

 主婦は辺りをキョロキョロとするが、目の前をスフィーティアのシュライダーが勢いよく通過して行ったことに気づかなかった。そして、街を囲む城壁が目の前に迫った。ここは、先ほどの城の城壁よりも一段高い。

「これは、越えられないそうにないな。転移ポイントを変更だ」

 スフィーティアは、シュライダーのパネルを素早く操作し、転移座標を変更した。そして、さらに屋根の上をさらに加速して行く。そして、壁に近づいて屋根が途切れたところで、思い切りスロットルを吹かし、シュライダーはジャンプした。そのまま勢いよく壁に突っ込むと激突直前に壁の辺りの空間が歪み黒いホールが開く。するとスフィーティアのシュライダーはそこに吸い込まれていった。また、開いた歪んだ空間はすぐに閉じていった・・・。

 

 そして、誰も気づく者はいなかった。

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