第20話 エリーシアの覚悟

 (18話からの続きです)


 スフィーティア・エリス・クライは、ドラゴンの血に染まっていた。手にしていた大剣クレイモアが右手から滑り落ちる。

「カララーンッ」

 そして、剣聖の鎧形態アーマーから正装形態フォーマルに解除され、長い白色のロングコートの姿に戻った。と同時に浴びたドラゴンの返り血は払しょくされていた。

 スフィーティアは、膝から崩れ落ち、地面に両手をつく。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

⦅さて、きっちりと対価をもらおうか⦆

「うるさい。さっさと済ませろ」


 クリムゾン・ドラゴンを倒したものの、奴がつけた森の炎はまだ勢いよく燃え続けていた。スフィーティアの周囲も火が勢いよく燃えている。早く鎮火する必要があった。スフィーティアは立ち上がるが、足取りが少しフラフラとしている。そして、落としたエゴン・アシュレイの大剣クレイモアを手に取った。

「うん?竜力が薄れて行くのか・・」

 手に取った大剣クレイモアを見ると青白い光が薄れ明滅していた。

凍れケラハ!」 

 そう呪念を唱え、大剣に左手を這わせると刀身に氷属性が付与され、周囲を凍らせるほどの冷気がほとばしる。スフィーティアは、身体を回転させながら、舞うかのように大剣クレイモアを振るうと、大剣から周囲に冷気が拡散し、スフィーティアの周囲の広い範囲の炎の勢いが急速に弱まり、次第に消えて行った。


⦅ククク、お前の身体は、いつ抱いてもよいな⦆

「余計なことは、言わず早く終わらせろ」

⦅そんなことを言っているが、お前も気持ち良いのであろうが⦆

「ふざけたことを!私に性的快感などあるものか。全身を気色悪い舌で舐められていると思うと気持ち悪くて反吐が出そうだ」

 そう言うスフィーティアの息が少し荒く、顔はほんのり紅潮しているようだ。しかし、動作には影響ない。

⦅本当に可哀想なヤツだ。秘めごとも楽しめんとは。まあ、我はお前を味わうだけだが。フフフフ・・⦆


 剣聖は、になる時に竜力の源になる竜の輝石きせきを胸に埋め込まれるが、この時に輝石たる『竜』(素材となったドラゴン)とある種の契約行為を交わす。その内容は、その剣聖と『竜』との交渉で決められる。交渉と言っても、その剣聖の『夢』の中で行われるものだ。スフィーティアの場合、『竜』の特別な力を借りる時の代償が『性的交渉』だったということだ。


 スフィーティアが周囲の火を消し止めると、いつの間にか近くまで来ていたエリーシア・アシュレイが駆け寄って来て、スフィーティアの腰に抱きついてきた。

「キャッ!」

 しかし、エリーシアが、ビックリしてスフィーティアからパッと離れる。何かに首筋を舐められるような感じがしたのだ。

「ああ、今は私に触るな」

⦅うひひひ、少女はいいのう⦆

「もう終わりだ。引っ込め」

⦅ちょっと、待て。まだ肝心な・・⦆


「フーっ」

 スフィーティアは一息つくと、息は整い、顔の紅潮も収まっていく。

「今のは何?」

「気にするな。もう大丈夫だ。変な感じはしないはずだ」

 スフィーティアは、エリーシアの頭に手をポンと置く。

「君がエリーシア・アシュレイだな?」

 そう確認しながら、スフィーティアは腰を落とし、エリーシアと向き合った。エリーシアがコクリと頷く。

「私は、スフィーティア・エリス・クライと言う」

 その名を聞いて、エリーシアの眼から突然涙が溢れてきた。


(この娘がエリーシアか。あの力は、魔法だ。それもかなりの魔力。エゴンが言いうようにこの娘がマスター・ユリアヌスの子だというのか。マスターは純粋な剣聖。魔法は使えない。そうすると、母親が・・。母親は一体誰なんだ?)

 様々な疑問がスフィーティアの頭の中で沸き起こる。

「大丈夫か?すまなかった。君のお母さんを救えなかった・・」

 エリーシアは、首を横に振り、涙目でスフィーティアを見た。

「お母さんが、言ったの。あなたの所に行きなさいって。力になってくれるって・・」

 エリーシアが涙目で訴える。

「エリーシア、心配するな。私は君の味方だよ。君のお父さんからも頼まれている。君の面倒は私がみよう」

 スフィーティアは、エリーシアの頭をなでた。


「お父さん!村にお父さんがまだ!」

 エリーシアは、村に向かって走り出そうとしたところを、スフィーティアがエリーシアの手を取った。そして、首を横に振る。

「エリーシア。君の父、エゴン・アシュレイは死んだ。君を逃がすためにドラゴンと戦って。辛いことだが、受け止めるんだ。死んだのは君のお父さんやお母さんだけではない。君以外のここの村人が皆死んだ」

「でも、お父さんは・・。お父さんは!」

 エリーシアは、スフィーティアの手を振りほどくと、リザブ村に向かって走って行った。

「エゴンよ。私はどうしたらいい?」

 立ち上がり、スフィーティアは、エゴン・アシュレイの大剣にそう語りかける。もう大剣に宿っていた冷気は無くなり、秘めていた竜力も失われ、普通の銀色の剣に戻っていた。スフィーティアは、エリーシアを守るために地面に突き刺した剣聖剣カーリオンを手に取り、腰の鞘に納める。そして、エゴンの大剣を背負い、エリーシアが向かったリザブ村へと歩を進めた。


「お父さ~ん!」

 エリーシアは、そう叫びながらまだ炎が燻り、ほとんどの建物が瓦礫となった村の中、父エゴン・アシュレイを探し回った。そこいらに村人の死体が横たわっており、凄惨な光景が地を覆っていた。

 村の中心部近くまで来たときだった。

「た、助け・・て」

 エリーシアは、立ち止った。辺りを見回すと、1件の崩れた家の下敷きとなっている女性を見つけた。近くに駆け寄ると、エリーシアも顔見知りの女性だった。

「おばさん!今助けるから」

「ああ、エリーシアかい。私はいいの。こ、この子をお願い・・」

 そういうと、懐で守っていた赤ん坊を差し出した。エリーシアは、赤ん坊を受け取ると、まだ火がくすぶっていた家が崩れ、女性の上に瓦礫が落ちてきた。エリーシアは、避けたが、女性は押し潰されてしまった。

「おばさーん!」

 後からやってきたスフィーティアが、それに気づき、瓦礫を取り除けたが、女性は潰され、既に息絶えていた。

「く!」

 スフィーティアは、唇を噛むしかなった。


 その時、エリーシアの手の中で突然赤ん坊が泣きだした。母親の死を察したのかもしれない。

「だ、大丈夫だよ。心配はいらないよ」

 エリーシアが懸命にあやしたが、赤ん坊は、中々泣き止まない。

「お、おい、大丈夫か?」

 スフィーティアは、こういった場面に慣れていないようだ。珍しく凄く取り乱している。

「どうしよう。お腹空いているのかなあ?」

「オギャー、オギャー!」

 エリーシアは、スフィーティアの豊満な胸をジッと見つめる。

「なんだ?」

「お姉ちゃん、おっぱい大きいんだから、あげられないの?」

「馬鹿を言うな!で、出るわけないだろう」

 珍しくスフィーティアの顔が赤くなった。

「はい」

 しかし、エリーシアはスフィーティアに赤ん坊を押し付けた。

「お、おい、こら!私は赤ん坊のあやし方なんか知らないんだぞ」

 不思議なことにスフィーティアが抱くと赤ん坊は泣き止んだ。

「あれ~?お姉ちゃんのことをお母さんと思ってるのかなぁ?」

 エリーシアは赤ん坊の顔を覗き込むと、ケタケタと笑っていた。スフィーティアは、不思議なものを見るように赤ん坊を見ていた。


 赤ん坊が泣き止んだので、二人は歩き始め、やがて村の広場に出ると、エゴン・アシュレイが倒れている所までやってきた。

「お父さん!」

 エリーシアはエゴンに駆け寄り、もう動かなくなったエゴンを抱き起した。その安らかな死に顔を見ていると、自然と涙が、エリーシアの頬を伝う。

「お父さん、満足そうな顔してる」

「エリーシア、すまない。私がもっと早く駆けつけていれば・・」

「ううん。お父さん、きっと後悔なんかしていないと思うの。お姉ちゃんのおかげでしょ?」

「エゴンは、私に君の事を頼むと言ったんだ。私はその期待に応えなくてはならない」

 スフィーティアは、赤ん坊を抱きつつ、右手で、背中からエゴンの大剣を抜いた。そして、それをエリーシアに差し出した。


「エリーシア・アシュレイ!君に問おう。私は、このエゴンのつるぎに誓う、剣聖として。君は、我がマスター・ユリアヌスの子。もし剣聖として、生きていく意志があるのならば、力を貸そう。また、そうでない場合は、私は君を守ろう。エゴンは、君を『希望』だと言った。その意志を引き継ぎこの剣を取るか?」

 エリーシアは、迷わず、スフィーティアからその剣を両手で受け取った。

「ううッ!」

 ズシリと来る重みにエリーシアは思わず呻いてしまう。

 エゴン・アシュレイのつるぎは、8歳の少女が持つには、あまりにも大きく、重いものだ。その重みには、父エゴン・アシュレイの想いも加わっているようだ。

「私は、まだ何もわからない。実のお父さんのこととかも実のお母さんのこととかも。でも、育ててくれたお父さんとお母さんを殺し、私の育ったこの村を壊したドラゴンを絶対許さない。そのために、私は強くなりたい!」

 エリーシアは、ありったけの力を込めて大剣クレイモアを両手で掲げ、真剣な眼差しをスフィーティアに向けた。

「はあ、はあ、はあ」

 エリーシアが大剣を下ろすと、スフィーティアはエリーシアの肩に手を置き、微笑む。

「エリーシア、君の気持ちは、伝わった」


 しかし、その顔には一抹の不安が宿っていた。

(恐らく、このの運命は、そんな平坦なものではない。魔力を持つ剣聖などいない。ああは言ったが、剣聖としての道は多難だ)

 そして、スフィーティアは、エゴンから預かったブルーローズ家の家紋の指輪を懐に感じていた。


 これを渡せる日はいつなのだろうかと、スフィーティアは、自問するのだった。

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