第18話 怒りのスフィーティア

 ヒューンッ、グサッ!


 そらから大剣クレイモアが降ってきて、クリムゾン・ドラゴンの腕を切り落とし、エリーシアの眼の前に突き刺さった。


「お父さん!」

 父、エゴン・アシュレイの大剣を見て、エリーシアが叫ぶ。

 そして、頭上から眩い光の鱗粉が降ってきたので、見上げると、そこには美しい白銀の鎧を纏った神々しく長い金色の髪をなびかせている女剣士が宙に浮いていた。

 エリーシアは、思わず小声を漏らした。

「天使さま・・・」


 そのクリムゾン・ドラゴンの腕を切り落とした使は、次の瞬間、ドラゴンの胸に蹴りを入れると、クリムゾン・ドラゴンは、木々をなぎ倒しながら、後方に大きく吹き飛んだ。

「君は、エリーシア・アシュレイだな?」

 スフィーティア・エリス・クライは、自分を見上げているエリーシアに声をかける。スフィーティアは、右手を大剣が突き刺さっている方に向けると、大剣がカタカタと揺れる。すると、大剣がスーッと地面から抜け、スフィーティアの手の内に移動した。

「少しそこで待っていてくれ。あれをすぐに始末してやる」

 そう言って、かなり遠くに吹き飛ばされたクリムゾン・ドラゴンを大剣で指し示す。

「君の父、エゴン・アシュレイのつるぎ、借りるぞ」

 すると、父のことを察したのか、エリーシアは、灰色の瞳から涙が溢れ出るのを感じながらも、強く頷いた。

「騎士様、あれを倒して!」

 エリーシアは、スフィーティアが数日前に村の近くの街道であったであることに気づき、そう叫んだ。

「ああ、任せろ」

 スフィーティアは、木々がなぎ倒され、更地のようになった地表に静かに降り立つと、光り輝く翼が消えた。そして、クリムゾン・ドラゴンの方にゆっくりと歩を進める。


『貴様、好き勝手にほざきおって!』

 クリムゾン・ドラゴンは、スフィーティアの蹴りで大きく弾き飛ばされていたが、ダメージは大して受けていない。少し驚いた程度だ。

『貴様は、剣聖か。邪魔だてするなら、貴様から片づけてくれるわ』

 クリムゾン・ドラゴンは、心に直接語り掛けるような籠った声で言う。

「私は、今日は機嫌が悪いんだ。だから、手加減はできないぞ」

 スフィーティアの青碧眼が、細くなりクリムゾン・ドラゴンを凝視する。

『剣聖など、我は、何人も殺しておるわ。貴様ごときが、我に敵うか!』


 恐らく、このクリムゾン・ドラゴンは、かなりの格付ランクのドラゴンだ。ドラゴンの格付ランクは、ドラゴンの種ごとに、5つあるが、それは強さを示している。このクリムゾン・ドラゴンは、BTという格付で上から3番目だ。まだ全ての種類のドラゴンが登場していないので、格付についての説明もアーシアのドラゴンの説明についての機会に譲ることとしたい。


「それを聞いて、余計にお前をこの場で倒さなければならなくなった。仲間達の無念も晴らさせてもらおうか」

 スフィーティアは、クリムゾン・ドラゴンへ向かう歩みを止める。右手の大剣クレイモアを見ると、少しずつひかり始めた。

『どこまでも、不遜な者よ。良かろう、貴様に我の竜力ちからを見せてくれよう』

「クワーッ!」

 そう言うと、クリムゾン・ドラゴンが爆発し、嫌、正確にはクリムゾン・ドラゴンの皮膚上で爆発が起き、炎を纏った大きな熱風が周囲に吹き荒れた。

 木々や草に火が燃え広がり、辺りは地獄絵図と化した。爆発が止むと、その中心のドラゴンは、燃え盛る焔を身に纏っていた。

『我に、この姿をさせたことを後悔し、地獄の業火に焼かれるがよいわ』

「この程度の火が地獄なものか」

 クリムゾン・ドラゴンの炎は不思議とスフィーティアの周囲には届いていない。スフィーティアは腰に差している彼女の剣聖剣カーリオンを抜くと、その剣は青白い光を放っている。それを、後方に放る。


 キュルキュルキュルキュルー、グサッ!


 エリーシアの手前に突き刺さった。

「エリーシア、そいつはお守りだ。その場を離れるな」

 肩越しにスフィーティアは、エリーシアに大声で言った。エリーシアはコクリと頷く。カーリオンから青白い光が広がり、エリーシアをも包む結界が生まれた。激しい炎をもそこは避けていく。


「おい、出てこい。さっさとケリをつけたい。力を貸せ」

 スフィーティアは、白銀の鎧の胸の部分に刻まれているターコイズブルーの輝石きせきに声をかける。

《うん、お前がこの程度の相手で俺の力が必要なのか?》

「言っている。さっさとケリをつけると」

《まあ、いい。契約による対価さえ貰えればな。フフフフ、楽しみだ》

「うるさい!」


 すると、胸の輝石きせきが輝きを増した。そして、右手の大剣クレイモアに青白い光が集約していく。

『何をごちゃごちゃと訳のわからないことを言っているか!』

 クリムゾン・ドラゴンは、苛立っているのと同時に、スフィーティアの持つ大剣の輝きに焦りを感じているようだ。

「貴様に剣聖の剣技を味合わせてやろう。この大剣クレイモアでな」

 そう言うと、スフィーティアは、大剣でクリムゾン・ドラゴンを指し示す。


 スフィーティアには、エゴン・アシュレイの大剣クレイモアから、先のエゴンとクリムゾン・ドラゴンの戦闘の断片的な情報が流れてくるのを感じていた。持ち手の強い想いが、剣に情報として刻み込まれる。その情報は剣聖だからこそ感じることができるものだ。今、スフィーティアは、エゴン・アシュレイが目の前のクリムゾン・ドラゴンに対して使用した二つの技の情報を入手していたのだ。


『その前に、お前もそいつの持ち主と同様にこの場で死ぬが良い』

 そう吠えると、クリムゾン・ドラゴンの大きな口元が大きく広がっていく。体内から強力な何かを放出しようと溜めているようだ。

 一方のスフィーティアは、落ち着ていた。腰を低くし、剣の柄をクリムゾン・ドラゴンの方に向けて左横に大剣を構えた。

 しかし、クリムゾン・ドラゴンの行動の方が早かった。口元が臨界点に達すると強力な焔のブレスが放たれた。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴーッ!ブワワワワーーーーーッ!


 周囲の木々を焼失させ、地表を焼きながら、一直線にスフィーティア目掛けて襲い掛かる。正に地獄の業火が迫ってくるようだ。

 物凄い速さで迫ってくるブレスによる焔は、間違いなく、スフィーティアを焼き尽くすはずであった。

 焔がスフィーティアに襲い掛かる寸前だ。


蛇噛斬シュネール・バイト!」


 スフィーティアの技が発動すると白い光の翼が一気に広がり、光りの鱗粉がスフィーティアを覆う。スフィーティアが駆け始めると、彼女を包んだ眩い光は、大蛇の形へと変化し、クリムゾン・ドラゴンの放った焔の中を、一瞬で駆け抜けた。クリムゾン・ドラゴンと交差した瞬間、光の大蛇の牙が、クリムゾン・ドラゴンの硬い太い首を噛みちぎり、胴体から切断されていた。


 ズドドドドーッン!


 光の大蛇が消え、スフィーティアが、ドラゴンの後方まで移動すると、クリムゾン・ドラゴンの巨体は崩れ落ちた。

 通常ドラゴンの首の周りは硬い甲殻で覆われているため、切り落とすことは、剣聖と言えども不可能だ。ドラゴンの外皮は只でさえ硬いのだ。スフィーティアでも、通常の斬り方では、クリムゾン・ドラゴンの首を落とすことなどできなかっただろう。それだけ、剣聖の技とは、信じられない破壊力を産むということだ。

 燃え盛る炎の中、スフィーティアは、大剣に付着したドラゴンの血を払う。その青碧眼の瞳は、どこか虚ろだ。


 クリムゾン・ドラゴンは首を落とされ、絶命していると思いきや、胴体の方の手足が、ビクッ、ビクッと動いている。首の方はというと、口から吐き出していた炎は止まり、代わりに血を流していたが、その赤い眼はまだ死んでなどいない。


『き、きさま、よくも、我の、クビを・・許さん、許さんぞ』

 負け惜しみにも聞こえるが、ドラゴンの生命力の強さには驚くばかりだ。このまま放置すれば間違いなく復活しそうだ。

 スフィーティアは、そのことは承知していた。通常なら、止めを刺してドラゴンの胸を切り開き、心臓から『竜の心臓の欠片ドラゴン・ハート』を取り出し、終わりだ。

 だが、スフィーティアのやり場のない怒りが、彼女をそうはさせなかった。


(こいつは消す!)


 大剣を持つ手に力が入る。それは、明らかに剣聖としての命令無視になる。大剣から伝わるエゴン・アシュレイの無念がそうさせるのか、エリーシアの境遇を想ってか、村の惨状を目の当たりにしてか、それらが複雑に絡まってなのか?いずれにしろ、彼女を止めることはできない。


 スフィーティアは、グッと腰を落とし、大剣クレイモアを右頭の辺りで、クリムゾン・ドラゴンに剣先を向けて構える。クリムゾン・ドラゴンは、手足をジタバタさせているばかりで、まだ起き上がれないでいる。スフィーティアの眼がクワッと開かれると。白い光の翼が大きく開いた。


疾駆刺ハートゥル・スピール!」


 スフィーティアは、周囲の炎を吹き飛ばし、一直線に駆け抜ける。クリムゾン・ドラゴンの胴体は、真っ二つに引き裂かれ、心臓は四散し、『竜の心臓の欠片』は砕かれた。


『お、おのれー、貴様など、あの方の・・・』


 落とされたクリムゾン・ドラゴンの首は、最期の捨て台詞を残し、消えて無くなった。

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