ヤンデレホイホイ~ヤンデレ好きの私ですがヤンデレは見ているだけで結構です~


「可哀想に」


 憐れむ声がどこからか聞こえた。その声に目を覚ますと、辺り一面真っ白な場所に私は寝ていた。


「ここは……?」

「ここは生と死の狭間。あなたは本来死ぬはずだった猫を助けましたね。自分の命を落とすことになってしまいましたが……」


 どこから声が出ているか全く分からないが、私はその声で自分の記憶を少し思い出していた。仕事の帰りに、猫がトラックに引かれそうになっていたのだ。私は何故かその時、助けなきゃと思った。猫を守るように抱きしめて、私はトラックに撥ねられたのだった。強い衝撃の後、私の記憶はそこで途絶えている。


「え、ええっと……私、死んだんですか?」

「ええ、死にました」


 呆気なくそう告げられた。あまり実感はないが。


「それで、ですね。本来死ぬ運命になかった貴女には、お詫びとしてすぐに転生させてあげようと思いまして」

「は、はあ……?」

「それから、貴女のために私から特別に加護を与えます」

「……加護?それってどんなものですか?」

「転生してからのお楽しみです。人間はそういうサプライズがお好きでしょう?」

「いや、私は別に……」

「それでは、達者で!」

「え、ちょ、ちょっと?!」


 パチン、どこからか音がして、私の意識はそこで途切れてしまった。






「おっ、思い出した!!!」


 私は声を上げた。おかしいおかしいと思っていたら、やっぱりそうだった!私、アレクサンドラ・ジョクスは転生前の記憶を取り戻した。よりによって婚約者との初対面の日に。窓越しに見たスノーシルバーの髪にコバルトブルーの瞳。彼は私が転生前に推していた小説のメインヒーローだった。前世の私が毎日のように読んでいた小説『きみは沼に咲く大輪の花』は、平民として育った主人公が実は男爵令嬢であると分かるところから物語が始まる、中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした恋愛小説だ。社交界に登場した主人公はその美貌と、明るく優しい性格から、様々な男性の心を奪ってゆく。男性にはそれぞれ心に抱く闇があり、主人公は持ち前の明るさで彼らの闇を優しく照らし、問題を解決していく。勿論、このストーリーには闇に堕ちるような要素はなく、明るく爽やかな恋愛が綴られている。そう、爽やかな要素しかないのだ。なのに。それなのに。


「お嬢様、どうされましたか?まさか、私の守衛に不備が……?!」


 わなわなと声を震わせるのは私の専属護衛のマイク。心配性を通り越してもはや病気のようだ。今日も彼は発作のように苦しみ出す。


「あああ!私のせいでお嬢さまが命を落としたらと思うといてもたってもいられません。お嬢様どうか、どうか私めに罰をお与えください……!」

「い、いえ、そんなことはできないわ……」

「なんとお優しい!」


 今度はほろほろと泣き出してしまう。慰めようとすると隣にいた執事のルカに制止される。


「お嬢様。このような汚らわしい男に触れる必要などありません」

「で、でも……」

「お嬢様、いいのです。それよりも、思い出したとは一体何のことですか?」

「あ、いいえ、何でもないの。忘れて」

「いいえ、お嬢様の言葉を忘れることなどできません」


 隣からものすごい圧を感じて冷や汗を流す。何故だか分からないが、マイクもルカも原作ではこんな性格ではなかった。悪役令嬢である私が変わってしまったから彼らも変わってしまったのだろうか。原作のアレクサンドラ・ジョクスは金髪の髪を緩く巻き、赤い瞳を持つ見目麗しい女性だ。彼女はジョクス公爵家の令嬢であり、性格は典型的なお嬢様タイプで高飛車だ。彼女はメインヒーローである自分の婚約者とヒロインの間に割って入るように様々な嫌がらせをヒロインに行う。温厚な彼も彼女のした所業に軽蔑し、彼女は国外追放を言い渡されるのだ。

 暮らしてみて分かったが、公爵令嬢は私にとって窮屈そのものだった。何よりも、自由時間があまりないのだ。ティータイムであっても見張りのマイクやルカが傍にいる。たまには一人になりたいが、それは寝る時だけだ。窮屈。窮屈すぎる。なので私自身は国外追放でもいいと思っている。家にある貴重品をいくつか持っていき、それらを資本に金を作って国外で逞しく生きていこう。さて、まずはメインヒーローである皇太子殿下に嫌われに行かないと。


「お嬢様、皇太子殿下がお待ちです」


 メイドが知らせに来てくれた。


「ええ、今行くわ」


 未だに納得していないルカと、自己嫌悪に浸るマイクを連れて部屋を出る。私は気付かなかったのだ。自分のステータス欄に『転生者』の他に『ヤンデレを生み出す者』と書かれていることに。


Fin.

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