第7話 謎の出張

 僕は社長と博多に行くことになった。

 用件は、印刷協会主催の技術研修会とだけ聞かされており、それが何なのかは詳しくは聞いてはいない。

 我が社の営業はこの会合に一度は参加するべしという謎ルールがあり「こんど協会で福岡に行くから」と何の予告もなく社長から告知されたのだ。

 とりあえずソレが何なのかを知るために、シール室へ行き総理に質問する。

 ドラゴン印刷の裏事情ならばこの人が一番手っ取り早いと思ったからだ。

 だが、総理は「ほう~」と意地悪そうな笑みを浮かべ「ドラゴン印刷の面白い現状を知ることができるから、行ってみるといいよ」と短く、なにやら思わせぶりなことを言った。

 面白いこと? 正直、意味がわからない。言い方からして、あまりいい話ではないのだろうということは予想できる。

 総理は神妙な表情の僕を見上げ、さらに付け加えた。


「他の営業に話を聞いてみなよ、あの二人、驚くほど息がぴったりだから」

「息がぴったり?」


 一瞬、誰のことだと真剣に考えてしまった。

 決して同輩や部長を営業として認めていないわけではないが、失念していたことに思わず苦笑いする。

 提案した総理もニヤニヤと笑っていた。

 どうやら自分で考え答えを見つけろと言いたいようだ。

 どんな意味があるのかはわからないが、正直めんどくさいというのが僕の感想だった。



 朝は各部署ごとに打ち合わせをする。

 これは各社当たり前の光景と言えるが、ドラゴン印刷ではかたちだけのものであった。営業部ではいつものように部長(SP)が自慢と悪口で場を曇らせている。

 僕は話を切るように協会の話を切り出してみた。

 すると部長と同輩は言葉を詰まらせるように顔を見合わせ、しばらく考え、同時に僕の方を振り向いて呟いた。


「シール? 業界で定期的にやっている謎会合のアレのことか……」

「社長、好きですよねシールの会合。いつも欠かさず参加してるし、この前なんか沖縄であったみたいですよ」

「土産のチンカスまずかったな」

「チンコスですよ部長……」


 それを言うならチンスコウだと僕は心の中でつぶやく。


「それで、その会合とやらがなにか?」

「実は今度、社長と行くことになりまして……」

「俺も一回行ったよ、よくわからない会合だったな」

「僕も行きましたよ、行っただけで終わりましたが」


 彼らはハモるように言葉をあわせこう言った『全くもって必要ない出張だった』と。


 ――面白いことを知ることになる。


 総理の言葉が脳裏に浮かぶ。

 部長はぎょろりと眼球を動かし、社長がいないことを確認すると、なぜか声を荒げてまくしたてた。


「うちはシルク印刷の会社なのに、なぜシールの会合に参加しなきゃいけないんだ! 田中君はしらないだろうけど、社長はシールの会合には参加はするが、シルクの会合には全く参加しないんだよ! おかしいと思わないか? しかも営業同伴なんて、俺は社長と違って暇人じゃないんだよ」


 部長の言い分は一理あるような気がした。

 さらに同輩が嬉しそうな笑みを浮かべ割り込むように話を挟む。


「社長の性格はともかく、協会内ではアイデアマンってことになってるらしいですよ。たぶん行けばもてはやされ、いい気分に浸れるんじゃないかなぁ」


 同輩の言い分には同意できる箇所はなかった。

 だが、僕の視線など気にするそぶりもなく同輩は続ける。


「技術研修と言ってはいるけど、実際は懇親会でメンバーを募り、二次会でバニーちゃんに会うとかなんとか。結局それが目的なんじゃないんですかねぇ」

「バニーちゃん?」

「メイド喫茶にも行っていると社内ではもっぱらの噂です」

「2人は行ったことがあるんですよね?」と聞くと二人は口ごもった。


「社長の奴、なんか無理して組合員とかかわろうとしてたな」

「僕は懇親会はいきませんでした」

「俺も懇親会はいかなかったな。意味のない研修の話を聞いて帰ったわ。だってそうだろう、俺はシルクの営業でシールのことなんて知らんからな」

「しかし、ドラゴン印刷にはシールという部署がありますよ?」

「うちはシルク印刷の会社だ! 何度も言わせるな! パンフにも載っていない印刷のことなど知るか! スルーだよスルー、アホくさい!」

「シールは客単価がしれてますからね、効率的じゃないんですよ」


 言いたい放題だなと僕は思った。

 たしかに客単価は低い。だがシルクも跳びぬけて高いと言う訳ではない。とくに社長の抱えている仕事などは利益に大した差などないのである。


「俺の言いたいことは、こんな会合は時間の無駄、行く必要はないってことだ。行くならシルクの会合か客に会った方が百万倍はマシだな、そんなこともわからないでよく社長がやれるもんだ」

「社長の意識は歪んでるから、人と反対の事が大好きなんですよ」


 デッドスポットの広さを棚に上げ、2人は協会の話を締めくくった。まるで親、兄弟を会合で殺されたかのような言いようである。

 どうしてこんなにまで過剰に反応してしまうのか?

 普通に考えるならば、たかが出張である。しかも泊りではない、半日ですむ日帰り出張なのだ。

 技術研修会というミーミングにお堅い何かを感じているのかと思ったが、そうは思えない。

 とりあえず他の者にも話を聞いてみたが、なぜか営業の2人だけではなく、ほぼ全ての社員、パートタイマーにいたるまでシール組合に対して否定的意見であることがわかったのだ。それは、口裏を合わせるかのように『参加不要』に行きつくのだ。


 ――まったく、おかしな話である。

 

 僕はやれやれと思った。

 どれだけ彼らに否定されても出張は社長命令であり、時間の無駄だとしても行くしかないのだ。

 次の日のこと、このやり取りをシール室の総理に話すと腹を抱えて笑い出いはじめた。


「それはそれは災難だったね田中君」

「災難って……」


 僕が口を尖らすと総理は思わせぶるように話し始めた。


「うちの顧客に大手工場との取引があるんだけど、そこがカンバン方式をとっていてね。対応するため当社で在庫をかかえてるだよ」

「3階にある倉庫のことですか?」

「そうそう見たことあるでしょ」

「すごい数ありますね」

「ステッカーやシールが並んでるよね。うちではシルクで刷ったものをステッカーって呼んでるけど、それはドラゴン印刷でそう言ってるだけで、お客様から見たら大きいか小さいかってだけで同じモノなんだよ。セパを剝がして本体を張り付ける。それだれのモノでしかないんだよ」

「はあ?」

「それがヒントかな」

「え!?」


 総理はニヤリといやらしく笑い僕の肩に手を置いた。


「この会社の病巣は奥深よ」

「……」


 ヒントと言われ病巣ときた。それを聞き、僕はますます混乱することとなる。総理の言っていることはまったく意味が解らなかったからだ。

 そして当日、僕は社長と二人で博多駅に立っていた。

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