第4話:【アーシェ】使い魔の召喚─1
大地の魔女。なんて、昔は煽てられた。そんなあたしにも、出来ないことは数多くある。
「三十年。まあ、大往生でしょ」
逝ってしまった使い魔の骸を、家の裏の茂みに埋めた。この世のものでないと言え、彼らの死だけはどうにもならない。
とっておきのワインに口付けをして、後は丸ごと塚に振り撒く。
なんてことをしておきながら、空の瓶で次の使い魔を呼び出す六芒星を描いた。あたしはなんて冷たい女なんだ。と、ニヒルを気取った自分に笑えてしまう。
「さあ、次はどんな子かな。空を飛べるのは便利だったよね。でも馬とかも格好いいかなあ」
慣れない独り言が、勝手に口を衝く。
使い魔とは、この世以外のどこかから呼び出した誰か、だ。どこかとはどこなのか、あたしも知らないけど。
自分の巣があって、親や子もあるだろう。それまでの生き方から、無理やりに引っ張ってくるもの。歴とそこに生きている個体なのだから「前と同じ子に会いたい」などと願っても叶わない。
「せめて、あたしのところへ来て良かったって。喜んでくれる子がいいな」
嘯いて触媒を投げ入れると、六芒星の中心に時空を越える渦が巻く。
「……あれ?」
人間大の、
「
召喚によってなにが呼ばれるか、運次第。ギャンブルと言っていい。使い魔と言うだけに、悪魔が出てくることも珍しくない。
ただし悪魔は扱いが面倒なので、あたしは呼ばないようにしているつもり。
「ううっ。いきなりなに……」
「えっ。人間なの」
男の子は、この国の言葉を話した。周りを見て、驚愕に黙ってしまったものの。
これほど流暢に人語を話す悪魔を、こんな召還で呼べはしない。すると彼は、本物の人間ということになる。
「ねえ、大丈夫?」
「えっ? あの、ここは。お姉さんは誰ですか」
男の子は起き上がろうとして、また倒れた。時空を越えたときに、気分を悪くしたんだろう。
召還の魔法を解き、男の子を抱き起こしたあたしは、彼以上に驚くこととなった。
「うっ」
うえぇ!? この子どこの子? 可愛すぎない? 墨に漬け込んだみたいな髪でさ、ほっぺは真っ赤で今すぐしゃぶりつきたい。
それになんと言っても、眼よね。不安そうなのは当たり前だけど、泣きべそで潤んじゃって。あたしに「守って!」って言ってるよねコレ。
「お、お姉さん?」
「ん? なに。大丈夫、味見程度にしとくから。で、あんたどこから来たの」
いや大丈夫じゃなかった。主にあたしが。
垂れ落ちる涎を吸い戻し、緩んだ頬をぶっ叩き、必死に真面目な顔を拵える。
それにしても、人間が召還されるなんて聞いたこともない。唯一あるとすれば、この子はただの通りすがりで、ふらふらっと迷い込んだ可能性。
まあそれをあたしが気付かないっていう部分が、やっぱりあり得ない。
「ええと
あたしの腕の中で、男の子は空や山に目を向けた。最後に家をじっくり見ているのは、彼の常識にある建物とは違うかららしい。
「ヨタマチとかニホンとかって場所は知らないね。あんた間違いなく、あたしの召還で呼ばれたみたい」
この世界でない。つまり人間であっても、異世界の住人なら対象になる。そんな無茶なと言いたくても、現に彼はここへ来た。
ならばあたしは、彼の存在に責任を持たなきゃいけない。口許をきちんと拭って。
「あたしはアーシェ。あんたの名前は?」
「
「オゥシーナショートディス?」
「い、いえ。そうじゃなくて。正太、しょ、う、た」
なにがなんだか戸惑いながらも、彼は健気に答えてくれる。今日あたしは、脱水症状で死ぬかもしれない。
さておき、難しい発音だ。七回聞き直して、ショタァと完璧な発声を手に入れた。
「うん、じゃあショタァ。一人で立てる? このままじゃ、あたしの理性が持たない」
「お姉さんの、なんですか?」
「なんでもない。立ってごらん」
うっかり転ばないよう、ゆっくりと手を離す。六、七歳に見えるショタァは、どうも筋肉が弱々しい。
その分ふんわりと、抱き締めるには最高なんだけど。
「気分は治った?」
「気付いてくれてたんですね。でももう平気です」
「そう。じゃあ大切なことを話すけど、聞いてくれる?」
「はい、なんですか?」
ああ、もう。なにこの真ん丸な瞳は。取り出してしゃぶったら、キャンデーよりも甘いに違いないわ。
いやそういう猟奇的な嗜好は無いけど。もしかしたらって、うっかり考えそう。
「お姉さんこそ、大丈夫ですか?」
「分かった、それよ。お姉さんってのが良くないわ。アーシェと呼んで」
「ええ? わ、分かりました」
頑張れあたし。二万の軍勢を相手にすることを思えば、可愛い男の子なんて。
負けそう。
違う、契約の説明をしなきゃ。ええと、契約の印は指輪でいいか。
「あのね、あたしは魔女なの。使い魔を呼んだら、あんたが出てきちゃった」
「魔女、と使い魔。ですか」
少し驚いた様子だったけど、すぐに呑み込めたらしい。まだ落ち着かなかった視線も、しっかりとあたしを見据えた。
「呼んでおいて悪いけど、あたしの意思じゃ使い魔を帰せないの。その代わり、あんたが帰りたいと言えば帰せる」
「――はい」
ショタァはなにか言いかけて、はっと口を噤んだ。
あたしの言葉を最後まで聞こう。ということだと、勝手に解釈する。そろそろ涎かけでも間に合わない。
「でね。もしも使い魔になるってことだと、この指輪を嵌めてもらう。一旦着けたが最後、あんたは死ぬまであたしの命令に逆らえない」
指輪に限らず、身に付けられる物に然るべき言葉を刻む。それを使い魔に持たせ、あたしと当人と互いの血を塗りつける。
というのが、使い魔の契約儀式だ。
装飾の為でなく、触媒用に着けている純銀の指輪。あたしの指にあったのを外し、目の前に差し出す。
ショタァはそれを、じっと見つめた。
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