第13話

柳原やなぎはら君」

 無視を決め込む。

柳原創やなぎはらつくる君」

 ページをめくる。せとかが、机に手をつく。

「おいこら、ツクツクボウシ」「何」思わず、反応する。見上げた先、嫌な笑い方をする女子高校生がひとり。

「ふふふ、やはり、柳原君のあだ名は、ツクツクボウシだったか」

「何故、そのことを知っている」

 声を低くして、尋ねる。

「そりゃあ、名前が創だから」

「まあな、せとかという名前で、せっちゃんと呼ばれるのはもはや宿命だものな。つまりは、そういうことだ」

 せとかが、短く息を吐く。その拍子に、髪の毛が揺れる。

「あれ、浅田あさださん。あれは、どうした。馬のしっぽだ。馬のしっぽ」

「それでは、なかなか通じないよ。ポニーテールと呼びたまえ。まあ、あれだ。ほら、私も、もう高校二年生だろう。少しばかり、子供っぽいかなと思い立ってだな」

 せとかは、どこかぎこちない。

「ははあん。先日、どこかの可愛らしい女子小学生にでも指摘されたのだろう。高校生にもなって、馬のしっぽだなんて恥ずかしい人ね、と」

「高校生がポニーテールでも、おかしくもなんともないと思うのだがねえ」

 せとかは、首を傾げる。

「まあ、平生から、馬のしっぽを頭に下げているのは、浅田さんくらいのものだがな」

「え、他にいないの」

「いません」

 せとかが、隣の席に腰掛ける。

「それで、ツクツクボウシ」

「この教室に、蝉はいません」

 むっとする。両手を伸ばし、本を差し出す。

「何これ」「本です」「見れば解ります」再度立ち上がり、近づく。

「例の白い少女が渡してきた本だ。ここに、謎がある」

「謎と言えば、あの少女自体、謎だがな」

 窓外に目を遣る。校庭の桜は、葉桜になってしまった。

「雲が白い。白いと言えば、小学校の校長先生の車は白らしいよ。運動会の応援の定番なんだ。まあ、それは、ともかく春太郎しゅんたろうさんの頭も白いな。ああ、春太郎さんは何故、あの写真を持ち得ていたのだろうか」

「何を言っているの、柳原君。あの子は、春太郎さんの孫娘だよ。祖父が孫の写真を持っているのは、ごく普通なことだよ」

 目前が、一瞬、白くなる。すぐさま、眉根を寄せ、舌打ちする。

「あのジジイ」

 奥歯を噛み締める。見ると、せとかが憤慨している。

「ジジイって言うな。春太郎さんだろ」

 仁王立ちし、両手を腰に置いている。

「ジジイにジジイと言って、何が悪い。それなら、オレのことも、少年とでも呼ぶがいい」

 自信満々に、親指で胸を指す。

「少年、ねえ」

 思案顔のせとか。

「柳原君は柳原君であって、少年といった感じではない」

 言い切ったな。

「それなら、浅田さんだって少女と呼ぶには、いささか行動が少年に寄りすぎているきらいがある」

「性別を変えるな」

 人差し指で、おでこを突かれる。痛い。

「少女というのは、あの子みたいな人のことを言うのだ」

 ふっと、せとかの意識が軽くなる。脳裏にあの少女が浮かんだのだろう。自然と、口角が上がっている。

「確かに、あの子は可愛いもの」

「で、結局、本の謎ってなんだ」

「はい?」

 せとかが、首を傾げる。

「いや、だから、わざわざ人様の読書を中断するほどの本の謎だよ」

「ああ、だから、これ」

 本を持ち替える。表紙を開くと、ふせんが貼ってある。

「セダカ君が、出てこないんだ」

「いやいや」

 顔を上げて、手を振る。

「ん?」

 せとかは、眉間のしわを深くした。

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