第7話

 少年、栗林海成は駆ける。

 規則的に脚を動かすのと同じくして、これまでの出来事が脳裏に浮かんでは消える。

 早朝の桜並木。マンションの屋上。飛び降りる千夜。子供。電車。泣き声。千夜の脚。

「あなたたちは、何をしたの」

 何をした。何。何度も、先刻の問いを反芻する。解らない。やがて、千夜の部屋に着く。いつもどおり、窓から入る。それでも、千夜は嫌そうなそぶりも見せない。

「相変わらずですね、海成氏」

 横になったまま、カーテンが揺れるのを見る。

「どういう訳か、窓以外から出入りをする気になれない」首を振る。

「そうでしょうとも」優しく微笑む。

 気持ち、首を傾げる。

「海成氏、目を細めました。どうして、あなたの行いの意味を私が知っているのか、疑問に思いましたね」

 今度は、素直に頷く。

「人形は、いや、人形とオレは一体何をした」

「それを暴くのは、海成氏以外に適任者がありません」

 あごを引いて、こちらを見据える。こちらはむっとし、あごを引く。

「人形がやればいい」

 乱暴に、ベッドに腰を下ろす。

「嫌ですね。私は、怪我人ですよ。少なくとも、数日は、トイレに行くのにも難儀します。依頼でもないことに、心身を痛めつけるようなことはいくら私でもよしといたしません」

 千夜のほうを向く。

「お前、こんなにおしゃべりだったか」

「はい。私のおしゃべりと、行動とは反比例するのです」

 溜息を吐く。

「おしゃべりをする代わりに、動く気は無いのか」

「だから、私は、今、脚を怪我しているのです。動きたくても、動けないのです。海成氏こそ、こんなに物解りの悪いお方でしたかね」わざとらしく、首を捻って見せる。

 こう返されてしまっては、反論も許されない。口を真一文字にする。

「そうですね。こう言えば、納得していただけますか」上半身を起こす。「あの時の、疑問を覆してみてください」

 千夜の瞳の中に、答えはあった。少なくとも、千夜は答えを知っている。

 そして、小雪姫も。踵を返し、窓に近づく。

「お前、さっき、依頼と言ったか」

「はい」

「その一方は誰が持ってきた」

 千夜が掌を差し出す。腕を伸ばした先は、もちろん窓際の人物。苦笑した。

「他人の依頼は引き受けても、オレ自身の依頼は引き受けてくれないという訳か」

「当然の帰結です。海成氏、あなたは目的と手段を履き違えています」

 目的と手段。依頼。

「確認だ。あの子供を助けるよう、依頼してきたのは誰だ」

「母親です」間髪入れず、答える。

「母親がいるのなら、自分で助ければいい。親子だろう」

 千夜は哀しそうに、首を振るり

「それはできません。だからこそ、依頼するのです」

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