聖人になれなかった召喚者

@shibakei

プロローグ


(今日は、ラフな格好でいいだろいう……)

いつも週末は必ずと言っていいほど集まり飲み歩く、気心知れた中学時代の友人たちとのアフターファイブの待ち合わせのため、乙木啓介おとぎ けいすけは私服へと着替え、準備をしていた。


プルルルル

電話の着信音が鳴る。

「はい、もしもし。」

さきほど退社した会社の上司からの電話だった。

「え? 急に戻ってこいって……。急げって言われまし、あっ!」

プープープー

 何の反論もできぬまま一方的に電話が切られ、急いで近くにあった必要そうなものを掴みプライベート用鞄へと投げ入れる。

 トラブルのために急遽呼び出さた啓介。

 「この処理が終わったら、絶対合流するから!」と電話をするも中学時代の友人からは「そういって、いつも来ないくせに、がははは」と電話口で言われる始末。

 今日こそは必ず、と思いながら急いで職場へ戻る啓介だった。


◆◆◆◆◆◆


 トラブルの事後処理をしている間にいつの間にか明け方になってしまっていた。

 高層ビルが立ち並ぶ景色を見ながら、窓を開ける啓介。

 日が昇り始めたその街は、夏だというのにひんやりとした空気が流れ、どこか気持ちいい。

 職場に明け方までいるなんて何年ぶりだろうか?

 結局また、今回も参加できなかったな……。社畜と化した啓介をあざ笑うかのように静かな部屋の時計がチクタク音を立てていた。

 うとうととした眼で時計の針を見ると、早朝の4時30分になろうとしていた。

 急な呼び出しに急いでいたこともあってか、今年が猛暑の夏と呼ばれていることもあってか、乾いた汗が肌をべたつき気持ち悪い。

 シャワーを早く浴びたいなどと思いながら、帰ろうと愛用のリュックを掴み、電車へ向かった。

(帰ったら、シャワーを浴びて、ゆっくり眠ろう……。)

 勿体ない休日の過ごし方だと思いながらも、眠らずにはいられないほどの眠気が襲う。

 乾いた汗もやはり歩いていると噴き出してくる。

 スーツで出てきていないだけマシだと思いながら、着ているTシャツの胸もとをパタパタと仰ぎながら、眠けを押し殺しあくびをする啓介。駅のホームに入る時だった。

 前方からくる人にぶつかってしまった。

(しまった……。ぼっとしていた。)

「すいません。」

 啓介が一言謝ったその相手は、金髪のなんとも可愛らしい女子だった。

 急にぶつかってきた啓介に女の子は、びっくりした表情をしていた。

 それが地球での啓介がみた最後の光景だった。



ぱぁぁぁ――――――!!!



(なんだ!!!!?)


 女の子のびっくりした表情が光とともにかき消されていく。

 そして、眩い光とともに自身の身体が包まれたかと思うと……


 まぶしさでつむった目を開けるとそこは見知らぬ景色が広がっていた。

 突然のことで何が起きたのかわからなかったのだが、どうやら、啓介を取り囲む周囲の人間が湧いている。

 泣いている者もいれば、成功だー!と高らかに叫び喜んでいる者までいた。


 啓介は呆然と立ち尽くすしかなかった……。



◆◆◆◆◆◆


 「本日の議案は残り2議案になります。では……。ここ最近、魔物の出現増加が報告なされています。」議事進行を務めている男が、そこに集まった王を含む15人の者たちに議案を提出するとそこかしこで口々に話始めた。その中にセバスチャン・スアレスの顔も見える。

 「現状、これ以上は対策の仕様がないではないか! 何を話し合うというんだ!」

 「そうだ、これ以上は特に何の対策の仕様がない。」口々に賛同する男たち。

 「どこかで、何か被害が出たのか?出ちゃいないんだろう。」しまいには議案事態が馬鹿らしいといった口ぶりだ。


 「今のところ確かに大きな被害などは報告されてはいません。しかし、このまま放っておくには危険です。」議事進行の若い男が真剣に訴えるが、その場にいる者たちとは温度差が感じられる。

 「できるとしても今の採掘者の人員を拡大するだけですね。根本的な解決にはならないでしょうけれど……。」

 国の議案を話し合うような重鎮たちが集まるその場には珍しく若い青年である。

 老父たちが自由に口々に話す横で、しばらく黙り込んで考えていたかと思っていた若い青年が意見するとそれまでの会話がやみ、口々に賛成した。

「王太子の言う通り人員を拡大しようではないか。」

王太子の意見に媚びをへつらう浅はかな態度の老人たちにセバスチャンは、白い目を向ける。

 「しかし、ほかにいい案があるなら……。そういえば……寺院では、召喚の儀を行うとか。もしも成功するなら、対策ができるのでは?」何を思ってか王太子はこの後の議題に出される話題を口にしたのであった。恐らく、そこにいつもは居るべきではない人物が座っていたからであろう。

 「えぇ、あぁ。本日の最後の議案は、そちらの議案になります。」事態収拾が難しいと思って見ていた議事進行者は、思いのほかすんなり次の議案にうつったことにたじろぎ、続けて話したのだった。

 「最後の議案は、寺院での『召喚の儀』についてです。本日は、皆さまもご存じのとおり寺院よりペルティエ様にご同席いただいております。」

 王がピクっと反応した微細な動きを確認しながらも気に留めず、議事進行者より紹介されたペルティエは、そこにいる者たちに軽く一礼をしただけだった。

 その態度に何を思ってか、老父たちは口々に意見する。

「この議案は話し合う必要がない。」あきれているような口ぶりである。

「その『召喚の儀』は、成功した試しのないものではないか。卓上の空論に過ぎないものをなぜまた議案に出すのだ?」苛立ちともとれるような言い方の者までいた。

 そこにいたほとんどの者が、失敗だろうという考えのもと、この話題は話合う必要がないという見解を示す。

 しまいには、『儀式』などと平民の戯言だという声までも聞こえてきた。

  「しかし……。」といって、その意見に反論するのは王太子。

「この議案は重要ではないだろうか? なぜなら、この召喚がもしも成功するのであれば国力ともなりうる話ではないでしょうか?」王に向かって見解を述べたようだった。それに反応するかのように、今まで黙っていた王がようやく重い口を開いたのだった。

「もしも、そうならばだな……。しかし、『召喚の儀』成功は夢のまた夢の話。」

 一言も発することもなく黙っていたセバスチャンは、その会話を聞きながら思案していた。

(たしかに国力にもなりうる。そして、けん制力としても……。しかし……諸刃の剣ではないだろうか?)そんなことを思いながらセバスチャンは、ちらりと周囲の様子をうかがい見ると、ペルティエが一人、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


ドッドッドッ


 足音が近づいてくるのが聞こえてくる。

 ただならぬ様子に何事かとそこにいた全員が扉に向かって振り返った時だった。

 

バンッ

 扉が勢いよく開き、息を切らして走ってきたその男は、真っ先にペルティエに向かって叫んだ。

 「成功しました! ペルティエ様、寺院へ至急お戻りください!!」

 『召喚の儀』が成功したという一報だったのだ。

 騒然とする議会の中、無礼であることを知っていながらもペルティエは即座に立ち上がりその場を後にした。

 「ペルティエ!」 

 そのあとを追って呼び止めるセバスチャン。

 名前を呼ばれて急ぎ足で歩いていたペルティエはその場で立ち止まる。

 寺院からの遣いの者がペルティエ様、急いでください!と急かして声がきこえてくるが、それを気に留める気配はない。

 「何をしようとしているのですか?」けん制の意味を込めた言葉つきで聞くセバスチャンにペルティエはようやく振り返った。


「あのようなもの達に国を任せていていいのか?」

多くの者がそこを行きかう宮中で堂々とその言葉を口にした旧友にセバスチャンは、一瞬の危うさを感じながらも、何も言い返すことができなかった。

「もともと議案にはならぬことだと思っていた。しかし今回、寺院から参加したのは他でもないセバスチャンの頼みだったからだ。」鋭い目でセバスチャンを食い入るように見るペルティエは、続けて言った。

「寺院は、アテナの地にあれどもアテナには属さない。寺院の力はアテナ国だけのものではない。」それだけ言うとペルティエはセバスチャンを一人残し急ぎ足で去っていった。


 常々、ペルティエは寺院の力は『一国のものとしてあらず』と口にしてきていた。若くして寺院でトップにいるペルティエの言葉である。それが寺院全体の見解であることは間違いなかった。

 しかし、このアテナ国の発展は、寺院の神聖力により発展してきたと言っても過言ではない。諸外国へのけん制も寺院の持つ神聖力をもってして行われてきた節があるのだ。アテナ国の歴史を考えると寺院を国力として配下に置きたい。


 

 神々が多く存在したころ、この世界には神聖力を持つ者が多くいた。そのため、神聖力の力の強弱はあれど、珍しい力でもなんでもなかった。

 寺院の開基は、ただ単に”神聖力”を高めることを主に模索・研究するためであり、そこに集まったのは神聖力を持つ『浄化の得意な者の寄せ集まり』であった。寺院自体には何も力もなかった。

 しかし、度重なる戦によって、それに比例するかのように年々、神聖力を持って生まれてくる者も少なくなり、力を持つ者といえども、その力は弱いものであった。

 こうして神聖力を持つ者は稀有な存在となり、今では寺院が強大な力を持つことにまでなってしまっていた。

  それは、近隣諸国のみならず、寺院があるアテナ国の自国の力を脅かすほどに……。

 

 もしも、この世界全土の浄化をひとえに牽引する寺院がアテナ国に属さず一組織として運営されていくこととなれば、神聖力(浄化力)を持ってして国力としていたアテナ国が、隣諸国へのけん制力を失うことになりかねないのだ。


 そんなことを鑑みセバスチャンは、ペルティエに議会に参加し『召喚の儀』の承認を得てほしいと願っていた。

 形上は、少なくとも寺院がアテナ国に属しているということを位置づけるためであったのだが、結局は議案はおろか『召喚の儀』が先に成功してしまったのである。

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