第4話 アイドル部、結成!?

あれから数日後、ゆかりが【ぱんさー】を訪れていた。

扉には準備中の札がかっているが、店内では早乙女と竜馬、マンゴローブがいる。


「では、竜馬さんとマンゴローブさんでしたわね。これから私が学園にご案内させていただきます。学園長も大層楽しみにしておられるようで・・・」

やや事務的な口調で話す。

「それと・・・、早乙女さんにはこちらを・・・」

ゆかりは白い封筒を取り出し、早乙女に差し出す。

「学園長からです・・・」

「いや・・・、そんな・・・。そうですか、では」

一応は遠慮する素振りを見せながらも差し出された封筒を受けとる。

「竜馬さんをお借りするのお礼と言付かっております。では、参りましょうか」

そう言ってゆかりは竜馬とマンゴローブを表に停めていた学園の送迎車へと誘う。

「竜馬、頑張ってこいよ! ママも宜しくなっ!」


バタン

車のドアを閉める音が聞こえ、静かに送迎車が走り去ったのを確認してから早乙女は渡された封筒を開けた。

「ほう、百万か・・・。やっぱ、抜け目なしだな、流石に・・・」

百万と印字された小切手を見ながら、早乙女が呟いていた。



コンコンコン・・・

重厚な造りの学園長室の扉がノックされた。

「ゆかりです、竜馬さんとマンゴロープさんをお連れしました」

扉が開かれ、ミネルヴァが現われる。

「ようこそ。まぁ、かけたまえ」

イタリア製カッシーナの高級革ソファーにかけながら、値踏みするように二人を見つめるミネルヴァ。

(凄いプレッシャーだ。これが、ミネルヴァか・・・)

竜馬はソファーの座り心地を感じる間もなく、ミネルヴァの存在感に圧倒される。

「儂が学園長のミネルヴァだ」

ミネルヴァが口を開く。

ゆかりは少し離れたところに立ち、控えている。

「桔流竜馬くんに、マンゴローブ・・・、いや 矢板さくらくんと呼んだ方が良いかな? 一応、君たちのことは調べさせて貰った」

(この短時間で矢板の名まで行きつくとは・・・、恐ろしい男だ・・・)

マンゴローブはミネルヴァの情報網の凄さを感じていた。

(ミネルヴァ、初対面だが食えねぇヤツなのは間違いない・・・)

竜馬が挑戦的な眼差しを向ける。

その視線を感じたミネルヴァは不敵な笑みを浮かべた。

「良い目をしておるな・・・」

二人の間の時間が一瞬停止したかのように思えた。

「学園長さぁん! アタクシのことは、マンゴローブって呼んでくださいねぇ!」

均衡を破ったのはマンゴローブの一言だった。

こんな状況でも物怖じしないところは、流石と言えるだろうか。

「ほっほっほっ、これは失礼した。ゆかりくん・・・」

ミネルヴァは豪快に笑いながら、ゆかりをちらりと見る。

ゆかりはダッシュボードに置かれていたトレイを二つ持ち、それぞれを竜馬とマンゴローブの前に置いた。

各々のトレイには、額面百万の小切手が一枚ずつ置かれていた。

「儂の気持ちだ、収めてくれたまえ」

「あらっ、こんなに頂けるのぉっ、アタクシ嬉しくなっちゃうわぁ!」

マンゴローブは大はしゃぎしながらも、竜馬へと視線を送る。

黙って軽く頷く竜馬。

「そうだ学園長さん、今度はアタクシのお店にも是非お出でくださいな! 思いっきり、サービスして差し上げますわっ!」

「ほっほっほっ、それは楽しみだ」

マンゴローブは、小切手を大切そうにバッグへと仕舞い込んだ。

竜馬は軽く会釈をしたまま、小切手をポケットに押し込む。

「ゆかりくん、後は頼んだよ」

「はい、では生徒たちのところへご案内させて頂きますね」

ゆかりに先導されながら、竜馬とマンゴローブは学園長室を後にする。

ドアが閉まるのと同時にミネルヴァに微笑が浮かび呟いた。

「桔流竜馬・・・。ますます、先が楽しみになった」



その頃、アキたちは学園祭の出し物をラインダンスにすることで口論の真っ最中にあった。

「うちはそんなこと聞いてないっ!なんで勝手に決める訳!?」

と全く聞く耳を持たない優奈。

「あちも知らんわっ!」

優奈に同調する穂波。

「ハンは面白いと思うヨ」

「ワタシもいいと思いマス」

ハンとミッシェルが取り成そうとするが全く聞く耳は無いようだ。

「あなたたち、いなかったんだからしょーがないじゃん!」

七瀬の一言が、更に穂波と優奈に火をつけた。

「なんだとぉ!」

「何いっ!」

このまま取っ組み合いの喧嘩になってしまってもおかしくない雰囲気になってしまった。

「ふーっ、ワタシ用事あるネ」

見るに堪えないという顔をして、カトリーナは教室を出て行った。

「七瀬、喧嘩はやめてよぉ・・・」

アキが半べそをかいている。

「アキちゃん、大丈夫?」

アキを慰めるべく、さり気なく寄り添う涼香。

「ちょっと、喧嘩はやめなよ!」

「そーだよ!」

萌と圭も加わって、更に収集が付かなくなってきた。

「ダンスでいーじゃん、それに・・・」

汐音が何かを言いかけた、その時。

突然、ドアが開きロック調のギターの音色が教室に流れ込んでくる。

皆が一斉に音の方に目を向けるた。

「えっ!?」

「うっ、うそぉっ!?」

そこにいた人物を見て、目をみはる優奈と穂波。

「ダンテの・・・」

「桔流竜馬ぁっ!?」

二人は先ほどまでの喧嘩も忘れて竜馬を見つめている。

「俺の作った曲じゃ、不満かな?」

「あーあ、いいタイミングで登場かぁ・・・」

どうやら汐音は竜馬の作曲があることを言うタイミングを計っていたいたようだ。

「とーぜん、知ってるみたいね」

汐音が挑戦的な視線を二人に送る。

「まぁ、それなら・・・」

「うん・・・」

「良かった!」

竜馬がウィンクして、話はラインダンス実行に向けて動き始めた。

「あなたたちも、ダンテのファンだったとはねぇ・・・」

「いいじゃないっ、別に・・・」

「ファンだからって・・・」

「まっ、ダンスの話、進めようよ」

汐音の言葉に黙って頷く優奈と穂波だった。

「さて、衣装はアタクシの担当よぉ!」

竜馬だけが目立っているのを見て、マンゴローブも遅ればせながら愛嬌を振りまく。

「あっ、マンゴーさんだ!」

アキもいつの間にか泣き止んでいる。

マンゴローブはハンを見て、軽く微笑む。

ハンもニコリと笑い返していた。



ゆかりと竜馬、マンゴローブは三人で曲と衣装についての話し合いを始めている。

渡と八郎、二郎そしてケリアンの男性陣はラインダンスを女性陣に任せるとして自分たちでできる裏方のフォローアップについての話し合いを遅ればせながら始めていた。


その女性陣・・・、曲と衣装は竜馬とマンゴローブに任せることで良いのだが肝心のラインダンスについての意見がまとまらない。

まとまらないと言うより、何をどうすれば良いのか分からないのだ。

「だから、そうじゃなくて・・・」

「えっ、そんなことするの?」

喧々諤々となるなか、汐音がすっくと立ち上がった。

「もう、いいっ! わたしがリーダーやるから、みんな黙ってついて来てっ!」

汐音のダンスは、サンバカーニバルで見たこともあり誰もなにも言い返せない。

「ダンスも教えるからっ! わたし、ダンスは誰にも負けたことないからっ!」

自信満々で言い放つ汐音。

一応のまとまりがついたことでホッとしたアキたちは、汐音に一任することで納得した。

しかし、これが大きな問題の発端になったのである。



「ほらっ!足上げてっ! もっと高くっ! 呼吸も全然揃ってないよっ!」

ダンスは誰にも負けたことがないと自負したのも当然と思えるほど、汐音の指導がかなり厳しかった。

「手と顔を上げるっ! もっと滑らかに! もっと軽やかにっ!」

汐音のダンス指導が始まり三時間も過ぎた頃には、ダンス経験の無いアキたちは汐音の指導の厳しさにへとへとになっていた。

「うち、バイトあるし! こんなのやってらんないっ!」

最初に脱落したのは優奈だった。

「あちも無理、こんなんできるわけねーじゃん!」

すぐに穂波も続いた。

「ごめんだけど、ボクもスケボの練習したいから抜けさせて貰う・・・」

「汐音ちゃんみたいに踊れないよ、悪いけど・・・」

萌と圭もそれに続いた。

「汐音サン、厳しい過ぎるヨ」

「もう、ダメ・・・。 身体、動かナイ・・・」

ハンとミッシェルまでもが教室を出て行く。

汐音とアキ、七瀬と涼香だけが教室に残った。

「あなたたちも、嫌ならさっさと出て行ってよっ! もうっ、ヤル気が無いなら、勝手にすればいいっ!」

汐音は首にかけていたタオルを投げ捨てて教室から出て行った。

黙って、汐音の後ろ姿を見続けるアキ。

七瀬も涼香も下を向いてうな垂れるしかなかった。

(無理だったのかな・・・、でも!)

ラインダンスの練習はまさに暗礁に乗り上げていたが、まだアキは諦めていなかった。



その夜のこと、優奈がトイレに行こうとしたとき教室に灯りがついているのに気が付いた。


(ライト点けっぱなし・・・、誰よ! もうっ!)

教室に近づくと、かすかに吐息が聞こえる。

(・・・誰?)

優奈がそっと教室を覗くと、そこにはレオタード姿のアキが一人でダンスの練習をしていた。

(アキ? それにあれって・・・)

アキは懸命に汐音が教えていたダンスを繰り返している、

足元は流れた汗がところどころで光を放っていた。

(・・・、あのコったら・・・)

アキをしばらく見つめていた優奈だったが、ふと思い立ったかのようにその場を離れた。



コンコンコン・・・

「誰?」

「優奈だけど・・・」

汐音が自室のドアを開けた。

「何? なにか文句でもいいに来たの?」

「あんたに見て欲しいものがある、ついて来て!」

「なっ・・・、ちょっとぉ!」

「しっ、静かにして!」

優奈の真剣な眼差しに汐音も思わず従っていた。



教室の前で優奈は唇に人差し指を立てて当て、しゃべるなという意味をもたせた。

そして、アゴをクイッと上げて中を見るように促す。

教室を覗き込んだ汐音は、言葉を飲み込んだ。

(アキ・・・)

汐音の目の前で、アキが一人で練習を続けている。

あんなに難しいと皆が投げ出していたのに・・・

「汐音ちゃんが教えてくれたのは・・・、確か脚を高く交互に上げて…」

じっと、アキを見つめる汐音。

その後ろで、優奈が腕組みをしたまま見守っている。

「もっと、滑らかに廻るっ! きゃぁっ!!」

そのとき、勢いよく脚を上げ過ぎてバランスを崩すアキ。

それを見た汐音は思わず駆け寄った。

「アキっ、大丈夫?」

アキを抱きしめる汐音。

「汐音ちゃん・・・、ごめんね。ポーズが決められなかったよ・・・」

「あんたって・・・、大バカよ・・・。アキ・・・」

その姿をみて、優奈は何も言わずにその場から立ち去った。



コンコンコン・・・

「はいっ?」

「うち・・・、話がある・・・」

「わけありみたいね・・・、入ったら?」

優奈が訪ねたのは、穂波の部屋である。


翌朝になって汐音が全員を集めていた。


「みんな・・・、ごめん・・・」

誰もが何が起きているのか分からない。

ただ、アキはまっすぐに汐音を見つめている。

「わたしが間違ってた・・・、ダンスは一人でやるものじゃない・・・」

優奈と穂波は互いの顔を見合わせて、肩を竦めあう。

「ダンスは・・・、皆でやるものだから・・・」

「汐音ちゃん!」

思わず、アキが声をかける。

「最初から、一緒にやり直してくださいっ!」

汐音は勢いよく頭を下げた。


パチパチパチ


手を叩く音がシーンとした教室に響いた。

手を叩いたのは、優奈と穂波だ。

「ちょっと回り道したみたいだけど・・・」

「そろそろ、本気でやりますか!」

ワアッと、歓声が上がる。

「よーし、俺たちも負けてらんないぞっ!」

渡の声に男性陣も盛り上がる。

「そうや、わいは宣伝する担当やねんで」

「ボクも、とにかく頑張りマース」

八郎やケリアンも盛り上がりをサポートする。

「皆・・・、ありがとう・・・」

汐音の目に涙が光った。


(あらあら、やっぱり皆 若いわね)

教室の外で中を伺っていたゆかりは微笑んだ。

なぜか、耳には小さなイヤホンが付けられている。


「それとっ!」

汐音の声に全員の視線が集まる。

「ダンスユニットのリーダーは、アキにやって貰いたいの!」

「えっ、無理だよ・・・、そんな・・・」

突然の出来事にアキは茫然としている。

「大丈夫っ!」

優奈が一歩前に出た。

「アキ、あんただけだよ。あのダンス覚えたのは」

すぐ後ろに穂波が続いた。

「今回だけは、あなたを認めてあげる」

「え・・・っ? 優奈さん、穂波さん・・・?」

「アキ、あんた・・・、まさかぁ・・・?」

七瀬が詰め寄る。

「ごめん・・・」

「まったく、それなら言ってくれれば付き合ったのにぃ・・・」

「アキちゃん、わたしも頑張るっ!」

涼香のアキに向けられた視線は尊敬そのものだった。

萌と圭も互いの顔を見合わせて微笑んでいる。

「よっしゃ、ラインダンス計画 再始動や」

八郎の掛け声に誰もが大きく頷いた。


(雨降って、地固まる・・・か。学園長も喜ばれるかもね)

ゆかりは耳のイヤホンを外し、教室に入らずに別室へと向かった。

それからの汐音のダンス指導は決して独りよがりではなく、皆の考えを取り入れていくようになったことは言うまでも無い。



ゆかりが向かった別室には竜馬とマンゴローブがいた。

竜馬は頷きながら、ギターを弾いている。

どうやら曲の完成は間近だろう。

マンゴローブは自分がデザインし縫製した衣装のチェックを繰り返している。

胸の部分が大きくカットされておりフリルのたくさんついたバレリーナのような衣装、多彩なカラーも人目を引く。


「お疲れ様です」

ゆかりが入ると二人が手を止める。

「そのまま続けてくださいね。それと、あの子たち上手く纏まりましたよ」

「それは、良かった」

「じゃあ、ダンスも楽しみね」

「えぇっ、全くです。あっ、私これからお客様を学園長のところへ案内しますので失礼しますね」


部屋を出たゆかりは再びイヤホンを耳に装着する。

(あの二人、部屋の中でまったく会話が無い・・・、盗聴に気づかれたか? それとも・・・)



しばらくして、DoDoTVのプロデューサー 三橋とカメラマンの岩田が学園を訪れミネルヴァと面談していた。

「是非、テルマエ学園の生徒さんたちの取材をさせて頂きたいのです。もちろん、ミネルヴァ学園長の個人取材なども考えているのですか・・・、いかかでしょうか?」

名刺を渡しながら、ミネルヴァの顔色を伺っている。

「儂の取材だとっ! 若造がっ!」

思わぬミネルヴァの見幕に後ずさる三橋と岩田。

「だが、学園祭の取材だけは認めてやろう。ラインダンスを全国ネットで流せ! 話はもう終わりだな? ゆかりくん、お帰りだそうだ!」

ミネルヴァが手で肩の埃を払うような仕草を見せた。

三橋と岩田は慌てて立ち上がり、腰を直角にまげておじぎをする。

「しっ、失礼しましたぁ」

「では、こちらへ・・・」

ゆかりに案内されて学園の正門から出た三橋と岩田だった。



「怖いじいさんでしたね、三橋さん。でも、生徒の取材許可はOKだったんですから良かったですね」

岩田はのんきに話しているが、三橋の顔はこわばっている。

「俺・・・。もしかすると、とんでもないミスやっちまったのかも知れねぇ。嫌な予感がする・・・」

その後、三橋の予感は的中することになるのだが、まだここでは何が起きるのかまでは予測できないでいた。



「戻りました」

ゆかりは三橋と岩田を送ったあと、すぐに学園長室へと戻った。

あの対話のことでミネルヴァが何かを指示すると察したからだ。

「ふむ、よくわかったな・・・」

「・・・」

「まぁ、いい。DoDoTVと言ったか、儂を探るとは身の程知らずだがテレビ局も傘下にあった方がなにかと便利だ。あの三橋とやらも含めて買収しておけ。出来るな?」

「はい、ただDoDoTVは西京新聞の系列局です。西京新聞が手放すとは思えませんが・・・」

「では、どうする?」

「西京新聞ごと、買収してしまうのが良いかと・・・」

「ほっほっほっ、合格だ。では、後のことはきみに任せるよ」

ミネルヴァは振り返り、視線を落とす。

そして、改めて口を開いた。

「それと、どうやらネズミがチョロチョロと儂のまわりを嗅ぎまわっているようだ。さっさと炙り出して排除しろ! 必要なら、如月を使っても構わん!」

「承知致しました」

ゆかりは深々と頭を下げて、学園長室を後にした。


耳のイヤホンからは未だに会話らしいものは聞こえてこない。

(思い過ごしか・・・、しかし如月まで使うとは・・・)

あのとき、見かけたのは確かに如月だった。

(面倒なことにならなければ良いけど・・・)


学園長室に残ったミネルヴァがソファーに座って宙を見つめている。

「DoDoTVにネズミか・・・、しばらくは退屈しないで済みそうだ・・・」

ミネルヴァの顔に怪しい笑みが浮かんでいた。


テルマエ学園では、生徒一人一人に個室が与えられている。

もちろん、留学生でも同じ待遇である。

各室にはユニットバスが装備されているが、学園施設の巨大温泉がいつでも使用できるので自室で入浴するものは数少ない。

また、WiFiなどの通信設備も整えられているので、並のビジネスホテルより快適と言えるだろう。

「syntax error・・・。なかなかガードが固いネ・・・」

インドからの留学生、カトリーナが机の上のノートパソコンの画面を見つめている。

「ここまで固いのは、ペンタゴンくらいヨ」

カトリーナは何度もキーボードを叩くが、その都度に画面にはsyntax errorと表示される。

「フーっ、そろそろ沐浴の時間カ・・・」

そう言うと自室にあるユニットバスのお湯を溜める。

「聖なる川、ガンジス・・・」

そう言いながら、インド・ベナレスから定期的に送られてくる小瓶の一つを開け中身を湯船へと落とす。

「今度はいつ、ガンジスに入れるカナ・・・」

ふと故郷のことを思い出したかのように呟く、カトリーナ。

服を脱ぎ、湯船へと身体を静める。

浅黒い肌、引き締まった体つき、まさに美女と呼ぶにふさわしい。

ただ、その背中一面には大きな火傷の痕がある。

「パパ、ワタシを守って・・・」

知らず知らずのうちに大粒の涙が流れ落ちる。


PiiPiiPii


ノートパソコンが異音を発した。

(逆ハッキングッ?)

急ぎ浴室からでたカトリーナは、身体も拭かずに急ぎキーボードを叩く。

(演算処理・計算単位を変更、パスワードをリセットッ!)

警告音が止み、再び静寂が訪れた。

「ふぅ、でも誰ガ・・・? もしかして、萬度?」

カトリーナは身体を拭き、服を着直してノートパソコンの前に座り直す。


(ンッ? なぜフランスから、萬度の調査依頼ガ?)

次々と画面に表示される文字列を見てカトリーナが微笑む。

「萬度は、テルマエの情報が欲シイ・・・。早瀬も同じ・・・。で、今度はフランスから萬度の・・・。今は、萬度が一番のお得意サマ・・・ネ」

カトリーナが返信キーを叩く。

画面には、Brahmāの文字がタイピングされていた。




深夜、都内某所

竜馬の乗ったバイクが疾走する。

「思ったより早いお出ましか・・・」

前方の車を追尾しているようだが、微妙に距離を取っている。

(止まる・・・・、あそこか?)

前方の車がスピードを落とし、ゆっくりと交差点を曲がった。

少し時間をおいてから、竜馬のバイクも交差点をゆっくりと曲がった。

「っ!?」

竜馬の視線には車の赤いテールライトが映った。

ただ、予想外だったのは白色の後退灯も光ったことだった。

(やられるっ!)

竜馬の追跡していた車は交差点を曲がってすぐに停車し、追尾してくる竜馬に向けてタイヤを鳴らしてバックで急発進した。


ガシャーンッ!


車の後部バンパーがバイクの前輪を跳ね飛ばす。

バイクから跳ね飛ばされた竜馬はかろうじて受け身を取ったが、右腕の痛みは骨折を思わせるに十分だった。

竜馬を跳ね飛ばした車は一旦停止したものの、中から誰かが出てくる気配はない。

(まずいな・・・)

形勢不利を感じた竜馬の後ろからヘッドライトの光が差し込む。

偶然通りがかりの誰かが、竜馬の危機を救ったようだ。

数分後に竜馬を跳ね飛ばした車は何ごとも無かったかのように、静かにその場を立ち去った。

(ナンバーは見たが、恐らく偽造だろうな・・・)

ヨロヨロと立ち上がった竜馬にヘッドライトを点けたままの車から運転者が下りてきて声をかける。

「よぉ、大丈夫か?」

「あぁ、なんとかな・・・。助かったよ。武蔵」

「早く乗れ、まず病院だ」

「そうだな・・・」

(奴ら、本気で俺を殺そうとしたのか?)



いよいよ学園祭を翌日に控えたアキたちの前に現れた竜馬。

その姿を見て、誰もが愕然とした。

右腕に三角巾を巻きテーピング固定されているのは、誰が見ても骨折していると思える。

「竜馬さん・・・、その腕・・・」

汐音が問いかける。

「骨折まではいかなかったれど・・・、かなりキツメの捻挫でね・・・」

「・・・、大丈夫ですかぁ?」

普段は気丈な圭だが怪我のことは五郎での経験もあり、特に敏感なようだ。

「あの・・・」

汐音が言葉を選びながら話しているのが誰にもわかった。

「ラインダンスの曲なんですが・・・」

誰もが一番気にしていて、一番口しにくいことではあるが誰かが聞かなければならない。

曲は出来ているし、アキたちもその曲に合わせてラインダンスの練習もした。

だが、いつも曲を演奏していたのは竜馬なのだ。

つまり、この曲は竜馬本人でなければ弾くことができないことになる。

「仕方無いよ、諦めるしかない・・・」

優奈のストレートな意見は誰も反論できない事実でもあった。

「今から、代わりの人なんて無理だろうし・・・」

流石にゆかりも頭を抱えている。

「中止はないでぇ。わい、アチコチに宣伝してしもうたし、スポットライトとか舞台にもかなり金もかかってのに・・・」

大げさに嘆く八郎に二郎も同調する。

「そうですよ~、アキちゃんたちの出番楽しみにしてるのに~」

「ハンも踊りたかったネ」

「ワタシも初舞台だったのデスガ・・・」

ハンとミッシェルも落胆の色を隠せない。

「みんな・・・、ごめん・・・」

頭を下げる竜馬、誰も何も言えない雰囲気が重くのしかかっていた。

「誰かギター、弾けるヤツいねぇのか?」

渡が一同を見回す。

「少しくらい弾けても、あの曲は・・・」

ゆかりが諦めがちに言う。

(楽譜そのものが竜馬さんの頭の中なのに・・・、せめて録音だけでもしておいたら・・・)


その時、涼香がおずおずと手を挙げた。

「あの・・・、私・・・。ギターなら少し・・・」

「えっ!?」

「まさか、あんたが?」

「涼香ちゃん、できるの?」

誰もが驚いていた、あのおとなしい涼香が・・・、まさかの展開である。

「あの・・・、曲もなんとなく覚えてるし・・・」

なりゆきを見ていた竜馬だったが、一縷の望みを託すように左手でギターを差し出す。

「涼香ちゃん、だったね? 弾いてみてくれるかな」

「はい・・・」

消え入りそうな声で返事をした涼香だったがギターを受け取った途端に表情がキリッと引き締まった。

「まるで、別人・・・みたい」

そこにはいつも恥ずかしそうにしている涼香ではなく、しっかりと前を見据えている自信に満ちた表情があった。


♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪


涼香は軽やかに竜馬の作った曲を奏で始める。

「凄い・・・、聞いただけなのに完全に自分のものに出来ている・・・」

竜馬の感心する声と涼香の奏でるメロディだけが教室に響いた。

(絶対音感・・・、これが白布涼香の能力なのね・・・)

皆が涼香の旋律に圧倒されているなか、ゆかりが微笑を浮かべていた。



学園祭当日

講堂には見渡すかぎりの観客の山が出来ていた。

「わいの宣伝のおかげやでぇ~」

八郎が得意げに話しているが、実は【ダンテ】が楽曲をプロデュースしたということをDoDoTVが全国ネットで放送していたのだから黒山のような人だかりになったのも頷ける。

「まるでアイドルグループのコンサートみたいじゃん」

渡の声がアキたちをピクリとさせた。


舞台の上では、DoDoTVの三波が司会を務めている。


「みなさん、こんにちは。DoDoTV突撃リポーターの濱崎三波です。いよいよ、テルマエ学園の生徒さんたちによるラインダンスが始まります。絶対に見逃さないでくださいね!」

三波の実況が続く中、ゆっくりと幕が上がっていく。

センターにスポットライトが当たると、ギターを抱えた涼香の姿がある。

「何? あの娘?」

「ダンテの演奏じゃなかったの?」

観客の喧騒が起き始めた瞬間、涼香は大きく息を吸ってギターを奏でる。


♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪


涼香のギターから音が出始めた途端に観客の喧騒が止んだ。

誰もが曲に聞き入っている。

(この娘、なんてうまいんだ・・・)

舞台のそでに控えていた竜馬本人でさえ、改めて曲に引き込まれそうになっていた。


「いくよっ!」

汐音の掛け声で舞台奥に控えていたアキたちが音楽に合わせて躍り出る。

アキ・七瀬・萌・圭・優奈・穂波・汐音・ハン・ミッシェルが足を高く上げながら登場した。

皆が必死になって練習した成果がここで発揮されている。

横一列に並び呼吸を合わせて、掛け声ともに一斉に大きく脚を蹴り上げる。

何度も何度も練習した見せ場だ。

誰も野次を飛ばすものはいない。

真剣さが伝わっているのだ。


♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪ ハイっ!


最後の決めポーズでダンスは終了した。

一瞬の空白のあと、会場は割れんばかりの拍手に覆われる。


「彼女たちがテルマエ学園一期生の皆さんです。では、自己紹介してくださいね」

三波が一人ずつマイクを向けて行く。

「温水アキです」

「星野七瀬です」

「平泉萌です」

「大洗圭です」

「濱口優奈です」

「塩原穂波です」

「向坂汐音です」

「ハン・ツァイデス」

「ミッシェル・アデルソンデス」

そして最後にギターを抱えている涼香へとマイクを向ける。

「あ・・・、あの・・・。白布涼香です・・・」

演奏が終わった途端、いつもの涼香に戻っていた。

「ありがとう、ございました」

スポットライトを浴び、歓声に包まれている彼女たちはどこまでも神々しく輝いている。

「こうなったら、このままアイドルになっちゃっててもいいんじゃないですか?」

三波の言葉に会場がざわめく。

「そうだっ、やれよ!」

「応援するぞーっ!」

「ダンテの妹分アイドルの誕生だっ!」

あちこちから声が上がる。

「アイドル部・・・、なんて悪くないかも・・・」

アキが呟いた。

「そう、それいいかもっ!」

七瀬が同調する。

「あのー、何か?」

三波が改めてマイクを向ける。

アキたちは互いの顔を見合わせて全員が大きく頷いた。

「わたしたち、テルマエ学園アイドル部を作りたいと思います」

アキの声がマイクを通じて会場全体に伝わった。

「いいぞー、アイドル部っ!」

「テルマエ各園アイドル部、最高っ!」

観客席は予想もしなかったアイドル部誕生で一気にヒートアップする。

「みなさん、これからも宜しくお願いします」

一列に並び観客たちに向かって頭を下げるアキたちに、惜しみない拍手が送られていた。


舞台裏では、ミネルヴァとゆかりも拍手を送っている。

ミネルヴァはいつにないほどの上機嫌のようだ。

「テルマエ学園、アイドル部の発足か・・・。スター誕生だ・・・」


同じ頃、横浜港に一隻の中国船が入港していた。

「孫会長、到着シマシタ」

「マズ、どこだったカナ」

「渋温泉デ、早瀬ガ待ってマス」

「あの男、手ぬるいナ・・・。ブラフマーからの連絡はまだカ?」

「ミネルヴァの資金源はマダ不明ト・・・」

「フンっ、他はドウシタ?」

「日本の警察が動いてるらしい・・・デス」

「我々はビジネスで来ているのダ、警察など怖くはナイ。それよりも日本のヤクザ・・・」

「新宿のヤクザが邪魔らしいデス。確か、二月会トカ」

「マァいい、そのうち一気にカタをつけてやるサ」


アキたちの学園生活も新たにアイドル部が発足し、新しい展開が始まろうとしている。


そして、何か不穏な空気が少しずつ漂い始めていた。

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