第1話 ようこそ、テルマエ学園へ!!



「ほえ~・・・」

「ほら、アキっ! ボーっとしてたら置いてくよ。急いでっ!」

「あーん、待ってよぉ。七瀬ぇっ!」

見た目にも田舎から出てきたと分かるような大きな荷物、それでも旅行者と見えないのは彼女たちがあまりにも初々しいからに他ならない。


キラリ!

人ごみのなかで獲物を狙うかのような視線が光った。

ドシンッ!

「バカヤローッ、気をつけろっ!」

アキと呼ばれていた少女は突然、誰かに突き飛ばされて尻もちをついた。


「痛ったぁぃ!」

「アキ、バッグっ?」

七瀬と呼ばれた少女が気づいた。

(スリっ!)

アキを突き飛ばした男は人ごみの中を走って逃げている、手にはバッグがある。

「追いかけなきゃっ!」

「誰かぁ、その人を止めてぇ!」

その時、大きな影がアキの頭上をふわりと飛び越える。


(なにっ、鳥?)

まるで一陣の風が吹き抜けたように見えたのは、スケートボードに乗った少女だった。

「凄いっ! なんてオーリー(ジャンプ)だ!」

周囲から感嘆の声が上がる。

「はいはい、どいてどいてーっ!」

シューと車輪の軽い音を立てながら、少女はバッグを持って逃げる男にグングン近づいていく。

「ふっ!」

掛け声とともに少女はスケートボードを逃げる男の直前に滑り込んで、スピンターンを掛けた。

「なっ! 痛ってぇ!」

突然のことに驚いた男は転倒し、持っていたバッグを落とした。

「はい、ご苦労さんっ!」

少女はスピードを緩めることもなくターンしてくると、カタッと音を立ててスケートボードから足を離し、投げ出されたバッグをサッと拾い上げる。

「お前の顔、しっかり覚えたからなっ!」

転倒した男は立ち上がると、少女に悪態をつき走り去った。


「残念だけと、ボクは覚えておかないよー」

少女は舌を突きだしてあっかんべーをした。

「凄いトリック(技)だ・・・。プロか・・・」

周囲がざわめく。

そこにアキと七瀬がやっと走り寄って来る。

「はい、これ。キミのだろ?」

「ハァハァ、あ・・・、ありがとう」

息も絶え絶えになっている二人を見つめた少女はアキにバッグを手渡した。

安心したのか、アキはその場にへなへなと座り込む。

「じゃあ、ボク急ぐから」

そう言うと、少女は再びスケートボードを走らせ風のように立ち去った。

人ごみの中を誰ともぶつかることなくすり抜けて行く後姿をみていた七瀬が呟く。

「すごい・・・、なんなの・・・」



「君、立てるかい?」

一人の青年が座り込んでいるアキに手を伸ばした。

エプロン姿にほのかなコーヒーの香り。

良く見ると、かなりのイケメンだ。

「危ないところだったけど良かった。ところで君たちは、旅行に来たのかい?」

「いえ、明日に入学式があって・・・」

「ふーん、どこの学校?」

「テルマエ学園っていうんですが、知ってますか?」

「テルマエ・・・」

青年の顔が一瞬曇った。

「あの、あたし・・・、アキの友だちで七瀬って言います」

いつの間にか、七瀬まで青年の手をしっかりと掴んでいる。

(もう、七瀬って本当にイケメンに弱いんだから・・・)

そういうアキもしっかりと青年の手を握って離さない。

「アキちゃんに七瀬ちゃんか、俺は竜馬。すぐそこの【ぱんさー】ってカフェでバイトしながら【ダンテ】っていうロックバンドしてるんだ。良かったら、今度お店に来てよ。」

「行きます、行きます! 絶対に行きますっ!」

七瀬のテンションの高さは、竜馬がイケメンすぎるのだから仕方ないかとアキは思う。


「それじゃ、気を付けてね」

「はーい、お店行きますからねーっ!」

二人に背を向けて歩き始めた竜馬が呟いた。

「テルマエ学園・・・、ミネルヴァっ!」




リンリンリン・・・

カフェ 【ぱんさー】に戻った竜馬がドアを開けるとドアベルが店内に響いた。

店内からコービーの芳香が流れ出す。

「どうした、竜馬?」

奥でコーヒーを点てていた店主らしい男性が声を掛けた。

「早乙女さん、あの娘たち・・・」

「運命の出会いなんて、やめてくれよ。あまり関わらないほうが・・・」

「テルマエ学園の生徒でした」

早乙女と呼ばれた男の手が止まる。

「そうか・・・」

何かを考えている二人の視線が空間で交錯していた。




真新しい制服に身を包んだ若者たちが整然と並んでいる。

誰もが緊張した面持ちではあるが、新しい希望へとその一歩を踏みだそうとしている輝きが瞳に宿っているのが見て取れる。


「只今より、テルマエ学園 第一期生の入学式を執り行います」

キチンとしたスーツを着た司会係らしき男性の声が響く。

「では最初に、カーネルサンダ・・・、こほん。もとい、ミネルヴァ学園長のお言葉を頂きます」

会場がどっと沸いた。

なぜなら、檀上にいたその人はまさにあのカーネルサンダース人形と見紛うほどに良く似ていたのだ。

但ひとつ、違うのは何か得体のしれない凄味のようなものが感じられることだろうか。


「ようこそ、テルマエ学園へ。君たちは栄えあるこの学園の第一期生として選ばれた特待生です。その為、特待生である君たちは、学費・寮費・食費などは全て免除されています。まぁ、自分で遊ぶ小遣いはアルバイトなどして貰うことと学園の宣伝活動には協力して貰わなければなりませんが・・・、いずれにしても将来の温泉経営の要となるようにこの二年間でしっかりと学んで欲しい、では君たちの担任講師を紹介しましよう」


ミネルヴァが席を離れると、二〇代後半と思われる女性が演壇に立った。

「おぉっ!」

会場がどよめく。

「私が皆さんの担任になる、橘ゆかりです。主にホステス学を担当しますのでよろしく! ゆかり先生って呼んでね!」

スリットの入った超ミニのタイトスカート、胸元を大きく開けたブラウス。

まるでリアル峰不二子ばりのプロポーションと美貌に、男子生徒たちの視線が集まっていた。

「さて、今日は新入生のオリエンテーションということで・・・」

新入生たちの視線が一気にゆかりへと集まり、次の一言を待った。

「テルマエ学園自慢の大浴場で、親睦を深めましょっ、ちなみに・・・、男女別ですから女の子たちも安心してねっ!」


「えっ、いきなりお風呂っ!?」

誰もが戸惑いを隠せない様子を見せる。

「だって、ここはテルマエ学園よっ! 裸と裸のお付き合いしましょっ!」

「先生、親睦っちゅうことは・・・」

関西訛りのある男子生徒が手を挙げた。

「あら、残念ねぇ、先生は女湯。そっちは勝手に仲良くしておいてね」




「さぁ、ここがテルマエ学園自慢の大浴場よ。男湯はあっち。女の子たちは一緒にこっちよ」

ゆかりが先導して女子生徒たちを脱衣所へと連れて行く。

「ここは二四時間いつでも好きなときに入れるから、テルマエ学園随一の大浴場としていずれは一般公開も考えているの」

大浴場の説明をしながら、ゆかりはいそいそと服を脱いでいく。

すらりと伸びた脚と柔らかな曲線と艶やかな紫の下着が大人の女性という雰囲気を醸し出していた。

「さぁ、みんなも早く脱いで」

ゆかりに急かされるように女子生徒たちも服を脱いでいく。

「あなた、おっぱい大きいっ! あっ、ごめんなさい。私、白布涼香っていうの」

「うん・・・、でも胸が大きいと肩こりかひどくて最悪・・・。あっ、私、温水アキっていいます。よろしくね」

「巨乳が悩みなんて、贅沢な悩みよ。アキっ!」

「あっ、七瀬。」

「割り込んでごめんね。私、星野七瀬。アキとは同郷なの」

「すごかね~。あ、私、大洗 圭。九州だから言葉おかしくない?」

「ううん、大丈夫」

わいわい・きゃあきゃあ

女の子たちはかしましい。

女子の脱衣所はとても賑やかで、パッと鮮やかな色とりどりの花が咲いたようである。



ガラガラッ、音を立てて扉が開く。

大浴場に入ったアキたちは思わず感嘆の声が上げた。

「きゃあ、素敵っ!」

「うわっ!」

今までしかめっ面をしていたひとりが大浴場をみて顔がほころんだところへ、スッと近寄った者がいる。

「久しぶりね、優奈・・・」

「まったく、穂波がいるとはね」

「お互いに過去のことは・・・」

「分かってる・・・」



大浴場の床はノスタルジックなタイル張。

湯船の奥、白い壁には富士山が描かれている。

それにとにかくだだっ広い。

まるで昭和の銭湯を近代風にアレンジして、巨大化したものみたいである。


「うわっ、凄い!」

大浴場を見回して感激している少女を見て、アキと七瀬は同時に声を上げた。

「あーっ!」

「うんっ、ボクのことかな。あっ、きみたちっ!?」

そう、その少女こそ駅前でバッグを取り返したスケボー少女だった。

「あのときは、ありがとう」

「なんのなんの。ボクは、平泉 萌。宜しくね」

「わたし、温水アキ。でもこっちが・・・、七瀬」

「星野七瀬よ、宜しく」

「でも、なんであんな人ごみでもぶつからなかったの?」

「まぁ、みんな止まって見えるから・・・」

「止まってって、なんで?」

(さすが瞬間記憶能力・・・)

ゆかりの視線が向けられる。

「あらあら、いつの間にか自己紹介も進んじゃってるみたいね。さぁ、皆。まず、体を洗いましょう! 先生が洗って、あ・げ・るっ!」

ゆかりはテンションが高くなっているように見えるが、その目は笑っていなかった。


一人ずつ風呂椅子に座らせると、アキから順番に流れるような手つきで体の隅々まで洗い上げて行く。

あれよあれよと言う間に体を洗っていくスピードは、まさに神業としか言えない。

(さすが、テルマエ学園の先生だ・・・)

アキは本当のサービスを目の当たりにしたように感じていた。

「あなたは、温水アキさんね。うーん、残念だけど胸は私の負けみたい♡」

ゆかりがそう言いながらアキの胸を洗ったとき、ゆかりの目が一点に止まった。

(やっばり、間違いない)

ゆかりは穂波に視線を向けた、穂波が軽く頷く。

「あなたが、星野七瀬さんね。確か・・・、アキさんと同郷だったわね」

ゆかりの視線は、七瀬の右肩に向けられている。

白布涼香さん、源口優奈さん、平泉萌さん、大洗 圭さん、向坂汐音さんと次々と体を洗っていくゆかりの視線はどこか一か所を常に見つめている。

「さて、最後は・・・、塩原穂波さんね・・・」

「いや、あちはいいから・・・」

「ほら、遠慮しないのっ!」

ゆかりの強引さに負けた穂波の視線が脇腹で止まった。

「えっ!?」

「なっ、なんだよ?」

「いっ、いえ・・・。何でもないの・・・」

(まさかそんなこと・・・、でも間違いない)

なぜか、ゆかりは生徒たちの名前を全て覚えていた。

担任だからというには、あまりにも違うようだ。

そう、以前から彼女たちが来るのを待っていたように・・・

動揺したゆかりを、穂波がじっと見つめていた。


その頃、男湯では・・・

「おいっ、皆っ! ちょー集まってくれや!」

関西訛りの男子が声をあげた、なんだなんだと男子生徒たちが集まってくる。

「わいは、大塩八郎っちゅうもんやけど、これから女湯を覘こう思うねん。我と思う奴は一緒にどうや?」

入学式直後で女湯を覘こうというのだから、とんでもないドスケベとしか言いようがない。

さすがに誰も同調するものはいないかと思ったのだが・・・、ただ一人だけが手を挙げた。

「僕、鈴木次郎っていいます。大塩さんは、エロ中のエロ大魔王だと思います。師匠と呼ばせてください、どこまでもついていきます」

「よーし、二郎か。わいとお前でニッパチコンビの結成やっ! さぁ、やるでついて来いっ!」

「はい、師匠っ!」

エロコンビの誕生の瞬間、一人の生徒が声をかけた。


「おい、おめーらやめろよ」

「何や、お前も行きたいんか?」

「ふざけるな!」

「お前、誰やったっけ?」

「俺は早瀬 渡。マジやめろ!」

「いやいや、渡。わいは入学式のときからあの先生と巨乳の女の子に目をつけてたんや。ここで覗かんかったら絶対に一生後悔することになるで」

「そんなん理由になるか!」

「真面目なやっちゃなぁ、まぁそんなところも気に入ったわ。ほんなら・・・」

渡の忠告を無視して、八郎と二郎は女湯との境の壁に近づいて行く。

「でも、師匠・・・、この壁・・・」

二人の前には高さ十メートルを超えるような垂直の壁が男湯と女湯を遮っている。

「これは・・・、無理じゃないですか?」

「なんや、二郎。わいは筋金入りのエロ男やで。」

「でも・・・」

「ええか、上を見てみい。天井と壁の間にすきまがあるやろ」

「あっ、本当だ・・・」

「つまり、あそこまで行ったら見放題なんやで」

「でも、この壁をどうやって上るんですか?」

「この大塩八郎、こう見てても大阪ではちょっと知られた発明家なんや」

「発明家って?」

「まぁ、エロい楽しみを満喫するためのグッズを開発して日本橋で売ってるんや」

「日本橋って、秋葉原と並ぶ・・・」

「そこで実践された超おすすめグッズがこれや」

八郎はどこからか、吸盤のついたグローブのようなものと同じような形態の靴を見せた。

「これで、どこでも壁を登れるんや。名付けて、『これであなたも、スパイダーマン』」

「ネーミングのセンスも怖いけど、本当にこれ大丈夫なんですか?」

「論より証拠、ほら行くで」

如何にも怪しげなグローブと靴を身に着けた八郎はヒョイヒョイと壁を登っていく。

「あっ、待ってくださいよ。師匠」

後を追いかけるように壁を登っていく二郎。

「マジ、ありえねぇ」渡は壁を登っていく二人を見上げながら呟いた。




さて、女湯では皆が温泉に浸かっている真っ最中だった。

「いーい湯だなっ♪あははっん♪ここは天国♪テルマ~エの湯♪♪」

圭が上機嫌で歌っている。

アキは湯船に浸かっているが、それでも巨乳は目立っていた。

その隣にずっと、アキを見つめている娘がいる。

「確か・・・、涼香ちゃんだったよね」

「うわっ、アキちゃんに名前覚えて貰ってるなんて嬉しい」

「なんでずっと隣にいるのかなって、聞いてもいい?」

「やだぁっ」

ブクブクブク、涼香は恥ずかしそうに顔を半分お湯に沈めてしまった。

まわりを見ると、萌と七瀬と圭が広い浴場をプールのように泳いだり、走り回ったりと活動的だ。

別湯船では、優奈と穂波が中途半端な距離で並び湯船に浸かっている。

「ところで、優奈?」

「なに?」

「それって・・・」

穂波は優奈の左肩を指さした。

「あっ、これ? 二年くらい前からだけど、痣だよね。お風呂に入ると出てくるんだけど・・・」

「えっ!?」

穂波と優奈の浸かっている湯船の前を走り過ぎようとした七瀬がそれに気づいた。

「あんた、その痣・・・」

「はっ! なに見てんのよ!」

七瀬は隣の湯船に浸かっていたアキの手を掴んで、湯船から引き上げるようにアキを出した。

「あたしと、アキにもあるの・・・」

「えっ、ちょっとっ!?」

七瀬はアキの左胸を持ち上げた。

「えっ!?」

「あの~、私も・・・」

湯船に浸かっていた涼香も湯船から出て顔を真っ赤にしながら、くるりと回ってお尻をチョコンと突きだした。

「同じような・・・、痣?」

「なになに? どうしたの?」

四人が固まっている異変に気付いた、萌・汐音・圭が駆け寄ってくる。

「皆・・・、痣が・・・」

「痣って・・・?」

萌は、右胸を持ち上げた。

汐音は、太ももを指さした。

圭は、右の二の腕をみせた。

その全てに同じような赤い痣がある。

「いつから?」

「私はつい最近・・・」

アキが呟くと、他の四人も首を縦に振った。

「お風呂に入った時にだけでるの・・・」

皆が頷いた。

優奈と汐音が視線を合わせている。

(やっばり・・・)

(何かあるかとは思ってたけど・・・)

優奈を除いた六人は奇妙な連帯感が生まれ始めていた。

「偶然かもよ、こんな痣なんて気にしないでいこっ!」

「もしかしたら運命とか繋がってたりして・・・、とかないかー!」

「うわ、ロマンチック・・・」

「何。盛り上がってんの?」

穂波が怪訝そうに近づいてきた。

「あっ!」

アキが驚きの声を上げた。

「穂波さん・・・」

アキの指さした穂波の脇腹にも同じような痣がある。

「えっ、どうして? 私にも痣が・・・?」

「私、痣のことがあってから何で自分だけって思ってたけど・・・、皆と会えてよかった・・・」

涼香が涙声で言った。

年ごろの少女たち、体に急に表れた痣で小さな胸を痛めたことがあったのは互いに分かり合えたのであろう。

ただ一人を除いては・・・

(痣を見つけろって言われてたのに、あちもそうだっていうの・・・)

穂波だけが、ゆかりを見つめていた。



さて、八郎の開発した怪しさ爆裂グッズで壁を登っていた二人は丁度、女湯との境を乗り越えていた。

「ちょーすげー、流石は巨乳ちゃん。F・・・いや、Gカップかも知れんなあ」

「師匠、確かアキちゃんという筈ですよ」

「アキちゃんか、しっかり覚えとこ。それにゆかり先生も綺麗な胸と尻やなぁ。わい、生きててよかったわぁ」

「僕、神さまよりも師匠に感謝したいです。ありがとうございますぅ」

そう言いながら、二郎は鼻血を流している。

噴き出た鼻血を拭こうとして片手をグローブから抜いた瞬間、グローブが女湯の湯船に落下した。

(あかん、手と足を抜いたら吸着しなくなるってことをこいつに言ってなかった・・・)

八郎は後悔したが、もう遅い。

ポチャン・・・

グローブの落下した水音に気が付いたアキたちは、自然とその上方へと視線を移す。

天井の境目から身を乗り出している二つの影と目が合った瞬間!!


「きゃあぁぁっ! のぞきぃぃっ!」

湯煙の中、ぼんやりとした黒い影をキラリと光った優奈の視線が捕える。

「はっ、きもいヤツ。でも、はっきりと見えるよっ!」

誰かが上げた悲鳴が響くなか、優奈が足元にあった手桶を取り影に向け連続で投げつける。


 カーン! コーン! ドサッ! ドボッドボン・・・

「優奈さん、流石ね。」

(四色型色覚、テトラクラマシーか・・・)

ゆかりが笑いかける。

「ふんっ!」

優奈はなぜか取り合おうとしない。

湯船に落ちた二人は、這う這うの体で上がってきた。

「初日でこんな問題を起こしてくれるなんてね・・・」

バスタオルを巻いたゆかりが仁王のように立ちはだかっていた。

「堪忍してぇなぁ・・・」

八郎の情けない声が浴場のこだましていた。




「ふう、初日から大変だったけど、ここにきて良かった」

アキは湯上りの髪を乾かしながら、故郷のことを思い出していた。

「あのとき、あのDMを見なかったらここには来れなかったんだよね・・・」


 祖母ハルの部屋の掃除をしていたときに見つけた、テルマエ学園第一期生の募集。

握りつぶされるような形でゴミ箱に入っていたのを見つけたとき、アキは温泉経営を学ぶために東京へ行きたいと言ったのだが、祖母はきつく反対した。

「なんで、またあいつが・・・」

そう呟いた祖母の言葉には、怒りや憎しみのような感情が感じられたのだ。

普段、穏やかで優しい祖母とは別の人間になってしまったような・・・


 同じ温泉郷である七瀬の家にも同じものが届いており二人一緒ならばと、互いの家族を納得させたのは、ほんの数か月前のことだった。

「タロと花子・・・、どうしてるかな・・・」

アキは故郷の旅館の中庭にいつも遊びに来る、二匹のニホンザルを思い出した。

「喧嘩してないと良いけどな・・・」

なぜか、小さいころからアキには動物が良く懐いていた。

犬もネコも、鳥もアキの言葉には不思議と従い、アキもなぜか動物の気持ちが理解できるような感覚があったのだ。

「誰に言っても、信じてくれなかったけど・・・。お婆ちゃんと七瀬は分かってくれた・・・」

アキの独り言を静かに聞いている影、その存在にアキは気づいていなかった。




 コンコン・・・

「入りたまえ・・・」

学園長室の重厚な扉が開かれる。

「とうとう、見つけましたわ」

ゆかりが微笑む。

「でも、まさか八人が揃ってしまうとは・・・」

「ふむ、ところであの娘はどうなっている?」

ミネルヴァは白い顎鬚を撫でさすりながら尋ねる。

「まさかあの娘までとは思いませんでしたが・・・、特に問題にはならないでしょう。万事、上手くいっていると・・・」

「それも運命か・・・」

ミネルヴァがほくそ笑んでいた。

「それと、早瀬の常務が渋温泉へ向かったそうです」

「奴らめ、気が付いたか・・・」

「いかが致しましょう」

「明日、如月を呼んでおいてくれ、場合によっては必要になる」

「永田町ですか?」

「ふっ!」

ミネルヴァは陰のある笑みを浮かべていた。

「それと、明日から留学生が到着します」

ゆかりはそう言いながら、留学生の資料を手渡す。

「どこからだったかな?」

資料を受け取ったミネルヴァがページをめくる。

「ふむ、タイ・フランス・アメリカ、それにインドか・・・」

「ミッシェル・アデルソンには、カジノの講師もお願いしていますが・・・」

「そうだな、父親のアデルソン氏とは今後もビジネスで付き合うことになるだろう。ところでこの少年は?」

「ケリアン・ジラールですか? フランスのユース代表と聞いていますが・・・」

「監視を強化しておけ、それと・・・、カトリーナ・カーン」

「何か?」

「AO入試が国際的になってきたとはいえ、あまりにもテルマエの求めている人物像に近すぎるデータだ」

「偽造しているとか・・・?」

「考えすぎかもしれんが、歳を取ると余計なことを心配するようになる」

「・・・、ハン・ツアイは?」

「そうだな、台風の目になるかも知れん」

「ご心配なら、何も留学生をいれなくても良かったのでは?」

「いや、色々と変革が起きねば面白くない」

ミネルヴァがニヤリと笑った。


 数日前、フランス シャルル・ド・ゴール国際空港ーー

「先ほど、出発しました」

空港のプライベートラウンジで朝食をとっている男に部下らしき者が報告している。

「ふむ、それでは社に戻るか・・・」

男がメインロビーに横付けされたリムジンに乗りこむ。

「おい、あれって!」

周囲が男の姿を見て、騒ぎ始めていた。

「あれはマシュラングループの総帥、カロロス・ゴールじゃないか」

「いつの間に日本から戻ってたんだ」


 大いなる野望が始まろうとしていた。

この学園に集められ、出会うべくして出会った運命の8人の少女たち。

彼女たちはまだ、自分がなにものなのか。自分を待ち受けるものが果たして何であるのかを知らない・・・

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