題名無しの短篇集

Qkuri

知らナイ、幼馴染

 がちゃがちゃ。ぎぃぎぃ。


 私には幼馴染みがいる……らしい。記憶にない幼馴染みが。

 今、部屋の扉の向こう側から私を呼んでいる。


「ねぇ、起きてる? 早く支度しないと学校に遅れるよ」


 がちゃがちゃ。ぎぃぎぃ。扉が悲鳴を上げる。


 誰かも判らない声が扉の向こう側から聞こえる。

 男の人の声。でも聞き覚えがない。


「ほら、ここを開けて。まだ準備が出来てないなら僕が手伝うから」


 部屋の扉に鍵はかかってない……はず。

 だけど、その人はそれに気付いていないのか、はたまた気づいているうえでなのか、ドアノブを何度も何度も捻ってる。

 開けてあげようとは思わなかった。

 何故だか開けてはいけない、と頭の中で警鐘を鳴らされていたから。


「どうして開けてくれない? 僕、もしかして君に何かしちゃった……かな?」


 声の主は不安げに声を掛けてくる。

 がちゃがちゃ、ぎぃぎぃ。ドアノブが激しく回されては戻るを繰り返す音。

 穏やかな声音とは裏腹な、明らかに常軌を逸した行動。


 声に返事をすることもなく、布団の中で耳を塞いだ、はずだった。

 その声は鮮明に私の耳に入ってくる。


「ねぇ開けて」


「顔が見たいな」


「もしかして具合が悪い?」


「ねぇ一言でいいから、声を聞かせて」


「開けて」


「ここを開けて」


 がちゃがちゃ。ぎぃぎぃ。がちゃがちゃ「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて開けて」「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて」がちゃがちゃ「開けて開けて開けて開けて開けて」ぎぃぎぃ「開けてあけて開けてよ」がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃぎぃぎぎがちゃがちゃ「開けてください」がちゃがちゃがちゃ「ねぇ」がちゃがちゃがちゃぎぃぎぃぎぃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ「聞こえてるんでしょ?」がちゃがちゃがちゃ、



「開けてよ」



 息を殺して、この異常な状況をただ耐え凌ぐしかなかった。

 怖い、なにあれ、何なの?

 かすかに漏れた呼吸は震えていて。今自分が置かれている異常な状況に、恐怖で心臓がバクバクと波打つ。


 がちゃがちゃ。ぎぃぎぃ。がちゃがちゃ。ぎぃぎぃ。

 開けて開けて、という声。それでも私は耳を塞いでやり過ごすしかなかった。



 ……どれくらい経っただろう。

 気付けば、けたたましい音は止んでいた。


 布団の隙間から部屋の様子を覗く。

 誰かが侵入した気配はなく、いつも通りの自室の風景だった。

 はぁ、と溜めていた息を一気に吐き出した。それでも部屋は静かなままで。

 ここ最近ハマっていた小説のオチが実はとんでもなく悪趣味なホラーだったものを読んでしまったせいで、もしかしたら悪い夢を見ていたのかも。

 きっとそうだ。そう、だよね。

 あんな怖いこと、現実で起きるわけないもん。……未だに早鐘を打つ胸を押さえて、そう自分に言い聞かせながら。

 もう一度、息を吐いてゆっくり身体を起こして、





「──なんだ、起きてるじゃないか」

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