第12話 拳銃

 「デライラと一刻も早く確実に心中するためには、確実な方法で死ななくちゃ……」

 エルディは専門店で拳銃と弾を購入した。これを使えば一瞬で苦しむ間もなく確実に死ねるはずだ。すると店から少し離れたところでヴァイスに再会した。大学を中退してからまったく会う機会がなかったが、久しぶりに会った彼は元気そうだった。

 「エルディ!!生きてたのか!よかった、生きてたんだなあ!!どうしちまったかと思っていたぜ……!」

 「ヴァイス……!」

 「なあ、ちょっとそこの公園で、コーヒーでも飲んで話そうぜ!」

 エルディは死ぬ前にかつての親友に再会できたことを喜び、別れの挨拶をしようと、その誘いに乗った。


 「今まで何してたんだ?全然連絡くれなくて、心配したぜ」

 「実は、かくかくしかじか……」

 エルディは相変わらず何度も死のうとしたこと、真っ当に生きようとして失恋したこと、今はデライラと同棲していることなどを語った。するとヴァイスが目を見開き、ガタガタ震えながらその話を聞いていることに気付いた。

 (苦手な話だっただろうな……ヴァイスは明るくて、こういうメンタルの話や重い話は聞きたがらないから)

 ヴァイスはエルディの話が終わると肩で息をし、心を落ち着けるように深呼吸すると、努めて明るく話しかけてみた。

 「ひ、ひでえ人生だったな!でも、もう真面目に働いて生きているみたいで安心したぜ!今はデライラがいるもんな、彼女の分まで頑張って生きないとな!」

 「実は……今度こそ死のうと思って……拳銃を買ってきたんだ」

 エルディは言いにくそうにそう言うと、拳銃ショップの紙袋から、その中身をチラ見せした。ヴァイスは飛び上がって怯えた。

 「馬鹿か!そんなもの使ったら死んじまうぞ!」

 「死ぬ気なんだよ!今度こそ本当に死ぬ気なんだ!もう僕たちには後がないんだよ!」

 「考え直せ!」

 「ヴァイスには解らないよ!!!」

 エルディは叫んでいた。突如大きな声で叫んだエルディの様子に、ヴァイスは沈黙した。

 「ヴァイスはいつも明るくて、ニコニコしていて、死ぬとか病んだとか、そういうメンタルの話をすぐ嫌う!でも僕たちにとって自殺は救いなんだ!いつも死にたくて死にたくて、早く楽になりたくてたまらない。不幸で、苦しくて、辛くて、憂鬱で、常に死ぬことが頭をよぎる。いつも生きることをエンジョイできているヴァイスには解らないだろうね!」

 パァン!

 捲し立てるエルディの横面を、ヴァイスは思い切りひっぱたいた。

 「てめえ……調子乗ってんじゃねえぞ……。馬鹿にすんじゃねえよ。俺が何も苦労しないで生きてると思ってたのか」

 エルディは反抗的な目で睨み返した。しかし、ヴァイスの黒い肌に縁どられたぎょろりとした円い眼光は、エルディを竦みあがらせるほどの威圧感を放っていた。

 「俺は、虐待と差別の中、親からも捨てられて施設で育った」

 そして、ヴァイスは彼の過去を語り始めた。


 ヴァイスは黒人の母が白人男性と不倫して生まれた子供だった。ヴァイスの母は黒人差別のトラウマを抱え、白人との間に子供をもうければ、白人の子供を手に入れて社会的に自立できると考えたのだ。

 しかし、生まれてきたのは母と瓜二つの黒人の子供だった。不倫相手の白人男性は「黒人の子供は自分の子じゃない。子供は認知しない」といって、ヴァイス母子を捨てた。

 ヴァイスの母はヴァイスを恨んだ。ヴァイスが白人として生まれてきたら、すべてうまくいくはずだったのにと。

 ヴァイスなど死んでしまえばいいと、虐待の限りを尽くした。火が付いたように泣き叫ぶヴァイスの声を聴いた近所の人が、ヴァイスの母を通報し、ヴァイスの母は子供を虐待した罪で逮捕された。保護されたヴァイスは施設に預けられた。

 しかし、施設でも黒人差別は変わらなかった。白人の孤児が犯した悪事を、いつもヴァイスに擦り付け、ヴァイスは身に覚えのないことで叱られ罰を受けた。

 そんな生活の中で、戦友とも呼べる黒人の親友がいた。ヴァイスが罰として食事を与えられなかった時も、親友は自分のご飯を隠し持って、ヴァイスに分け与えた。ヴァイスは親友さえいれば生きられると、彼の存在に希望を見出した。

 しかし、親友はいじめを苦に自殺してしまった。

 施設の調理場から包丁を盗み、自身の腹に刺して冷たくなっていた。

 第一発見者はヴァイスだった。ヴァイスは親友の死を受けて、完全に精神崩壊した。

 

 「はあ、はあ、はあ、ああああああああああ!!!うぐ、あがあああああ!!!」

 そこまで話すと、ヴァイスは悶え苦しみ、喉を掻きむしって地べたでもんどりうった。

 「ヴァイス?!ヴァイス落ち着いて!」

 「はあはあはあはあ、ああ、ああ、はあはあ、はあはあ、ああ、ぐう……う……」

 どれぐらい苦しんだだろうか。ヴァイスが落ち着きを取り戻すまで結構な時間がかかった。やがてぐったりとして虚ろな瞳をして、ヴァイスは再び語り出した。

 「だから、俺は、死ぬってことが怖くてたまらないんだ。親友が自殺したってことが、ショックで、怖くて、自分もいつか死にたいと思う日が来るのかもしれない、そしたらあいつみたいに冷たくなって、この世から消えてしまうのかもしれない、そう考えたら、怖くて。意地でも生きてやるって思ったんだ。死なないように、明るく生きてやろうって。どんなに辛くても、絶対に死なないように生きようって思って……。だから、お前が死のうとするたびに怖くてたまらなかった。死ぬことが俺にとって最大のトラウマなんだよ。お前まで俺を置いて死んじまったらどうしようかって、めちゃくちゃ怖かった……」

 「ヴァイス……」

 ヴァイスは虚ろな目をエルディに向け、力なくつぶやいた。

 「なあ、お前は死ぬことが救いだって言ったよな。確かに、こんな苦しい発作を抱えながら、怯えながら生きるぐらいなら、死んじまったほうが楽になれるかもしれねえ。なあ、その拳銃で殺してくれよ」

 「や、やだよ。死にたくないんじゃなかったのか?」

 「死のうって簡単に考えられるお前が羨ましくなったんだよ」

 「貸せよ」と、ヴァイスはエルディの拳銃の入った袋を取り上げた。

 箱から拳銃と弾丸を取り出し、マガジンをセットして、米神に当てた。

 その様子を見て、目の前で親友のヴァイスを失う恐怖に、エルディは震え上がった。

 「ダメだよ」

 「いいだろ。お前にとって死は救いなんだろ?救ってくれよ」

 「ダメだヴァイス」

 いつも笑顔で励ましてくれた親友が、目の前で死ぬ。想像するだけで恐ろしい。胸が張り裂けそうな喪失感に心臓が早鐘を打ち、何としてもそんな最悪の事態は止めなければと願う。エルディはガタガタと震えだし、息苦しさを覚えた。

 「じゃあな、エルディ。お先に」

 「やめろヴァイス!!」

 エルディはヴァイスの手から拳銃を奪おうとした。ヴァイスはエルディの手を振り払い、止めようと縋り付くエルディをひらりとかわした。

 「うるせえ、死なせろよ!」

 「君は生きなくちゃだめだ!」

 瞬間、銃声が二人の間で炸裂した。

 エルディは左耳をヴァイスの持つ拳銃で吹き飛ばされた。

 ヴァイスはエルディの耳から流れる赤い血を見て、再び恐慌状態に陥った。

 「ああ、ああ、エルディ!!」

 エルディは驚き固まったが、自分もヴァイスも生きていることを理解すると、フッと柔らかく微笑んだ。

 「大丈夫だよ」

 「すまねえ、エルディ。俺は、なんてことを……!」

 「僕のほうこそごめん。ヴァイスの気持ちがよく分かった。生きててよかった、ヴァイス。僕も、死ななくてよかった」

 滝のように涙を流し、謝罪の言葉をやめようとしないヴァイスを落ち着かせ、エルディは拳銃からマガジンを抜き、箱に仕舞った。

 「もう、死のうなんて思わない。ヴァイスの苦しみがよくわかったよ。僕もヴァイスを失ったら生きていけないと思う。そして、ヴァイスみたいに永遠に後悔しながら生きることになると思う。そんなのごめんだ。寿命で死ぬのとはわけが違うよね。解ったよ。僕、デライラにも自殺をやめるよう説得してみる。真面目に生きるよ。だからヴァイス。これからも元気に明るく生きて、僕を見守っていてほしい。僕はもう、自殺なんかしない」

 「本当か?」

 「耳を吹き飛ばされて、僕は一度死ぬことができた。拾った命、大事にして生きるよ。ありがとう、ヴァイス」

 「エルディ、ああ、エルディ……。よかった。頼むぜ。生きてくれ。俺も、お前を見守り続けるからよ……」


 その日を境に、エルディは自殺を繰り返すのを、今度こそ、一切やめることにした。

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