第4話 崖からの飛び降り

 ひょんなことからデライラと交際することになったエルディだったが、早速デライラの重すぎる愛に疲弊していた。

 「なんで電話出てくれないの?私が掛けたらすぐ出て!三コール以内!」

 「そんなこと言ったって、今夜中の三時だよ?寝てたよ……」

 「あたしは眠れないの!睡眠薬一シート飲んだけど眠れないから電話してるの!ねえ、何か楽しい話して」

 「ふわあ……楽しい話って?」

 「あたしとの電話めんどくさいの?じゃあいい!アムカして寝る!」

 「ま、待ってよ、そんなことないよ、じゃあ昨日大学であった楽しい話するよ……」

 またある日は、こんなメールが届いた。

 「今度こそ死にます。睡眠薬三十日分飲みました。最後にエルディに会えてよかったよ。愛してる。さようなら」

 「え?!ちょっと待って!今電話出れる?!救急車呼ぶよ?死なないでよ、ほんとにしょうがないな!」

 またまたある日、デートの時にはこんな調子だった。

 「エルディあたしのことホントに好き?」

 「え、な、なんでそんな話を……。うーん、デライラが期待するほど好きかどうかはわからないな……」

 「なにそれ!?好きじゃないの?!」

 「デライラは結構僕に夢中って感じじゃない?僕はデライラには負けるんじゃないかなっていつも思うんだ……(カフィンが本命だからね)」

 「はあ?!自分の気持ちでしょ?何その曖昧な返事!わかった、今からあたしをF**Kして!夢中にさせてみせる!」

 「そんな、デライラ、もっと自分を大切にしなよ……」

 こんな調子であるから、エルディは四六時中疲労困憊していた。いつも気を遣わないと死のうとする。わがままを言う。自分を大切にしない。最大限いつも見つめていないと機嫌を損ねる。本音を言うと、エルディはカフィンという本命がいるので、デライラはカフィンを呼び出すためのダシにしか思えなかった。だがどうだ、利用するつもりが利用されつくしている。

 疲れたエルディの心が、本命のカフィンに会うだけでなく、本物の純粋な希死念慮に向かうのも無理からぬことだった。

 「今度こそ死んでやる。確実に死んでやる。絶対にだ」

 そう心に決めた彼は、車で海に向かい、断崖絶壁の上に降り立った。

 「これだけ高い崖の上から飛び降りたら、一瞬で確実にGo to hellだ」

 しかし、崖の上には沢山の人が居て、テレビカメラや音響機器などが設置されていた。何やら叫ぶ人もいる。また先客だろうか?

 「殺せるものなら殺してみなさいよ!殺す勇気もないくせに!いいわ、死んでやる!ここから飛び降りて死んでやる!」

 騒ぐ女を尻目に、エルディは人だかりから離れたところにスタンバイした。

 (死んでやるって騒ぐだけ騒ぐ人はなかなか死なないし、結局死なないんだよなあ……。僕は本気で死ぬから、静かに死にますよ。お先に失礼)

 崖の縁に立ってエルディがスタンバイすると、「カーット!!」と、野太い声が叫んだ。

 「ちょっとお兄さん、そこカメラに映るんだよなあ、どいてくれない?」

 助走をつけて飛び込もうとしたエルディに、熊のように体の大きなサングラスの男が近づいてきて、彼を引き留めた。引き留めたというより、追い払おうとしたというのが正しいか。

 「何ですか?」

 「今映画の撮影中なんだ。そこにいられると邪魔なんだよなあ。何なの?観光?」

 エルディが周囲を見渡すと、人だかりは皆エルディに注目していた。皆一様に不機嫌そうな、迷惑そうな顔をしている。

 「あ、そういう事でしたか。先客かと思いました。僕は今から死にます。わめいたりしないでさっさと死にますので、お構いなく」

 「ええ?!」

 熊のような男は途端に慌て始めた。自殺のシーンを撮影しようとしていたら、本物の自殺志願者が現れたのである。男は顔を真っ赤にしてエルディを恫喝した。

 「何を考えてるんだ!何があったか知らないが、こんなところで自殺なんてやめなさい!今撮影中なんだ、変なものが映ったら迷惑なんだよ!」

 しかし、エルディには知ったことではない。エルディはこっそりサクッと死ぬつもりなのだ。迷惑になるようなことはしないつもりだ。

 「放っておいてくれませんか?サクッと死ぬので、ご迷惑はかけません」

 「そういう問題じゃない。下にはダイバーを待機させているんだ。彼らの仕事を増やす……ん?待てよ?」

 そういうと、熊のような男は沈黙し、何か思案し始めた。

 「よし、君、名前は?」

 「エルディです」

 「よし、エルディ。この映画に出てみないか?スタントマンとしてだが、君ほど死に抵抗がなければ、良い画が撮れる。ちょっと着替えてみてくれるかい?」

 そういうと、男は半ば強引にエルディに演技指導をし始めた。エルディは女装させられ、カツラをかぶらされ、崖の縁に立たされた。

 「カメラスタンバイいいか?じゃあシーン三九!」

 どうも、エルディは崖から飛び降りる女性の落下シーンのスタントマンにされたようである。死に抵抗がないエルディは、まさに適役というわけだ。

 「はあ……。しょうがないな。でも、僕の死に様が有効活用されるなら、ちょっとは社会貢献できるな。光栄だよ」

 そして、エルディは体を前傾し、重力に任せて身投げした。

 「カーット!!なんか違うんだよなあ。ダイバー、引き揚げて!」

 崖の下で待機していたダイバーが、落ちてきたエルディを救助すると、崖の上まで彼を運んだ。

 「エルディ君、飛び降り姿勢が良くない。こう、体の緊張を抜いて、無重力感を出してほしい。もう一回」

 エルディは唖然とした。いくら死に抵抗がないエルディでも、あの高さを飛び降りるのは結構な勇気がいるし、肉体的にもダメージがあるのである。それを、もう一回だなんて。

 「……やってみます」

 エルディは無重力感を演出して飛び降りてみた。すると、速やかにダイバーに救助され、また崖の上に運ばれる。

 「なんか違うんだよ。今度は背中から落ちてみてくれるか?」

 「……やってみます」

 また死の自由落下。しかし、またもダイバーに崖の上に連れていかれる。

 だんだん監督の機嫌が悪くなってゆき、リクエストも横柄になってゆき、演技指導も厳しくなっていった。

 「違うんだよ!!ただ落ちればいいわけじゃないんだ!!美しく落ちるんだ!それと、落ちているのは女性だ!もっと女性らしく落ちれないのか!」

 「えええ~~~?!またやり直しですか?」


 斯くしてエルディは十八テイクの撮り直しののち、ようやくOKを獲得した。

 「いいね!今のよかったよ!!ありがとう!あとで連絡先教えてもらっていいかな?わずかばかり出演料を振り込むよ。だから、生きなくちゃだめだぞ!」

 余計なおせっかいまでされて、二十回ほど死の瞬間を経験させられたエルディは、もう飛び降り自殺はこりごりだと痛感したという。


 「もう、しばらくは死ななくていい……」


 そしてエルディから映画の話を聞いたデライラは早速身近な人に自慢して回った。

 「あたしの彼氏が映画に出たの!突然の大抜擢だったの!!すごいでしょう?絶対映画見てよね!」

 デライラの周囲の人々は、その自慢話に十回以上付き合わされた。しかし実際の公開シーンはたった一秒の落下シーンのみという結果に終わった。デライラは不満を怒りに変えて、映画会社に抗議の鬼電を仕掛けたそうな。

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