第15話 霊術


場所は変わって、セイランが寝泊まりしているという宿屋。

そのまま家屋の屋上で話し合いを続けるのは目立つ上に集中できない、という事ですっかり意気投合した2人は静かで邪魔が入らない場所として、宿屋を選んだのだ。


『さて、セイラン先生の特別授業の開幕————の前に、この状態を何とかしないと説明しづらいな。』


『うむ、全面的に同意じゃ。』


今もなお、ミトスとセイランは手を繋いだまま意思疎通を行っている。

このまま特別授業を行う事もできない事はないが、常に片手が塞がっているのは少々不便だ。そういう訳で、最初の授業はこの不便な状態を解消する事となった。


『今、こうやって僕たちが会話しているこの術。名前は“霊波通話”という故郷ではありふれた術なんだ。』


『れいは? 聞きなれない言葉じゃのう。』


『えっ? そうなのかい? じゃあ、“龍脈”っていう言葉に聞き覚えはあるかい?』


セイランの質問にミトスは首を左右に振った。

【賢者】として名を馳せていたミトスもセイランの口から出た“龍脈”という単語に聞き覚えはなかった。

セイランの故郷特有の単語かと思ったが、彼の反応を見る限り、そういう訳ではなさそうだ。


『……ちなみに、ミトスちゃんの魔法の源はどうなっているんだ?』


『もちろん、魔力じゃ。』


『その魔力は何処から来るんだい?』


『その辺りの原理までは詳しく分かっておらん。一説には、体内に生成用の器官があると考えられているが……』


『なるほど……そうか。そこから違うのか、それは予想外だ。』


『その口ぶり、お主が使っているのは魔力では無いのか?』


ミトスの質問にセイランは頷いた。

そして、セイラン———というより、アキツシマ国では魔力ではない別系統のエネルギーを用いた術がメジャーとなっている。それと密接な関係を持っているのがセイランの口から出た“龍脈”という存在らしい。


『龍脈というのは、この星の全体を巡る力の事。この龍脈から漏れ出た力はこの星全体を包み込んで、尽きる事はない。そして、その力を利用するのが“霊術”。』


『霊術……それがお主が操る不思議な術の名前か。』


『その通り。今、使ってる“霊波通話”も霊術の一種だよ。』


『ふむ、興味深いのう。—————って、本題からズレておるぞ!!』


『おっと、そうだった。とは言っても、まったく関係の話じゃないんだ。“霊波通話”には、この星に充満している力、“霊素”が関係しているからね。』


『新しい単語が一杯じゃな。その“霊素”とやらは龍脈から漏れ出ている力の事で、霊術の源となるという認識で間違いないか?』


『その通り!! 理解が早くて助かるよ!!』


(王国で使う魔法とは本当に別体系じゃのう。この世に充満する星の力を利用するなど、誰も思いつかんじゃろう。)


そもそも、大陸にはアキツシマ国のような“星そのものを生命体として捉える”という考え方が無い。霊術のように星の力を利用するという発想は思い浮かばないだろう。


『それで、通常の“霊波通話”は各々の思念を霊素を通じて、届ける事で意思疎通を可能にするんだ。ちょっと手を離すよ。』


そう言って、セイランは手を離す。


『自分に波が当たるような感覚はないかい?』


セイランの言葉にミトスは頷く。

彼の言う通り、“霊波通話”の声が頭の中に響き渡る度に波に当たる独特な感覚を覚える。もちろん、その波は実際に見える訳ではない。


『伝えたい思いを波にして、打ち寄せてきた波を押し返す様子を想像するんだ。』


(思いを波にして……押し返すようなイメージ……)


セイランからアドバイスを頭の中で反芻して、イメージを確固たるモノにする。

口で言うのは簡単だが、実際にはそんなに簡単な事ではない。波をイメージする事に集中しすぎたり、伝えたい内容を思い浮かべる事に意識が集中したり、片方に意識が集中してしまうのだ。


2人の間にしばらく、沈黙の時間が流れる。

大通りから聞こえてくる人々の雑踏も耳に入らないくらいに集中力を高めるミトス。そんな彼女を見守るセイラン。そんな光景が続き、状況が変わったのは喉が水分を求める頃だった。


『き、聞こえておるかのう?』


『うん、バッチリ聞こえてるよ。感覚は何となく掴めたかな?』


『難しいのう……かなり意識を集中させんと上手くできん。』


そういうミトスは目を閉じ、狐耳もペタンと倒して、なるべく外界からの情報をシャットアウトしている。

こうでもしないと、セイランに声を届ける事ができないのだ。


『慣れてきたら、自然にできるようになるよ。じゃあ、時間も無駄にできないし、早速霊術について教えていこうか。』


『よろしく頼むのじゃ!!』


『さっきも言った通り、霊術は星に充満している“霊素”を使って、様々な現象を引き起こす。霊術を使うのに必要なモノは二つ。“霊素を操る素養”と“霊素を集束させる触媒”だ。』


【霊術】の出発点はエネルギー源となる“霊素”を操る事から始まる。

今、ミトスとセイランが使っている“霊波通話”程度ならコントロールする必要はないが、大規模な術を行使しようとすると手元に霊素を集める必要がある。


そこで必要になるのが“霊素を集束させるための触媒”なのだ。

触媒を介して自然界に充満する霊素を集束し、それを原料として超常現象を引き起こす。操作、集束、行使の3ステップが【霊術】の基本となるらしい。


『むぅ……難しそうな雰囲気が漂っておるな。』


『ミトスちゃんの場合、霊波通話が使えてるから大丈夫だよ。霊波通話も霊素を操ってるからね。』


『……もしかして、思念を伝える時か?』


『正解。霊波通話の時に感じる波は霊素を操る事で生じたモノなんだ。だから、霊波通話は霊術の基礎中の基礎と言える術なんだよ。』


『なるほど。となると、一先ずはこの霊波通話をマスターする事が先決じゃな。』


そこで、ミトスは不意に気になる事が出来た。

こうやって、【霊術】を指導してくれているセイランだが、彼は初めからミトスが【霊術】を扱う素質がある事を知っているように話を進めた。


その事を本人に問いかけてみると……


『霊波通話が聞こえる人は大なり小なり霊術を扱えるからね。ミトスちゃんは獣人ビーストだし、霊波通話も通じたから霊術の素養はあると分かってたよ。』


ちなみに、獣人ビーストは基本的に霊術の素養を保有しているらしい。

一方で、カティアのように【霊術】が行使される際に出る霊素の波を感じ取れない獣人ビーストも居るので、一概に素養があると言い切れないのだとか。


(カティアも霊素を感じ取れていない様子じゃったな。儂とカティアの違いと言えば、魔力の保有量ぐらいじゃが……)


『次は触媒の説明だね。触媒は霊素を引き寄せるために使ったり、霊術の媒体として使ったりもするんだ。ちょっと目を開けてみて。』


セイランの言われた通り、目を開けるミトス。


彼が取り出したのは、ミトスが持つ「刀」とよく似た形状の短剣。

違いは刀身の浮かぶ独特な波の文様と刀身の長さだろう。セイランの持つ刀の方が刀身が長い。


『これは僕が霊術の触媒として使う武器なんだけど……破ッ!!』


霊素の乱れが波となって、ミトスに押し寄せる。

刹那、セイランの手に持っていた刀の先端に灯るのはランプように小さい炎。

その炎からは魔力は一切感じられず、別のエネルギーを対価にしている事を証明している。


『こういう感じで、霊術を行使するんだ。だから、ミトスちゃんが霊術を使うには触媒が必要なんだけど、こっちの国ではそうそう手に入らないしな。』


【霊術】に必要不可欠なモノをどう工面するか悩むセイラン。

そんな彼の前にミトスは無言で腰に佩いていた刀を見せる。


『これ……刀!? 何で、ミトスちゃんが持っているだい!?』


『妾のモノではない。借り物じゃ。これなら触媒として使えるか?』


『問題ないよ。外見を真似ただけの模造品でもないみたいだし、十分に霊術の触媒として使えるよ。』


これで、ミトスの手元には「霊素を操る素養」と「霊素を集束させる触媒」という【霊術】には必要不可欠な2大要素が揃っている事になる。

早速、【霊術】を使ってみたい衝動に駆られる彼女であったが、残念なことにセイランから待ったが掛かった。


『何故じゃ?』


『先に霊素の操作をしっかりしておかないと。霊術を使った時に、周りに迷惑をかける事になっちゃうからね。』


『むぅ……お主の言う通りじゃ。』


『まずは、その刀に霊素を集める練習から始めようか。それが出来たら、今度は集めた霊素を散らす。これを繰り返して、自由自在に霊素の集束と解放ができるようになったら本格的に霊術の練習に入っていこう。』


『うむ!! 了解じゃ!!』


セイランの方針に生徒が納得した所で、ミトスの霊素コントロール訓練が始まった。

もちろん、すぐに習得できるような技術ではないため、この日は基礎訓練だけで終わる事となった。



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



そして、ミトスが学院へ戻った後。


「イナバ。」


『はいは~い。』


セイランの呼び掛けに応じて、ずっと隠れていたもう一人の住人が姿を現す。


ベッドの影からひょっこりと顔を出したのは真っ白な毛並みを持つ兎。

その体躯は王国で一般的に生息しているウサギよりも一回り程大きく、セイランの呼び掛けに霊波通話で応じている事から、かなり知能が高い事がうかがえる。


「あの子、どうだった?」


『う~ん……要観察対象、かな。とにかく、普通のビーストじゃないのは間違いないよ。』


「ということはミトスちゃんには“神力”の気配があったんだね。」


『そう、私のような“神使”よりも強い神力があの子には宿ってる。多分、神様の血を引いている可能性が高い。』


「それだけを聞くと、僕たちが探し求めてる人物に合致してそうな気がするけど……」


『記憶が全くないのが気になるわね。最悪、人違いという可能性もあるし』


そう、セイランが王国に来た理由は王国式魔法の学習だけではない。


国交を結んだばかりのアキツシマ国から遥々やって来たのは人を探しているからだ。

今から遡る事数年前、まだ王国がアキツシマ国の存在の知らなかった頃にエスペランザ王国へと渡ったと言われている人物だ。


特徴はモデル・フォックスのビーストで髪や毛並みは金毛。

さらには、神の血を引いているため、“神力”と呼ばれる不思議な力を宿しているらしい。生憎と、セイランはその力を感じる事ができないので、相棒となる兎——イナバしか分からないが。


ともかく、ミトスは依頼主から伝えられた特徴に見事合致しているのだ。

しかし、当の本人にアキツシマ国の記憶が無いため、今一つ決め手に欠ける。


そのため、イナバは要観察という判断を下したのだ。


「それにしても、僕たちは幸運だね。この国の魔法技術に関する情報源と探し人第1候補を一度に発見できたんだから。」


『あら、それは当り前よ。何せ、幸運の女神“因幡の白兎”がついているもの。だから、私に感謝して、貢物を供えるのよ。』


「はいはい、分かったよ。」


相棒の我儘に苦笑いを浮かべながら、メルクリウス横丁で購入した人参を与えるのだった。


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