第6話 手掛かり


ドレッドに弄ばれる事、数時間。

陽が暮れ始めた所で竜車はようやくエスペランザ王国の首都東側に聳え立つ神殿へと到着した。後の処理をガデッサとドレッドの2人に任せ、フィディスの私室に逃げ込む事が出来た所で、ミトスは張りつめていた緊張の糸を解いた。


「ひ、酷い目にあったのじゃ……」


フィディスの私室に着くなり、豪華なソファへダイブするミトス。


思う存分にモフモフされた後は数々の動物の世話をしてきたドレッドに手によってブラッシングされて、結局彼から解放されたのはこの神殿に到着してからだ。だが、腕前は本元で毛並みは竜車に乗る前よりも美しくなっている。


生憎とビーストの価値観を持ち合わせていない彼女にとっては意味のない事だが。


「大変だったわね。ドレッドの動物好きは聞いていたけど、此処までとは思わなかったわ。」


「もう、金輪際アヤツとは会いたくないのじゃ……それよりも、フィディス。」


「??」


「よくよく考えれば、魔法で儂を助ける事もできた筈じゃよな?」


当時は絶え間なく襲い掛かってくる未知の感覚——嫌なモノではなく、心地よさを感じるモノ——に悶えていたために考え付かなかったが、フィディスは凄腕の魔法使い。

竜車を扱いながら、暴走するドレッドを鎮圧する事など容易かった筈なのだ。


その事を詰問すると、彼女はまったく悪びれる様子もなく笑顔で言った。


「あっ、今頃気づいたの? 悶えているミトス、可愛かったわよ♪」


「キサマァァァ!!!! 一発殴らせるのじゃ!!!!」


「あはははは♪ 怖いこわ~い♪」


ミトスは激怒した。

この年に似合わず悪戯が大好きな幼馴染の顔を一発殴らないと気が済まない、と。

彼女はあまり怒らない気質であり、以前ならフィディスの悪戯も苦笑いで水に流すのだが、身体が縮んだ影響か我慢の限界を超えたのか何が何でも制裁を加えなければという思いに駆られた。


そして、フィディスの無駄に広い私室で繰り広げられる事となった鬼ごっこ。

ミトスから繰り出されるパンチをひらり、ひらりと避けるフィディス。ビースト由来の子供らしからぬ身体能力が発揮されているにも関わらず、聖女は余裕の笑みを浮かべながらパンチを避ける。


彼女にとってはやんちゃな子供の遊び相手をしているような感覚なのだろう。

その鬼ごっこは数分程続き、ミトスの体力が限界を迎えて事で終了となった。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


「う~ん……随分と体力も落ちてるね。多少は魔法で補えると言っても、基礎的な体力が無いに越した事はないし。」


そう言って、フィディスはメモ用紙に何か認める。

そして、ミトスが呼吸を整えている間に本棚の一角に飾ってあった水晶を手に取りテーブルの上にセッティング。準備が整った所で、ミトスを呼ぼうと思ったが、当の本人はそれどころではなかった。


「ありゃー、これはもう少し休憩して方が良いわね。」


「そうして……くれると、助かる。お、お主は……全然、平気そうじゃな」


「新米騎士の教導係も務めてるからね。子供の相手ぐらいでバテたりしないわ。」


「子供……」


「じゃあ、元気になるまでに私が知る手がかりを教えてあげましょう。」


心のダメージを受けたミトスを放置して、フィディスは語る。


神殿内部———それも、聖女以上の役職の者しか知る事ができない伝説。

王国の民誰もが知っている勇者の物語の続編にして、乗り越える事ができれば、どんな願いも叶えてくれる試練。


「かつて人々と神々が共に暮らした神代の時代。人々の成長を見届けた神々は人の世に干渉しない事を決意した。しかし、数多の神々の中の一柱がこう呟いた。」




——人が己の力でどうする事もできない問題に直面した時、我々はどうするべきだ?——




「その問いかけが発端として、神々は人の世が存続できない程の脅威にぶつかった時の対応方法について何年も協議した。」



ある神様は神代の時代のように人に手を貸すべきだと主張した。

ある神様は手を貸すべきでない、人の世が滅びたなら仕方のない事だと主張した。

大きく分けると、「保護派」と「監視派」の二つに分かれた神々は己の信念に従って、主張をぶつけた。


そして、会議は踊り、決着はつかなかった。

どちらも己の信念を曲げる事ができず、危うく神同士の戦争にまで発展しそうな勢いだった。


「そんな時、一柱の神がこんな提案を出してきた。」



——それなら、神の助力を求める人の覚悟を問う場を作れば良い。——



「人は大切なモノのためなら、どんな困難をも乗り越えられる。神々はそんな人を何人も見てきた。神々が課す試練を乗り越えた者なら、神々が手を貸すのに値するのではないか。その神は他の神々にそう呼びかけた。」


その神が出した折衷案に双方の派閥の神々が納得した。

それまで踊っていた会議が噓のように話は進み、数多の神々が話し合いに話し合いを重ねた結果、地上には神々へ助力を願うための試練の場が作られた。

神々の用意した試練を突破する事が出来た者は神の力の下にあらゆる願いを叶えてもらう事ができる。そんな場所を神々はこう名付けた。



「名前を“神魔の祈願所バベルズ・タワー”。神の力の下にあらゆる願いを叶える事ができる場所。そこで課される試練を突破できれば、契約神に掛けられた呪いも解ける筈よ。」


「嘘くさい話じゃな……その手の伝承は掃いて捨てる程あるじゃろ。」


「ところが、神殿に伝わる伝説は他の紛い物とは違うわ。何せ、本当に“神魔の祈願所”にたどり着き、神々の力を借りた人が居るんだもの。」


「なんじゃと!?」


「“闇の勢力”が活発化し、人の世に危険が迫った時に生まれてくる特異な力を持った救世主、勇者。このシステムは初代勇者が神の力を借りて作ったと言われているわ。」


【闇の勢力】が台頭し、人の世が危うくなったのは今回が初めてではない。

過去にも【闇の勢力】によって、人の世が存続の危機に晒された事がある。

それでも人の世が存続しているのは、その度に【勇者】という救世主が人の世に降り掛かる脅威を打ち払ったからだ。


だが、【勇者】がこの世に生まれ落ちるメカニズムを解明した者は居ない。

分かっているのは、【闇の勢力】が台頭して、人の世が脅かされた時にのみ誕生する事だけ。故に、世間一般では【勇者】は神の使いではないかと考えられている。


「むむむ……確かに、誰にも解明できないメカニズムに神の力が絡んでいるとすれば、辻褄はあう。にわかには信じがたい話じゃが……」


「ふふふ♪ この伝承が真実であると証明するモノはまだあるのよ?」


そう言って、フィディスはテーブルの上に地図を広げる。

ミトス達が居るエスペランザ王国周辺の地形情報を詳細に記した世界に数枚とない代物だ。フィディスが指さしたのは、王国の北部に広がっている原生林地帯——【オルウェー原生林】と呼ばれている魔境である。


「一度、神殿でも“|神魔の祈祷所【バベルズ・タワー】”が真実か確かめようとした者たちが居た。伝承通りに原生林の中に入った調査隊はその中であるモノを目撃した。」


「あるモノ、じゃと?」


「神代の文字、“失われた秘文ミスティック・ランゲージ”が刻まれた塔。しかも、伝承に記された通りの外見で、本当に試練を受ける事ができたわ。」


「まさか、本当にそんな場所が……」


「ええ。調査隊は試験を乗り越える事はできなかったけど、此処まで伝承に記された通りなら試練を乗り越えれば————」


「願いを叶えてもらえる。この呪いを解く事ができるのじゃな!!」


「その通りよ!! ただ……一つ懸念事項があるの。試しに、こっちの水晶に魔力を流してみてくれる?」


すっかり呼吸も整ったミトスはフィディスに言われた通り、水晶に触れて魔力を流す。

すると、半透明な水晶の内側で3色の光が順番に瞬く。赤、黄、白、赤という順番を繰り返す光だが、全体的にどこか頼りない印象を受ける。


放たれる光の意味を捉える事が出来ず、首をかしげているミトスに対して、フィディスは食い入るように見つめて険しい表情を浮かべている。


「予想はしてたけど、あんまり良くない結果ね。」


「フィディス、この水晶は一体なんなのじゃ?」


「これは個人の魔法適正や魔力量を測定するのに使う道具よ。光の色は適合する属性を、光の強さは魔力の多さを表しているわ。」


「ふむ、儂の適正はどうなっておるのじゃ?」


「赤は炎、黄色は雷、白は浄化の魔法への適正を表しているわ。そして、魔力の多さは……残念だけど、頑張って中位の魔法が使えるくらい。それも、魔力の消費が大きい中位魔法は使えないわ。」


「そうか……」


フィディスから告げられた事実に彼女の表情が陰る。

勇者ラグナに指摘された時からある程度覚悟はしていたが、改めて告げられると大きな精神的なダメージだ。特に、ミトスは今まで魔法を専門的に扱ってきたのだから、今までの努力を否定された気分だ。


「それで、ミトスが大きく弱体化しているのが一番の問題なのよ。“神魔の祈祷所”がある原生林は強力な魔物がウヨウヨ居る。今の貴女だと、絶対に勝てない。」


「魔物に遭遇せずに“祈祷所”を目指すのは不可能なのか?」


「無理よ。祈祷所があるのは原生林の奥だもの。そこまで1回も魔物に会わずにたどり着くなんて、よほどの強運よ。」


「ダメ元で聞くが、魔除けの道具は?」


「効く訳ないでしょ。あの原生林の魔物は魔除けの香りに寄って来るわよ。もちろん、魔法による幻術とか結界も無駄。」


「用意周到じゃなぁ……」


多くの人が考えそうな攻略方法を徹底的に対策されている現実にミトスは項垂れる。

最大の武器である魔法知識もそのエネルギー源となる魔力が無ければ、宝の持ち腐れ。

ラグナのように剣の技術がある訳でもない彼女にとって、原生林の魔物など太刀打ちできない怪物だ。


そして、原生林を踏破できない限り、元の姿に戻るための試練を受ける事ができない。

このままだとミトスは一生を女の子として過ごす羽目になってしまう。


「何か、方法は無いモノかのう……」


「魔法の研究は貴女の専門分野でしょ。」


「生憎と儂は魔力面は恵まれておったからな。少ない魔力を補う方法は専門外じゃ。」


「……これは一生元に戻るのは無理そうね。」


「幼馴染に対して、酷くないかのう!?」


「事実でしょ。無力な幼女をパーティーに加えて、原生林に挑んでくれる酔狂な人たちなんて居ないだろうし。」


「正論なのが辛いのう。何か、戦う術を見つけん事にはどうにもできんか……」


「そうね。でも、貴女以上に魔法に詳しい人なんて、今の王国には————あっ。」


自身の交友関係を思い返している間に、フィディスに一つ心当たりが浮かんだ。


「一つだけ思い当たるモノがあるわ。」


「本当か!?」


「ええ。でも、ちょっと準備が必要だから、また明日にして貰っても良いかしら?」


「うむ!! 大丈夫じゃ!!」


「ありがとう。客室を用意させるから、今日は神殿で休みなさい。」


そう言って、フィディスは黄金色のベルを鳴らす。

チリンチリンと透き通る音が神殿の中に響き渡ると、そう時間も掛からない内にクラッシックな侍女服を身にまとった少女が聖女の私室へと入ってくる。


「彼女を客室に案内してあげて。明日の朝、私の部屋まで連れてくるように。」


「かしこまりました。お客様、ご案内いたします。」


「うむ、頼んだぞ。それじゃあ、フィディス。また明日。」


「ええ。ちゃんと・・・・準備しておくわ。」


フィディスはニコニコと笑みを浮かべながらミトスを見送った。

そして、部屋に一人残された彼女は執務机に向き合うと羽ペン片手に書類を引っ張り出して、何やら記入していく。


「こういう時、聖女の立場って便利よね。人一人の戸籍を用意するくらい容易いんだから♪」


そう言って、フィディスは作業に没頭する。

残業だと言うのに、彼女の表情は輝いていた。



そう、悪戯を企んでいる子供のように輝いていた。



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