第三十三話 宣戦布告



左右田麗奈からメールが来た。

「こんな感じでどうでしょうか?

添付ファイルに軽く目を通してみる。うん、基本はこれでいい。あとでゆっくり読もう。


放課後、生徒会室に行く。たまたま会長の山口が一人でいたので、ワカメちゃんから何か連絡がないか聞いてみる。

どうやら明日の放課後、話があるので来てほしい、との連絡が入っているようだ。


俺は彼に、「悪いことは言わないから、書記の若原と一緒にカップルで行け。ワカメちゃんと二人きりになるな。」とアドバイスする。


山口は意味がわからないようだったが、了承した。「三重野くんのことだから、何か考えがあるんだろうな。僕としては従っておくよ。」と言われた。妙に信頼されているのは、この前のサッカー部のせいか。それとも部屋割りのせいだろうか。


俺は生徒会の手伝いをしながら、左右田兄にメッセージを送る。明日以降のワカメちゃんのめぼしい行動について、携帯でビデオを撮っておくようにお願いした。


彼からは「Yes, Sir!」という敬礼をしたスタンプが返ってきた。うーん。素直だ。パシリの素質があるのかもしれない。だとすると五人パシリは適材適所だったのか?などとくだらないことを考える。


生徒会が終わったあと、香苗に捕まった。 意志の弱い俺は、香苗の誘惑に抗えず、例によって生徒会室で濃厚なキスをすることになってしまった。


体を離したあと、香苗は言う。「珠江には内緒よ。」と。


女性はみんな同じようなことを考えるんだろうか?友達なのに、友達を出し抜いている。

まあ、これで回数が一緒になっただけだから、まだいい。このあと香苗が先行すると、珠江が追いつくのは大変になる。できるだけ自重しよう(できるのか?)。


生徒会室を出て、鍵を締める。香苗はもう普通の顔をしている。本当に女って怖いな、と俺は思う。絶対に男はかないっこない。


まあ、かなわないのは俺だけなのかもしれないが。



靴を履きかえて出ようとすろと、手紙が入っていた。一年生の女の子のようだ。あしたの放課後に会ってほしい、とのことだ。メッセンジャーのIDが入っていたので、返事をする。あさっての放課後4時に屋上で待ち合わせることにした。

中途半端な時間だと思う人もいるだろう。だが、これならその前の3時半にもう一件のアポイントがとれる。

何となく、一年生の女の子に会うなら明後日の遅いほうがいい、と思えたのだ。



帰って、左右田麗奈のファイルを読む、さすが文芸部だ。俺の思うとおりに書けている。細かいところを少しだけ直して、ファイナル版にした。これは今後重要になるので、バックアップを取り、自宅のパソコンとプリンターで印刷もしておく。無くなったりしたら大変なことになるからだ。


ただし、まだピースが足らない。ここから先は待ちになる。まあ、そうは言っても二週間以内にはいろいろ動くだろうと思っている。



翌朝、妹と登校していると、学園のアイドル美少女の希望がやってきた。また髪型が変わったような気がする。こいつはもしかして美容室「シブリング」のオネエ美容師、カオルさんに貢いでいるのだろうか?などと思ったりする。


そのまま希望、妹と三人で一緒に歩く。

「希望さん、いつも綺麗ですね。憧れちゃいます。」と妹が言う。これはお世辞ではなくて本音だろう。


「ありがとう。笑美ちゃんもとっても元気で可愛いわよ。」これも多分本音だ。なんといってもうちの妹は日本一だからな。


交代で弁当を作ったりしているうちに、いつの間にか妹と美女三人はみんな知り合いになり、仲良くなっている。陸上部インターハイ出場のスポーツ少女の珠江とは、運動部つながり(妹はバドミントン部)で知りあいだったし、希望と香苗はどちらも有名人だから、妹が知っていても不思議はない。ただ、お互いに話す機会がなかっただけだ。


学校に到着して妹と別れ、俺と希望で昇降口に行く。

靴をはきかえようとすると、何か封筒が入っていた。まただな。


希望が目ざとくそれを見つける。

「ハルくん、モテモテね。」


「俺がモテてるのか、イルカがモテてるのかどうなんだろうな。」俺は苦笑する。


手紙を見ると、無記名だった。

可愛らしい封筒と便箋に、「明日の放課後、3時半に校舎裏に来てください。お待ちしています。」とだけ書かれている。


俺は、希望に封筒を見せた。別に、希望に隠す理由は何もない。

「予想どおり、呼び出しだ。明日の放課後だってさ。」


「やっぱりね。これで何人目?」

希望が俺の目をのぞき込みながら聞いてくる。


「うーん。覚えてないないなあ。」俺は適当にごまかそうとする。


「でも、もう二桁まで行ったでしょう?」希望が言ってくる。

実はその通りだ。


だが、それを認めてもたぶんいいことは無い。

「いや、さすがにそれはどうかな…」


希望は、俺の頭をこつんと叩いて言った。

「この罪作りの嘘つき男め!」でも、顔は笑っている。


「ノーカンだし、勘弁してくれよ。希望ちゃんにはいつも感謝しているから。」

俺はおどけて言う。


学校一の美女と、こんなやりとりができるようになっただけでも凄いことなんだよなあ。俺はふとそう思う。


教室に二人で行く。鞄を置くと、すぐに前の席の白石真弓がちょっかいをかけてくる。これも日常だ。

こういう、ありふれた日常を大事にしたいなあ、などと俺は年寄りじみた感慨を抱いた。


山口生徒会長が俺の席にやってきた。生徒会の作業で何かあるのかな?

このさわやか眼鏡イケメンは、一部の腐った人たちからは「鬼畜眼鏡」という疑惑を持たれているらしいが、なんのことかよくわからない。


「今日は若原さんが風邪で休みなんだ。ワカメさんから呼ばれているんだけど、どうしようか?」意外にシリアスな内容だった。


「俺が付き添いするよ。」俺は言った。

さすがにこれはワカメちゃんへの宣戦布告になりそうだが、まあいい。


「いったい、何がどうなっているんだい?」山口会長は面白そうに聞いてきた。


「悪いことは言わない。これは知らないほうがいい。というか、この学園祭前の忙しいときに、山口会長の貴重な時間はあまり浪費したくないんだ。」


俺は言う。これも本音だ。


「学園祭が終わってから、全貌を話すよ。その時を楽しみに、ワカメちゃんとは今日以降は係わらずに学園祭の成功に全力投球してくれ。」」


山口はうなずいた。

「三重野くんは、いつの間にか学園の黒幕、フィクサーになってるみたいだね。まずは従っておくよ。」


あまりの言い方だな。

「いや、俺は本来ただのぼっちだ。行きがかり上係わっているだけだから、買いかぶらないでくれ。ただ、落とし前はきっちり付けてから退場する。それは約束しよう。」


なんだか、いつの間にか俺は任侠道に生きるような感じになっている。

どうしてこうなった。




その日の放課後すぐ、俺は山口とともに待ち合わせ場所である視聴覚室に急いだ。

山口が、入口から正面の奥にいて、俺はドアの真横に立った。

ドアを開けた瞬間は、俺の姿は見えない。



ほどなく、視聴覚室のドアが開き、ワカメちゃんが入ってきた。

相変わらず細くて美しいスタイルだ。俺からは後ろ姿なので、目つきのきつさが同じようかはわからない。


「山口くん、来てくれて嬉しいわ。」ワカメちゃんはそういって山口に近づき、手をとろうとする。


俺はそこで斜め後ろから声を掛けた。

「大岩先輩、こんにちは。。」

ワカメちゃんはびくっとし、声のするほうを振り向いた。


その途端、ワカメちゃんの顔が夜叉のようになる。

「何であなたがここにいるのよ。」


俺は涼しい顔で答える。

「いや、ただの付き添いです。もし大した用事じゃないなら、俺が山口会長の代わりに聞いておく、という段取りになっています。何といっても、学園祭まで、会長職は忙しいですから。」


まあ、これは事実だし、先日もワカメちゃんに伝えている


「昨年会長をやられていた大岩先輩も、忙しさはよくご存じでしょう。とくに山口会長には、五人パシリのような助けが少ないですからね。そのため、不肖この僕がお手伝いしているような次第です。」


俺は一礼した。


ワカメちゃんの顔が憤怒に染まっている。顔が赤くなり、目が吊り上がる。湯気でも出てきそうだ。


それを見た山口が少しびびっているのがわかる。まあ、普段の温厚なワカメちゃんからは想像もできないような顔だしな。


「で、大岩先輩、ご用件はなんでしょうか?私がうけたまりますよ。」

俺はワカメちゃんの変容に気づかないようなふりをして、慇懃に質問する。


「あなたには関係ないわ。個人的な用事だから。」何とかワカメちゃんが答える。


「なら、すみませんが学園祭が終わってからにしてもらえませんか。会長は今非常に多忙なんです。ご存じのとおりね。」


俺はまた慇懃に答えた。無礼ではないつもりだ。まあ、中身は無茶苦茶無礼なことをしているわけだが、向こうもひどいことを仕掛けようとしているんだから、お互い様だ。


「…わかったわ。今日のところは引き揚げましょう。山口会長、またいつかね。」いつのまにか呼び方が山口会長になっている。


山口は声に出さずに礼をした。たぶん、怖くて声を出せなかったんだろうな。


「先輩、ほどほどにお願いします。」

と、俺はちょっと煽る。


ワカメちゃんの後ろ姿は、特に変化を見せなかった。まあ、すでに超怒っているので、これ以上変わらないのかもしれない。


ワカメちゃんが出ていった視聴覚室で、俺と山口は大きくため息をついた。


「いや~驚いた。あの人、あんな顔するんだねえ。」山口が言う。


「いや、あれが本性だ。普段は猫をかぶっているだけだ。気をつけろ、と言った意味が少しわかっただろう?」 俺は答える。


「ああ。彼女があんな顔をするくらい、君と敵対していることがよくわかった。」

山口は笑った。


「僕は君の側につくよ。彼女とどんな戦争をしているのかは知らないけど、君のほうが信頼できそうだ。」



「そいつはどうも。」俺は答えっる。


「別に戦争しているつもりはないんだが、彼女は今日の俺の存在を宣戦布告ととったかもしれない。まあ、彼女が卒業するまでの辛抱だ。卒業までの半年で答えを出せばいい。」


「なんか、どこかで聞いたことがあるような気がするな?」山口が言う。


「気のせいだろ。そんなことより、生徒会室に行こう。あと、若原さんが風邪ってことは、山口会長も濃厚接触の結果として風邪が感染している可能性もある。大丈夫か?」


俺は山口に言う。

そうだったら大変だ。


「濃厚接触って…」山口はなぜか顔を赤くする。


俺は彼に教えることにした。

「近くにいて、感染症がうつるかもしれないようなことを濃厚接触って言うんだ。こんな単語は、普通の人間は平時に聞くことはたぶんない。パンデミックの世界では、毎日使われる単語だとは思うがな。」


「ほお、そうなんだ。三重野くんは本当にものごとをよく知っているね。」会長がまた感心した。


「まあ、こんな単語が日常的に使われるような世界には居たくないけどな。」俺は笑いながら山口に言う。


「違いない。そんな日常はごめんこうむりたいものだね。山口会長も笑った。


そういえば、さっきのワカメちゃんの顔、写真かビデオに撮っておきたかったなあ。



SIDE 大岩若芽


放課後の教室で、若芽はイライラしていた。今日から山口会長を口説いて遊ぼうと思ったのに、いきなり三重野が邪魔したからだ。


この調子だと、おそらく私の思惑も山口に説明されているだろう。本当に邪魔してくれる。


三重野のことを調べてみると、もともとぼっちだったらしいが、最近なぜか人気が出てきたようだ。


掲示板の情報だけでなく、いろいろなところから話を集めてみても、彼の存在を最近まで知らなかった連中が多い。


不思議だ。むしろ、ぼっちで存在感の無かった彼が変わった理由を知りたいくらいだ。


だそれはそれ。

彼を排除するにはどうしたらいいか、まず考えないといけない。

べつに退学とかまでしなくても、おとなしくして、私の行動を邪魔だてしなければいいのだ。


それを考えると…やはり、彼が女の子たちにキスしている、ということを使うのが一番だろう。。


彼がキスしている写真でも撮って貼りだし、風紀の乱れを正す、というのが王道っぽい。

元生徒会長として、風紀の乱れをただすのは当たり前とも言える。まあ、自分が直接手を下すのも目立ちすぎる。


ここは、風紀委員に登場願おう。

風紀委員長は二年生の女子で、五人パシリの一人の妹でもある。つまり、自分の言うことは聞くだろう。特に今回は、職務に忠実にあればいいだけなのだから。


若芽は、風紀委員長の飯野加奈に連絡を取った。

飯野加奈はすぐに来る、というが若芽は自分から行く、といった。三年生の教室には、受験に備えて自習している生徒もいるので、そういう連中が少ないであろう二年生の教室に向かったのだ。


二年C組の教室で待っていた飯野加奈は、三つ編みで眼鏡を掛けて、いかにも真面目な雰囲気の女子高生だ。ちょっと野暮ったいともいえるが、だからこそ風紀委員に向いているといえる。ちなみに、髪の色は黒だ。特に染めているわけではない。パーマもかけていない。ちなみに、パンツの色は白らしい。


「わざわざお越しくださり、ありがとうございます。飯野加奈は丁寧に頭を下げた。先輩に対する態度、というよりは主人に対するメイドのような感覚だろう。


「頼みがあるの。」若芽は飯野加奈に言う。


「はい、なんなりとお申し付けください。」飯野加奈は答える。本当に主人とメイドだ。


「二年生の三重野晴を知っているかしら?B組で、もともとは目立たなかったけど、最近いろいろ噂になっている男子よ。」


若芽は尋ねた。

飯野加奈はうなずいた。


「はい、最近知りました。彼に触って願いを言うとか。イルカの加護でかなえてくれるらしいですね。」飯野加奈が答える。


「知っていれば話が早いわ。彼が、校内で女子生徒とキスしている場面を押さえなさい。その際、ちゃんと写真も撮るようにね。」


若芽は指示する。

飯野加奈は問いかける。

「でも、どうやって?」


「女の子を使って、彼を呼び出すのよ。彼の靴箱に手紙を入れるの。その際、メルアドかメッセンジャーのIDを書いておいて、会う日時と場所を指定する。あとは彼がのこのこ現れて喜んでキスをしたときに、証拠写真を撮ればいい。女の子には、『彼から無理やりキスされた』と言わせればいいわね。」


「妙に具体的にお詳しいですね。」


「そういう嫌な突っ込みはやめなさい。女の子は、どうせなら彼を知らない1年生がいいわね。誰かいるかしら?」


「それでしたら、1年A組の雪度マリがいいと思います。彼女なら、若芽さんから言われれば言うことを聞くでしょう。」


「ああ、雪度の妹ね。なら大丈夫だわ。雪度に言って、呼びだしましょう。もう帰ったかしら?」


雪度マリは五人パシリのメンバー、雪度圭太の妹だ。

若芽は雪度に電話をかける。

「ああ、雪度。あなたの妹を、二年C組の教室によこして頂戴。帰っていたって呼び戻せばいいでしょ。急いで。」


「これであのいまいましい三重野晴を黙らせることができるわ。」



大岩若芽は上機嫌になった。


廊下に、誰かが立っているのには気づいていなかった。

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