UFOキャッチャーの日


 ~ 六月二十四日(木)

   UFOキャッチャーの日 ~

 ※合縁奇縁あいえんきえん

  人と人とが寄り添うようになる

  原因はすべて因縁により決定

  付けられている




 さて、羽鳥君へのお詫びも済んだことだし。

 本格的に、謎に取り組まないと。



 どうして五組は、三章の途中なのにテストをすることになったのか。



 とは言え、実のところ。

 見当はもうついていたりする。


 うちのクラスが、同じ授業を二回繰り返したことでほぼ間違いない。


 この一言で。

 問題はすべて解決だ。


「先生の教科書、ちょっと見せてください」

「ダメに決まっているだろう。ここには各クラスの進行状況が記載されているからな」


 それがどうした。

 いいから見せろ。


 そんな言葉で、一時間の強制筋トレを手に入れるなんて愚かなことはしねえ。


 なんせ、こっちには偉大な発明家がついている。


「よし、博士。なんとかこの石頭から教科書を取り上げる発明をしろ」

「なるほど……。ちょっと乱暴になるけど、いい?」

「構わん」

「構うぞバカもん。悪だくみならせめて職員室を出たところでやれ」


 周りの先生方に苦笑いされる中。

 発明品の材料を拾いに行ったのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの博士。


 いつも、度肝を抜く発明品を。

 あっという間に作り上げてしまうマッドサイエンティスト。


「…………教科書など見てどうするつもりだ?」

「先生、授業が終わる度にクラスと日付を教科書に書くだろ」

「うむ」

「五組の小テスト、成績が悪かったのは、三章が終わってなかったからなんじゃねえかと思ってな」

「そんな間違いをするはず無かろう」

「いや、状況証拠ならある。二組が同じ範囲を二回授業受けてるんだ」

「なんだと?」


 俺の指摘に。

 先生は教科書を開いて。

 確認し始める。


「…………いや、間違いはなさそうだが」

「そう、普通に見たらな。先生、教科書を忘れた生徒に教科書貸すことあるだろ」

「うむ」

「もしも誰かが教科書開いてる状態で先生が日付を書き込むとしたうおわっ!?」


 なんだなんだ!?

 急にベルト引っ張られて宙吊りにされたけど!


 しゃべってる途中だったから舌噛んだじゃねえか。

 一体、何が起きて…………?


「うはははははははははははは!!!」



 体勢が体勢だ。

 すぐには理解できなかったんだが。


 俺、天井から下がるUFOキャッチャーのアームに。

 ベルト引っ掛けられて宙吊りにされてる。


「これ、プロの取り方! 素人にはこんな高等テク使えねえよ!」

「べ、別に、立哉君を取りたいんじゃなくて…………」


 揺れるアームから見下ろした視界の端。

 テレビのリモコンを片手にこっちに向けた秋乃がボタンを押すと。


「こわこわこわこわ!?」


 アームがゆっくり下がって。

 その先には、先生の教科書が…………。


「待て。取らせんぞ?」

「教科書持って逃げるな!」


 ぶら下がったままの俺が伸ばした手は。

 ムッとする先生の目の前で空を切る。


「UFOキャッチャーキャッチャー作戦、失敗……」

「いや、博士。そのままアーム閉じてみろ」

「こう?」

「うおっ!?」


 先生の逃げた先は。

 もう片方のアームの目の前。


 閉じたアームに背中を押されて。

 見事、教科書共々俺の目の前に…………。


「こら! 加齢臭くせえ顔そんなに寄せるな!」

「貴様が離れろ! それと、加齢臭臭いとは何て言い草だ!」


 身動きが取れない二人の顔が急接近。

 でも、一般的なラブコメと違って。


 急に顔を寄せられてドキッとか。

 とてもじゃねえけど感じねえ。


「くそう! 逃げようにも逃げられん!」

「こっちのセリフだバカもん! お前、後で覚えておけ……、うおっ!」

「なにすんだ秋乃!」

「えっと……。何となく……」


 博士の興味のせいで。

 再び持ち上がるアーム。


 俺も先生も、宙吊りの怖さのあまりにお互いにしがみつく。


「あ、あんたなんかに好きでしがみついてるわけじゃないんだからね!?」

「こっちだってそうだ! こら、舞浜! ふざけてないですぐに下ろせ!」


 ウインチから伸びるロープが引っ掛けられた電灯がミシミシいってやがる。

 このまま落ちたらあぶねえんじゃねえのか!?


 そんな恐怖に震える俺たちをよそに。

 秋乃は、先生が床に落とした教科書を拾い上げて。


「犯人は……、この中にいる!」

「うはははははははははははは!!! てめえだてめえ!」

「そういうことじゃなくて……、ね?」

「…………なるほど。犯人は、俺だったという訳か」

「す、推理のターン飛ばして自供された!?」


 がっくりうな垂れた名探偵の手に握られた教科書。

 開かれたページは、三章に入ったばかりのところ。


 そこに、電卓みてえな表記で書かれていたのは。

 『215』。


 ……でも。

 教科書を逆から見ている俺たちには。

 『512』としか読めない。


「これ、五組が十二日にここまで授業したって意味だろ? ひっくり返しに書くからこうなる」

「二組が十五日と勘違いしたんだな。なるほど、五組と入れ替わっていたのか」


 仰る通り。

 秋乃は、目星をつけていたんだろう。

 四章の初めの辺りを開くと。


 そこには『512』とはっきり書かれていた。


「こ、これにて、一件落着……、ね?」

「バカもん! こんな下らん方法取る必要無かったろうが!」

「暴れるな先生! このままじゃ電灯が……!」



 べきっ



 そして一瞬の間に完成した。

 ブレーメンの音楽隊。


 秋乃の上に俺。

 俺の上に先生。

 先生の上にアーム。

 アームの上から電灯が落ちてコケコッコ。


 もみくちゃになった俺の頬に。

 なにかが触れた気がしないでもないんだが。



 ……脱出した瞬間。

 目に入った秋乃が。


 口を両手で押さえて。

 目を丸くさせていたから。


 俺は、この記憶を。

 永遠に封印することにした。



 だって。

 お前が見てる先。


 俺のほっぺたじゃなくて。



 口をこれでもかと袖で拭ってる先生だったから。


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