ボウリングの日


 ~ 六月二十二日(火)

   ボウリングの日 ~

 ※風雲月露ふううんげつろ

  自然の風物のこと。

  または、それを詠んだ詩文が

  人の生活の役に立たない事。




 普段と違うメンバーでの。

 普段と違った寄り道。


 普段は耳にすることのない。

 豪快な音が響き渡る施設の中。


 でも、笑い声だけはいつも通り。

 今日も騒がしく俺の周りで花咲いていた。


「わっははは! またガーターかい!」

「ご、ごめんなさい……」

「あっは! 思ったより難しいね!」

「そう言いながらきっちりスペア取ってるじゃねえか」


 学校から、電車で一つお隣。

 商店がぽつぽつとしか並んでいない寂しい駅前に。


 ででんとそびえたつこの施設は。


 ボウリング場だ。


「あっは! 羽鳥君、上手い上手い!」

「西野のおだて方が上手いせいだ。普段はこんなに上手くねえよ」


 昨日の『二人の保坂と二人の羽鳥』事件。

 そんなものに巻き込んでしまったお詫びのつもりでご招待した羽鳥君。


 ペアを組んだ王子くんがはしゃいでいるせいだろうか。

 随分楽しんでくれているようだ。


「いやいや。補講もさぼらせてもらって、中止になりかけた部活も予定通り楽しんで。そのうえ今日はボーリングに招待してもらうなんて、なんかわりいな」

「まあ、今後叱られるとか迷惑が掛かる分の前払いだとでも思ってくれよ」

「気にしねえでいいのに、こっちはこっちで面白かったし。そっちは大変だったらしいな?」

「ああ。日が暮れるまでマラソン大会だ」


 さすがに昨日は先生をおちょくりすぎた。

 まさか、三駅分走って逃げることになるなんて。


 一晩寝て、すっきり回復したとは言え。

 失った時間が実にもったいない。


 時は金なり。

 時間は大切よ。


 ……そう。

 大切なんだよ。


「なあ、まだか?」

「もう少し……、ワックスによるヤング率は応力割るひずみだから……」


 一投ごと。

 ノート三枚分もの計算式を書いては。


「よし……! 完璧!」

「はいはい」

「中指と薬指を使うからいけないわけで、人差し指と中指でボールを持って……」

「はいはい」

「右足をセンターグリッド。二歩目も丁度グリッドを踏みつつ体を右に八度傾け」

「はいはい」

「捻じり込むように………、とう!」

「はいはい」

「…………ふにゃあ」

「はいはい」


 何度投げてもガーターという理屈倒れ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を、肩と一緒にがっくり落とし。

 席に戻るなり計算のやり直し。


 そんな様子を苦笑いで見つめるのは。


 王子くん羽鳥君チーム。

 乙女くんトラ男チーム。

 委員長とメイジチーム。

 そして、俺たち。


 二組ずつ、四チームに分かれての勝負なんだが。

 俺たちのチームは放っておいてくれ。


 なんせ、みんなは二ゲーム目に入ってるのに。

 やっとこっちは四フレーム目。


 いい笑いものになってる俺たちと。

 和気あいあいの王子くんチームのせいで。


 楽しい雰囲気ではあるんだが。


 でも。

 なーんとなく。


 真ん中の二チームが。

 ぎくしゃくしてる気がしないでもない。


「そうだ、伊藤。テスト明けに佐倉がライブするんだが、また曲のアレンジ頼む」

「またですか!?」

「なんだよてめえ、嫌なのかよ!」

「い、いえ……。やりますけど……」


 トラ男は、告白までした佐倉さんのために曲を書き続けているんだが。

 アレンジは乙女くんがやってたんだな。


 それにしても、肉食獣を擬人化したようなトラ男に凄まれて。

 逆らえない乙女くんが、不憫に見えなくもない。


 そんな時。

 どういう訳か、このメンバーで遊びに出ることに難色を示していた二人が。


 それぞれのカラーで、乙女くんの肩を持った。


「……そんな言い方、ないんじゃない?」

「そうよ! 断ってもいいのよ、伊藤!」

「なんだてめえら! お前らには関係ねえだろ!」

「だ、大丈夫ですよ皆さん。僕は別に嫌だという訳ではないので……」


 何とかなだめようとする乙女くんを見て。

 女子二人が、肩をすくめて席へ戻る。


 俺は、なんとなく察したことを。

 小声で聞いてみることにした。


「……栃尾君と一緒なのが嫌だったのか?」

「さあ、ね。……ただ、しまっちゅは嫌なんじゃないのかな」

「芽衣の方がイヤなんじゃない? あとしまっちゅいうな!」

「そりゃ、悪いことしたな」

「あ、いや。……保坂君が謝ることじゃないわ」

「ごめんごめん。気にしないで?」


 余計なことを聞いて。

 気を使わせちまったかもしれない。


 俺は、上手いフォローが出来ないもんかと言葉を選んでいたんだが……。


「よし計算完了! 今度こそ完璧!」

「……うん。行ってらっしゃいませ」


 どっちの計算なのやら。

 悪くなりかけた空気を一瞬で払った秋乃が。


 みんながケタケタと笑うのを気にもせず。

 思いっきり振りかぶってからの。


 秒でガーター。


「……ぴえん」

「安心しろ。お茶の間はドッカンドッカン沸いてるから」

「球技は、わが生涯のライバル」

「それはいいんだが、何回言ったら分かるんだ。お前のは赤いボール」

「そっか、黒は立哉君だった……。道理で計算が狂ってるわけだ……」


 何回投げても、レーンの半分も進まずに側溝に落ちるこいつの玉。


 二投目なんか、途中で止まって全員を捧腹絶倒させたほどなんだが。


 そんな秋乃の爆笑パフォーマンスのおかげで明るくなったというのに。

 小さな事件のせいで、再び暗雲が立ち込める。


「ちょっと。私のジュースに触らないでもらえる?」

「そこまで嫌がるか!? それに、こっちは俺のだ!」


 ドリンクホルダーに並んだ同じ銘柄の缶ジュースが運んだ暗めのBGM。


 どちらがどちらのジュースか。

 証明できる手立てなんかない。


 ……なんて。

 名・探偵助手の俺の口からは。


 出て来やしねえわけなんだが。


「栃尾君、ここにきてすぐに買ってたよな、ジュース」

「おお。まだ半分……、これくらいは残ってたはずだ」

「五十嵐さんは、さっき買ったばかりだよね」

「ええ。……でも、量で判断することはできないかな。一息に、結構飲んだ」


 ああ。

 量は問題じゃねえんだ。


 見た目ですぐに判断付く。


「じゃあ、栃尾君が持ってるのは本人のだよ。残ってる缶には水滴がついてるからな」


 空気中の水分が冷えて、缶に付着するってことは。

 まだ、中身が冷たい証拠。


 俺の推理に、みんなは拍手で盛り上がると。

 そのまま悪ふざけにシフトする。


 どうしてうちのクラスはこんなのしかいねえんだ?


「秋乃ちゃんのと保坂のも同じ銘柄よね」

「おお。秋乃がここについてすぐに買ってたな、紅茶」

「保坂君。わざと推理を間違えたふりして、舞浜さんのを飲む算段?」

「しねえよなに言ってんの!?」


 いや、みんなしてニヤニヤすんな。

 子供じゃねえんだからドキドキしねえよ間接チューくらいで。


 ……そう、自分に言い聞かせ続けねえと。

 ドキドキがバレそう。


「間違えない……、よ?」


 そんな冷やかしが。

 落ち着いた、秋乃の声色で打ち消される。


 一気に耳目を集める名演。

 そんな女優は、缶を手に立ち上がる。


「……こんな謎も、名探偵であるあたしにかかれば道理でしかない」


 そして、もったいを付けて、手にした缶を突き出すと。



 目から鱗が落ちるような。

 名推理を披露した。



「ずばり! 先に買ったから、この、水滴がついてない缶はあたしの!」

「うはははははははははははは!!! まるパクリじゃねえかこら!」


 笑い転げる俺を尻目に。

 助手の手柄を自分の物にした所長が紅茶を煽って。


 そして一言。




「ホット」




「「「「「わはははははははははははははははははははは!!!」」」」」



 は、腹いてえ!

 そうだ、俺、ホットの紅茶買ったんだった!


 それをこいつ、得意顔で間違えて。

 間接……………………?



 ん?



「ごめん。間違えちゃった」

「ん? あ、おお」


 アイスとホットの缶。

 持った瞬間分かるだろうとか。


 突っ込みたいのに口ごもる。

 その理由は。



 俺、今。



 顔がホット。



「た、立哉君の番……」

「あ、そ、そうな! ストライクの華麗なバックスピンでフランベして来るから、見とけよ?」


 やべえ、なに言ってるかまるで分からん。


 それに、席に戻ったら。

 俺、あの缶から紅茶飲むの?


 いつまで送風機に手をさらしても。

 まるで乾かねえほど汗が噴き出す。


 なんとか落ち着かねえと…………。


「立哉君。……赤、赤」

「赤くなんかなってねえ!」

「そ、そじゃなくて……」

「うるせえうるせえ! そりゃああああ!」


 あれ!?

 ものすご軽い!?


 さっきまで投げてた玉の半分くらいの重さ。

 あまりの軽さに、つい遠くまで放り投げる形になったんだが。


 それがレーンへ着地すると。

 ピンへと一直線。


 見事。

 ストライクになったんだが…………。


「「「「「わはははははははははははははははははははは!!!」」」」」


「は、はらいてえ!」

「ちょ……! 保坂! あんた何やって……、あはははは!」

「さ、さすがにそれは……!」

「こんな奇跡ある!?」



 そう、俺の投げた球は。

 見事にストライク。



 …………隣のレーンだけどね。



 首まで赤くなってるのを自覚しながら。

 平静を装って席へ戻ると。


 一番話しかけられたくないやつから。


「…………赤っ恥」


 上手いこと言われることになった。


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