おにぎりの日


 ~ 六月十八日(金)

    おにぎりの日 ~

 ※急がば回れ

  ほんとそう




 舞浜探偵事務所は。

 今日も大賑わい。


 でもそれは。

 仕事がひっきりなしに舞い込んでくるせいじゃなく。


「長野君長野君! お弁当作って来たんだけど、一緒に食べない?」

「え~? いらね~。しまっちゅか夢ーみんか鈴村のお弁当なら食べたいけど~」


 多分この世で唯一自分を慕ってくれる有機物である佐倉さんを。

 連日、気軽にぶった切るパラガス。


 この珍事を心配する声もあるにはあるが。

 いざという時にはクラス一丸となって、やろうと決めていることがあるから安心だ。


「立哉~。雄太から聞いたんだけどさ~。もし俺に彼女が出来たら、クラスのみんなが何かしてくれるんだって~?」

「ああ。海外旅行をプレゼントすることになってる」

「ええ~!? まじかよ~!!!」


 ウソじゃねえよ。

 万が一そんなことになったら。


 お前をジッダ・タワーのてっぺんに瞬間接着剤で張り付けて逃げると決めているんだ。


「なんでそんな話になってんの~?」

「世界の幸せのためだ」

「まじか~。俺が彼女作るの、世界レベルの幸せだったか~」


 勝手に気分を良くする単子葉植物。

 でも、お前には一点だけ美徳がある。


 追うに当たっては無節操が過ぎてゴミ扱いなお前も。

 来る者については好みでなければ完全シャットアウトという徹底ぶり。


「ねえ、ちょっとだけでも食べてみない?」

「だから~、いらないってば~。すげえ面倒だなお前~」


 校内ばかりか、他校からもファンが会いに来るほどの現役アイドル。

 そんな佐倉さんからの仲良くなりましょ攻撃を面倒扱い。


「そんなこと言わないで! 食べたいものだけ食べてくれたらいいから! ね?」

「食べたいもの~?」

「食べたいもの!」

「購買のクワトロフォルマッジおにぎり~」

「たはっ! そうきたかー! よし来た、任しといて!」

「三十秒な~?」

「光の速さで買ってくる!!!」


 そして走り出す佐倉さんを。

 指さして笑い転げるゲスに。


 ちっこい神様から鉄槌が落ちた。


「ごひん! いて~!」

「痛くないでしょ。ゼロって書いてあるのよん、この鈍器」

「ゼロカロリーコーラのゼロは、重さゼロって意味じゃないよ~!」

「知ってるわよ。痛さゼロって意味でしょ?」

「ごひん! 二度も叩くな~!」

「あと、情状酌量ゼロって意味」


 こんな校内暴力も。

 応援こそすれ、止める者がいないという事態。


 そりゃそうだよ。

 佐倉さんパシリに使ったうえに。


「こんな遅く行って買えるわけねえだろ、クワトロフォルマッジおにぎり」

「購買ナンバーワンの人気商品~。売り切れてたらどんな顔するんだろな、あいつ~」


 そして無邪気に笑い転げる最低男に。

 きけ子のアルミ缶と俺のペットボトルが手加減無しに襲い掛かる。


「いたいいたいいたいいたきもちいいたいいたい」

「やれやれだ。佐倉さんにメッセージ送ってやるか」

「それはダメなのよん。今じゃましたら、怪我とかするかも」

「え?」

「いたいいたいきもちいいたいいたいいたいきもちいい」


 パラガスに缶をごんごんぶつけたまま。

 きけ子はばつが悪そうに教えてくれた。


「この階からだと、校舎裏の物置小屋の屋根に飛び降りることができるのよん」

「あのトタン屋根に!? よく踏み抜かねえな!」


 確かにそこから地上に降りれば。

 購買の裏扉は目と鼻の先。


 ある意味、このクラスが。

 購買まで最短ルートで行けることになる。


 でも、今の時代にどうかと思うレベルのぼろ小屋だ。


「補強でもしてあるのか?」

「ぜんぜん! だから、そのコース使える人は二人だけ」

「なんだそりゃ」

「たぐいまれなる運動神経と度胸を合わせ待ち、且つ、軽い子だけなのよん」

「そのうち一人は佐倉さんって訳か。じゃあ、もう一人は……、おいこら」


 俺の話を聞きゃしねえで。

 椅子を秋乃の側へ向けて座ったきけ子が。


 購買の袋から取り出してかぶりついたのは。



 クワトロフォルマッジおにぎり。



「うはははははははははははは!!! お前じゃねえか!」

「黙っててよ? 先生に見つかったりしたら立たされちゃう」

「じゃあ、口止め料としてクワトロフォルマッジおにぎりを半分頂こうか?」

「いやよ、大好物なんだから。代わりにこれあげる」

「いらねえよシャーペンなんか。どうしたんだ、これ?」

「トタン屋根の上で拾った」

「なおいらねえわ!」


 秋乃の机の上で攻防戦。

 いらんシャーペンの押し付け合い。


 でも、そんなシャーペンを手にして。

 秋乃は、ぽつりとつぶやいた。


「なぞ……。解けた」

「ん? …………おお、確かに。無重力の謎ってのはそのことか」


 三階から飛び降りても平気って。

 そういう事だったんだな。


 ……でも。


 所長は、シャーペンをポケットへ突っ込みながら立ち上がって。


 優しい微笑を浮かべながら、首を左右に振る。


 そして。

 俺の耳元に。


 真実を、そっと置いて行った。


「いいんちょのシャーペン……。ペンケースから出て来たでしょ?」

「ああ」

「黙っててって言われてたけど。……新品だったんだって」


 え?


「それって、どういう……」

「さらに、委員長のシャーペンと同じものが見つかって。その経路を通れる人は二人だけ」


 あ……。


 まさか!


「そして、誰かさんが使ったシャーペンを欲しがっていた人と言えば……」

「まじか」


 犯人は、佐倉さん。

 そして代わりに同じシャーペンを返してたって訳か!


「……じゃあ、三回消えたうちの二回目は?」

「盗んだ後、やっぱり申し訳なくて返したんじゃないかな……」


 おいおい。

 連日の迷探偵っぷりは。


 まさか、この大どんでん返しのための布石だったのか?


 俺から一歩離れて。

 ポケットを軽く叩きながら微笑みかけてくる所長は。


 まごうこと無き名探偵だ。


「…………所長」

「なあに?」

「お前が犯人だ! って、やりたかったんじゃねえの?」


 そんな指摘に。

 深まる目尻の皺。


 所長はこの上なく楽しそうに笑った後。


「だって、マーダーミステリーって……。人によって勝利条件が違う……」

「ああ、確かにな。……じゃあ、今回はお前が一位だな」

「ほんと?」

「俺から賞品を進呈しよう。何が欲しい?」


 すると、『変わった趣味の泥棒猫』編の勝者は。

 爽やかな笑顔のまま。


 素敵な言葉で物語を締めくくった。




「クワトロフォルマッジおにぎり」




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「先生、保坂がいないんですけど」

「某所のトタン屋根を踏みぬいて動けなくなっておってな。反省のため、そこで立たせたままにしてある」

「立ってるのか? その状態?」

「では授業を始める。二十二ページを開け」

「せんせー。終わってるよ、そんなとこ」

「そんな話はない。ちゃんとメモしてあるから騙されんぞ」



 ……新たな謎の芽吹き。


 俺は、そんな予感を感じながら。


 必死にもがき続けていた。



「まじでやべえ!! このままじゃ『晴れの日の水たまり』編が始まっちまう!」



 ……みんな。

 おらにちからを。




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