第5話

 青年の家に着いた。築十年は経っていない白い内装の一部屋は、変わった点がほとんどない。音楽好きらしく、CDJやアンプなどの音楽機材に、小さなテレビや、ヒッピーの影響を感じるプリミティブなデザインと色の小物に、あか抜けないソファーと湿っぽいベッドがある。青年は家に戻ると途端息を吹き返して、どこからか大麻を取り出し、巨大化させて少しだけ手を加えれば拷問器具になりそうな剣山の噛み合わされたクラッシャーに一房の塊を入れて粉粉にし始めた。クラブで溜め込んだ自責の念を粉砕しているかのように、青年は持ち場を取り戻して、砕いている大麻についての講釈を安心した表情で述べる。リゼルグ酸ジエチルアミドを持つ者は当然ながら大麻も取り扱うだろうと彼が見込んでいたとおり、幾分色調の強い暖色を照らす大麻の花房が散り散りになるのを頭に浮かべながら、いまだリゼルグ酸ジエチルアミドの効力の薄れを微塵も感じず、食べ放題の店に来てどれほど食べても満腹を感じず、胃もたれも起こさず、味わいを無制限に貪れる無法状態の喜びを少しでも逃さずにおかないと無闇に欲しがり、追加の大麻の妖艶な香りに、垂れ流されたアンコールのてんで飽きの来ないことに、薬物を使用する最高の恩寵を感じた。たこ焼きやお好み焼きの上で蒸気と共に踊る鰹節と錯覚するほど、開けられたクラッシャーの中でほぐされた大麻は生気溢れて淫猥にぴちぴちしていた(白魚ノ踊リ喰イダ)。ブラックライトに対して過度に感応しそうな瑪瑙色の水パイプに大麻を詰めながら青年は、土が、肥料が、有機が、化成が、ランプがと、イベリコ豚のハモンセラーノの製造過程を説明する熱の入りようで事細かに述べ立てる。知識の再確認みたいに、体調の悪い時には既知の話としてくどいと思う内容も、今は通奏低音のような一連の作業の下支えとして、料理番組の雰囲気を包み込む小話くらいに受け取ることができた。水パイプは竹に直立し、下部はゆったり膨らみ、幼稚園児程の背丈はありそうに見える。理科の授業の実験を必ず思い起こさせる形は、酒を蒸留することもできるだろうと信頼させる物で、火と泡によって物質が変成して過去の錬金術者の夢が泡沫に消えていったのと同じ儚い時間を提供すると伝えている。芳醇な煙が室内に広がった。憑物でも落とすように二人は激しく咳き込み、笑い声をあげた。古代からまるで変わらない人間の営みとしての風景を、食卓を囲む家族や、夜に微睡む夫婦など、それらと同じ強い絵柄で大麻にむせび笑う仲間達の憩いを彼は目に浮かべた。大麻の抜けきった体に入れて味わう感覚の急変には及ばなくても、忽ち体内に染み渡る変化の喜悦は何度でも楽しめる。大麻の効能を感じ始めると同時に彼はすぐに本題にとりかかった。どのように話を進めるか事前に思い巡らしていないからこそ、薬物摂取による反射作用によって、リゼルグ酸ジエチルアミドの値段と、ついでに大麻の値段を青年に尋ねた。すぐには答えなかった。いくらクラブで恥を晒して負い目を感じていたとしても、それはすでに数時間前の出来事であり、家に戻って習慣の断片に助けられてペースを取り戻した青年には、二時間前に観た劇と同程度の実感のなさで過去に食べられており、色褪せて済まない後ろめたさによって安く売ることはせず、体が覚えているのか、卸売業者が小売業者にどのランクで商品を卸すか一瞬だけ考えるように、青年からの返答にわずかな間があった。大麻の値段は彼がいくつか持っている他のルートとそう変わらなかったが、リゼルグ酸ジエチルアミドは一枚あたり五百円安かった。大麻の質はどこで手に入れても悪くなかったが、リゼルグ酸ジエチルアミドに関してはその時時によって当たり外れが大きく、今もこうして体験している青年のこれを一枚まるごと試したらどうなるだろうと思っていた。期待と恐れは紛うことのない信頼から与えられている。外れたとしても五百円安く、当たった時を考えたら、効能高い茸畑を探し当てたような大きな発見になる。薬物の売買は信用が何よりも鍵になるので、次に青年と会える確証はないからと、彼は五万円分のリゼルグ酸ジエチルアミドをその場で購入した。クラブで摂取した物と同じ紙片を、今だ持続して効用しているリゼルグ酸ジエチルアミドと吸い込んだばかりのテトラヒドロカンナビノールによる判断力の低下により、見栄の気持ちに乗っかって彼はまるごと一枚口に含んだ。青年も笑いながら追随すると、面白い映像があると言ってパソコン内のフォルダを開き、大きめのディスプレイに動画を流した。どんな内容かと彼が尋ねると、青年は据わらない目で見つめて、意味深長に、かつ手玉にとった人物にわざと糸口を見せない頬の弛緩で、言葉を抜いた勿体ぶった頷きに示した。しつこく問いかけるのは野暮なことだと彼は勘違いして黙ることにした。その映像はリゼルグ酸ジエチルアミドを擁護して紆余曲折な人生を送ることになった元ハーバード大学の心理学の教授であったティモシー・リアリーの生首で締めくくられる映像だった。

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