第3話

 このクラブはライブハウスのような作りだった。大きめのステージに向かい合ったダンスフロアは、上から見れば長方形で、ステージが三分の一を、フロアが残りを占める単純な構造になり、溝や陰がなく、どこからもステージを拝める形だった。それにしても客が少ない。平日の夜に、こんな住宅地にある小さなクラブに多くの人で盛り上がる活気溢れたイベントなど彼は期待していなかったとはいえ、予想と違わぬクラブの雰囲気に拍子抜けしたばかりか、舐めていたこのイベントをさらに見下げるようになった。血気のみに生きてきた不良あがりだと思われる同級生の先輩達は品性と教養の欠ける代わりに、時宜を巧みに嗅ぎ分ける狡猾な物腰と、弱者を見たら巧妙に絞りあげる狡知を隠しているようで、「きてくれてほんとありがとなっ、ぜひたのしんでってくれよっ」活き活きに話す太っ腹な調子には、絆が強まれば信頼できるだろうと思わせる人の良さがあったにしても、まばらにいる知人だけで成り立っているフロアの客達を、でたらめな将棋盤に並べて直立する駒を奮い立たせようと一本調子で煽るマイクパフォーマンスは、駅前の街頭演説とは比較にならない空空しさがあり、音量だけは大きいこの空間に、アメリカ人画家の写実的な絵に見出だせる空虚感が漂っているのは、空調設備は乏しいが、客は少なくてもこの場にある種の安心感や、寂しげではあるがその寂しさにある種の切なさを付与する汚れと悪さがないからで、生まれて間もない特別な意匠を持たない新興住宅地の整然とした味気なさが、落書きのない壁面や悪くない照明器具や、こういう場所でのみ存在することを神から許されて存在する人相の悪いドレッドヘアーの店員の不在から生みだされていたのだろう。

 彼は入場してから一分も経ずに思った(コレハツマラナイいべんとニ来テシマッタナァ)。するとすぐに同級生がやって来て、一服入れないかと誘ってくる。酒を飲んで音と空間を楽しむのが自他共に健全に、社交的に場を盛り上げる最適な手段であり、深酔いして誰かと喧嘩したり、体を触ったり、あからさまな迷惑をかけない限りは酔って陽気に踊る人間は場を活気づけるのに必要な熱源で、先頭を走って騒ぐこういった人間を見て、他は学び、模倣し、負けん気を起こして目立とうとする。周りに目をくれず一人無心で踊るのは何かしらの薬物を使用して自意識にどっぷり浸かっているような場合で、酒も何も呑まずにそういった状態になれる者は滅多におらず、どうしたって他人を見ながらの自身へと連動している。彼は少しくらい酒を飲んで騒ぎたいと思ったが、目的はこのイベントの運営を見極めて、有効なつながりへと発展できそうな人物がいたら知り合っておくことだと考え、瞬時にそんな目的はこんなところでは何も達成できないとあきらめ、酒を飲んで一緒に楽しむ友人はおらず、仲良くしたい女性もまずいないだろうと見切りをつけ(イタトシテモナニモデキズニイルダロウガ)、大好物の大麻で陶酔するのが、彼にとって打って付けの手段だろうと判断した。とはいえ、どんな場面であっても、直後に大切な知人の冠婚葬祭が待っていたとしても、大麻を吸ったことで目を真っ赤にして自問自答の繰り返される自発行動の乏しい、ひどく怯えた消極的な人物になることをすでに知っているにしても、彼は決して誘いを断ることはしなかっただろう。

 楽屋へ移動すると、不良らしからぬ、毛並みの良い大学生か大卒だろうと思えるさっぱりした身なりの青年がおり、彼は意外に思った。巻大麻を三人で回しながら話すと、青年は北海道出身の大卒で、このイベントのVJをしているとのこと。彼は直感でこの人物はつながるべき人間だと思った(目的ガ何ニシテモ)。すぐに成分が作用して口元の緩む多幸感に体は満たされていくと、北海道の青年はリゼルグ酸ジエチルアミドがあると言って、マイクロSDカードにも満たない四方形の小さな紙片を取り出した。素晴らしいタイミングで最終手段が出てきたと喜ばしさと同等の恐ろしさを彼は抱いた。これは早いほうが良い。イベントの終盤では手遅れで、中盤でも遅いくらいだが、実際はいつ始めても遅いということはないと知っていて、アルコールの一滴も入っていない大麻の効き始めの状態なら、負けることなく思う存分振り回されるだろうと思った。一枚しかないので三等分しようと青年が言うと、彼はより確証を持った(コレナラ大丈夫ダ)。青年が十徳ナイフの小さなハサミでピンクのドットに広がる紙片を三等分すると、同級生が酔っぱらいのだらしない顔とふてくされた調子で「いただきます」と言ったので、彼は同調せずに無言でそれを舌の上に載せた。

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