第8話

 森にゴブリンキングが現れた異常事態。


 俺達は足早に王都に戻り、ギルドへ駆け込んだ。


 開きっぱなしの木製扉を通り、ギルドの奥へ三人で進む。


 依頼板に群がり、報酬の旨い依頼が張り出されるのを待っている冒険者達。受付に並ぶ冒険者や依頼人。


 大勢の者が入り乱れ、混雑していた。


 手近な受付嬢に話を通して、直ぐにギルドマスターを呼んでもらいたいほどの事態なのだが、あいにくどこの受付も長い行列が出来ている。


 受付嬢の手は暫くは空きそうにない。


 この際、受付嬢でなくても職員なら誰でもいいと思った。ギルド関係者で話せる人ならギルドマスターも呼んでくれるはずだ。


 辺りを見渡す。


 すると、受付の脇からギルド職員が出てきた。


 少々歳を取っている女性だ。裏方の事務員だろうか、受付嬢と比べると華やかさが一段と劣り、身に纏う雰囲気も近寄りがたいものだったが、この際は仕方ない。


「あの、すみません!」


 俺が早歩きで近寄りつつ声を掛ける。


 真っ直ぐと目が合い、俺に呼ばれていると分かった女性は一瞥するだけで素っ気ない態度を崩さずに右手を受付のほうへ示した。


「依頼であればあちらの列ですが」


「違います。緊急事態なんです。至急、ギルドマスターを呼んできてほしいのですが」


 事務的な対応をする受付嬢へ早口に用件を伝える。ここでゴブリンキングのことを言ってもいいが、受付脇ということもあって周囲の目は多い。


 ゴブリンキングが王都近隣の森に居るなんて、あまり人の耳に入るのはまずい。


「どのような件でしょうか」


「ここじゃ大っぴらに言えないことです。冒険者が三人も死んでます。機密事項になるような案件なので、直接ギルドマスターへ伝えたいのです」


「……ギルドプレートを見せて頂いても?」


「ええ」


 首から下げているプレートを胸元から出し、ギルド所属の証明たる薄い板を見せる。


「はあ、Eランク……ですか。冷やかしなどは罰則にあたりますよ」


 俺のギルドプレートを見るや、しかめ面をした受付嬢。瞬時に顔色は変わり、更に対応が悪くなった。


 遅れてやってきたティリアとリティが俺の後ろに立ち、職員のやり取りを見守っていたのだが。


「……話にならないわね。こんなやつより、もっとマシなところに行きましょ」


「あ、あの! わたしも冒険者になったばかりの者ですが、ティリア・リーベルドと言います。その信じられないなら、学園に問い合わせて頂いてもいいのですが……ギルドマスターを呼んできていただけませんか?」


 リティが他を当たるように促してくるが、ティリアが俺の前に身を乗り出して食い下がる。


「貴族……ああ、学園の生徒ですか。ギルドマスターをお呼びする権限は私にはございません。急用というのであれば、正式な書状を持ってきてくれないと」


「……そうですか」


 断固として権限や規則を盾にされると俺達に言い返せる言葉はない。俺は頭を下げた。


「……お手数お掛けしました。無理言ってすみません」


 融通が効かないというより、規則だから。この職員ではどうにもならない。急なことなので、この職員が悪いわけではないのだが、俺達にはギルドに頼れる宛もない。くそ、どうすればいい。


 書類なんて用意している暇もないだろう。余程の事態だ。一刻も早く、ゴブリンキングを討伐する部隊を編成をしてもらわなければ。


 そうこうどうにもならないことに悩んでいると、ギルドの端に置いてある受付で、手持無沙汰に書類を眺めている受付嬢が居たことに気が付く。


 俺やリティとティリアが出会った場所、冒険者登録をする際にお世話になった受付嬢である。


 事務員に頭を下げ、俺達は踵を返す。


 駄目元である。こちらの受付嬢にも話してみよう。


「あの、すみません」


「はいはい、どうぞ。新規の方、じゃなかったですね。深刻な顔でどうされました?」


「ギルドマスターを呼んでほしいのですが、出来たりしますか? とても重要なことを話したいんです」


 書類を置いて背筋を伸ばした受付嬢へ、改まった口調でお願いしてみたのだが、それが伝わったのかどうか受付嬢はきょとんと一瞬だけ瞬きをした。


「重要? ヤバめな感じです?」


 首を斜めに傾げ、軽い感じな返答に俺は頷く。


「はい、とっても」


「分かりました! では、呼んできます!」


 そうしたら受付をほっぽり出し、受付の奥――従業員専用の通路へと走っていった。


 無人となった受付で困惑する俺達三人。トントン拍子に話が進んだのはいいが、先程の職員との対応の差に困惑してしまう。


「……呆気なく話が通ったわね」


「……だな」


「良かったです。あとは待つだけですね!」


 本当に呼んできてくれるのか定かだが、あの受付嬢に頼ることしか出来ない俺達はティリアの言うように待つしかない。


 数分経過したぐらいで受付の奥にある通路から大声が届いた。


「バカ野郎っ、オレは眠てえんだよ。つうか、そもそも一介の冒険者が重要な案件なんて持ってくるわけねえだろ! ちゃんと内容を聞いてから呼びに来いよな」


 男性の怒鳴り声。俺達のせいで受付嬢が責められているのではと危惧するが、その後の女性の声に俺達一同は謎が深まった。


「そんなの分からないし。いいから、ちゃんとピシッとして真面目に聞いてよね! 二人は学園の生徒さんなんだから、失礼なこと言わないでよ」


 これは先程の受付嬢が素で話している声だ。しかし、呼んできた人物がギルドマスターならば、こんな気安く会話しているのがおかしく思う。


 どういう関係か。


 三人共に通路を視線を向け、お待たせしましたとやってきた受付嬢と四十代ほどの男性職員に目を配る。


 男性のほうがギルドマスターなのだろうか。


 ギルドマスターといえばもっと年配なイメージがあるのだが、受付嬢の隣で欠伸を噛み殺しながらやってきた人物は三十代ぐらいの見た目だ。


「お前らか、重要な話があるってのは」


 頭をポリポリとかきながらやってきたのは無精髭に寝癖がついている男だ。


「ええと……あなたがギルドマスターですか?」


 この人がギルドマスターとは思えなくて、確認の意味合いも込めて俺は聞いた。


「ああ、そうだが? ヴェレクト・ラ・フェルランド。一応、ギルドマスターだが」


 嘘を言っている様子はない。というより、この場面でギルド職員が嘘を言わないだろう。


 この人がギルドマスターなのだ。


「あ、わたしはエイミー・フェルナンドと言います!」


 受付嬢からも自己紹介され、どうもと俺も挨拶を交わす。そして引っ掛かりを覚えた。


「同じ家名……」


「ふっふっふ、気付いてしまいましたか。そうです、ここのギルマスはわたしのお父さんです。わたしはコネで受付嬢させてもらってます!」


「そ、そうですか」


 だから、あんなに気安い会話をしていたのかと納得した。しかし、ドヤ顔で父親のコネで働いていることを自信満々に言う受付嬢へ反応に困る。どう答えても地雷を踏みそうで、曖昧に笑うしかない。


 それを察してか、ギルドマスターが助け船をくれた。


「……で、話ってなんだ。見るからに低ランク冒険者ってところだが」


 そうだ、こんなことをしている暇はない。


「そのっ、直ぐそこの森にゴブリンキングがいたんです。他にもゴブリンが数千匹、トロールも確認しました。討伐編成を大至急組んでください」


「ゴブリンキング……? おいおい、嘘も大概にしろよ。見間違いだろ? ゴブリンキングなんて魔大陸の奥にいるやつだぞ」


 この目で見たことを有りのまま伝えているだけなのだが、やはり信じてはくれないそうだ。


 俺も間近に見て目を疑うぐらいなのだから、仕方のない反応だ。


 しかし、本当なのだ。


「信じられないのも分かってますが、わたしもこの目で見たんです!」


「ええ、あと名前は知らないけど、Cランクパーティ『双璧の火炎』と名乗っていた冒険者が死んだわ」


 ティリアとリティの後押しされながら、俺もギルドマスターに頼み込む。


「お願いします。被害が拡大する前に緊急依頼をッ」


 声を荒げ、訴える。


 あれは見間違いでも何でもない。確かな脅威となって、王都周辺の森にいた。


 ゴブリンキングは上位ランクの冒険者が束になっても勝てない相手。指定脅威度Aランクの魔物。


 国の存続が危ぶまれるほどの魔物なんだ。


 故に、冒険者や騎士、魔法師団など国の総力をもって討伐しなければ退けることすら困難だ。


 たかがゴブリン、そう舐めてかかれば国が滅ぶ。文献に載っている実際にあった出来事もある。


 だからこそ、俺は緊急依頼をお願いした。


 ギルド側の措置として災害級となる魔物の出現や国の存続の危機となるときだけに発生する緊急指定依頼。


 これは、ギルドに登録している者を強制的に参加させるものだ。事情もなく拒否した場合は罰則が下される。


 それぐらい迅速に対応をしなければ被害は拡大するばかりであり、現に冒険者三名が死んでいる。


「早く対応しないとです!」


「全勢力でやらないと大勢が死ぬわ」


 二人も俺の言葉に真実味を出すように追従してくれたおかげで、ギルドマスターは考える素振りを見せた。


「王立学園の生徒が言ってるようなら、嘘でもなさそうだが……分かった。まずは先発隊を編成して本当かどうか確認を取る。嘘とまでは言わんが、さすがに信じられん。本当なら、Cランク冒険者の遺体も回収したいしな。構わないな?」


「はい、一刻を争う事態です。お願いします」


「せっかくの休みってのに、こんなのが来るなんてな……ついてねえわ」


「ほら、さっさと行って、仕事して!」


「はいはい、わかったわかった」


 二人はそんなやり取りをして、ギルドマスターは背中を向けて正規の受付のほうへと歩いていった。


 これで俺達の役目は果たせたはずだ。あとはギルドマスターが指揮して高ランクの冒険者や騎士達がなんとかするのだろう。


 俺やリティとティリアも討伐戦の裏方には一冒険者として参加するだろうが、とりあえずの出番はここまでだ。


 さて、ただのゴブリン狩りから大事になってしまったが、切り替えて薬草やゴブリン討伐の報酬でも貰いに行くか。


 そうすると、ティリアが率先して換金所まで行くことを申し出た。


「あ、わたしが換金してきます!」


 ならばと、リティも付き添いで二人で報酬を貰いに行く。俺はお願いし、酒場のテーブルで待とうかと思っていたら受付嬢が暇なのか話しかけてきた。


「ゴブリンキングってどんな魔物だったんですか? パッと見で分かるものでした?」


 興味本意なのか瞳を輝かせた受付嬢ことエイミーさんに頷きを返す。


「ええ、普通のゴブリンよりも体格が遥かに大きくて鎧を着てましたし、頭には王冠がありましたよ」


「へえ! 図鑑と一緒なんですねー」


「魔物図鑑とかも読むんですね。受付嬢の人たちは魔物の種類とか勉強するんですか?」


「そういうのは先輩とかに教えてもらうのが普通ですけど、こう見えてわたし元冒険者志望だったんですよ?」


「え……本当ですか?」


 他意はない。だが、あまりにも少ない魔力量なのは視えている。到底、冒険者になれるようなものではないし、初歩中の初歩である身体強化も満足に扱えないはずだ。


 冒険者になるにあたって、それは致命的。俺が言うものではないが、魔物の攻撃を一度でも受ければ瀕死になってしまう。


 俺と同様に、彼女は冒険者には向いていない。


「でも、魔力が少なくて挫折しちゃいましたけどね……」


 途中からうつむき、自分の言葉で落ち込んでしまったエイミー。


 自覚はしていたのか。


「いや、なんかすみません」


「ふふ、どうして謝るんですか。ハルトさんは凄いですよ。魔力が無いのに冒険者だなんて!」


「……俺には冒険者しかなかったので」


 朗らかな笑みを浮かべた彼女に俺は何とも言えず、苦笑を浮かべる。


「え、ご、ごめんなさい。なんか家の事情とかマズいやつですよね!?」


「そんな大したものじゃないですよ」


「そう、ですか。受付嬢は冒険者方の私情を聞いてはならないと言われていたのに、聞いてしまいました」


「なら、今のはなかったことで。話を切り出した俺も悪いので」


「ありがとうございます。優しいですね」


「そんなことないですよ」


「敬語なんてやめてくださいよー。同じ新米同士ですし、わたしのほうが歳下なんですから。えっへん」


「はは、そう言われてもギルドの受付嬢ですから。さすがにタメ口は他の冒険者に見られるとやっかみの的になってしまいますし」


「うーん、まあそうですかね。じゃあ、二人っきりのときはタメ口でいいですからね!」


 受付嬢と二人っきりになる未来が無いと思うのだが。ギルド外だと出会う機会なんて早々訪れるものでもないだろう。


「……わかりました。留めておきます」


 そんな会話をしていたらティリアとリティが戻ってきた。


「良い雰囲気です! これは禁断の受付嬢と冒険者の恋では!」


「ティリアが大声出すから雰囲気ぶち壊しだけど?」


「そ、そんなことありませんって!」


「ほら、気付かれちゃったし」


「あ」


「ティリアは勘違いしすぎだぞ。ただの世話話ってやつだ。で、どうだった? ちゃんと受け取ってきたのか?」


「はい、報酬貰ってきました!」


「まあ、微々たるものだけどね」


「報酬額が少ないのは仕方ないよ。じゃあ、酒場のテーブルに移動して山分けでもしようか」


「はいっ!」


「ほら、落とさないようにね」


「分かってますよ、リティちゃんは心配性ですっ」


「では、エイミーさん。俺たちはこれで」


 そうして俺とエイミーは別れる。


 ギルドに併設されている酒場へ移動し、先に待っていた二人の元へ行くと端金にしかならない報酬を三人で分けあったのだった。






 ギルドの入り口が慌ただしくなり、次第に冒険者達の衆目を集めていったのは一人の男だった。


 血だらけな格好に半分以上が大破した防具。片腕を押さえている男の左腕は、肘から先が無かった。


「おい、あれってBランクの……」


「ボロボロじゃねえか……」


「何かあったのか……?」


 ひそひそと囁かれた言葉。ギルド全域に広がり、男の様子を伺う視線が増えていく。


 ギルドの入口前で片腕を押さえ、荒い呼吸を繰り返している男は今にも倒れそうでよろめき、近くにいた冒険者の肩を借りた。掠れた声で冒険者へ何かを話している。


 ここからでは聞こえないが、聞いた者は深刻な表情で野太い声を上げた。


「おいっ! 誰かギルマスを呼んでこい!」


「――オレはここだ。ラズは神官を呼べ! テッサは医務室から中位ポーションを持ってこい!」


 近くで待機していただろうギルドマスターは直ぐに現れ、職員に指示を送る。


「ギルマス……! 魔物の王が……!」


「話は治療をしながら聞く」


 肩を借していた冒険者と代わり、彼を支えてギルドの奥へと歩いていく。ギルドの医務室へ向かうのだろう。


「王が居ました。三体の王が……。おれだけ、逃げ延びて、生き残って」


 彼は悔しさに顔を歪めて泣いていた。


「……そうか」


 一人の男は片腕を押さえ、肘から先が無い腕からはポタポタと赤い雫を滴らせている。防具は凹んだ箇所が複数あり、裂傷も受けていた。


 彼が言った言葉通り、一人しか戻っていない。


 それは、紛れもなく先発隊が壊滅した報せだった。

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