第5話


 金がほしい。切実に。


 低ランク冒険者ならば誰もが頭に浮かべるもの。


 冒険者なら冒険者らしく、危険を犯して一攫千金を――。


 なんて、馬鹿げた夢を俺は見ない。


 稼ぐのだ。地道にコツコツと。


 そんな低ランク冒険者である俺にとって、休日なんてもっての他だろう。ティリアとリティからオーク討伐の金を渡されたが、いずれ底をつく。


 そんな稼げるときに稼いでおきたい俺は朝からギルドへ赴いた。


 だが、いつもと違うのは俺一人でないことか。


 パーティーメンバーとなった二人。俺を含めて、三人での初依頼。


 学園の生徒でもある彼女達は授業が休みで、ギルドで会う約束をしている。


 オークとの戦った怪我は完全に癒えた。冒険者として活動するに支障はない。


 これもティリアの回復魔法のおかげだろう。


 ぶっ倒れて悠長に寝ていたし、休養はもう充分。


 気合いを入れ、準備を終えた俺は安宿から外に出た。


 体を解し、両手を上に伸びをすれば天気の良い陽射しが降り注ぐ。本日は晴天青空。雲一つない青色が広がっている。まさに採取日和。


 まあ、採取をやるかどうかも決まってないのだが。


 入念に体を解し終え、宿から路地裏へ、大通りへと進んでいく。


 ガタガタと積み荷を乗せた馬車。怒声のような売り込みの声。人々が行き交う雑音へと俺は溶け込んでいく。


 大通りはいつも混雑していて、流れに沿うように入るとギルドにたどり着く。


 冒険者ギルドは俺が借りているボロ宿からそれなりに近い。


 大きな看板が見えた。冒険者ギルドへようこそと、でかでかと大文字で書かれている。文字が読めない人への配慮として絵も描かれており、盾と剣が交差したものに硬貨が散らばっている。


 絵の意味は戦って稼ぐ場所とかそんなの。


 冒険者ギルドは誰しも受け入れていて平等だ。貧民でも貴族でも、身分が対等でなくても最初の諸経費だけ払えば冒険者になれる。


 そして、最初から最後まで平等なのだ。


 能力がある者しか生き残れない世界。


 実力がある者は富と名声を手に入れ、逆に見合った能力がない者は弾かれる。


 冒険者になれば金持ちになれると良く知りもしない奴は嘯くが、それは間違いである。


 依頼を達成しなければ報酬は貰えない。当たり前のことだが、高い報酬のものはリスクを負い、危険が少ない依頼は報酬が安い。


 冒険者の平均取得量は高いが、上級冒険者の猛者達が稼いでいるせいなのだ。


 道具の準備や防具の整備。武器の点検を含めると上手くやりくりしなければ赤字だ。


 魔物を狩っても余裕な強者なら金を稼げるが、大半は金に目が眩んで魔物の餌になる。


 過酷な仕事。実力があればのしあがれる。それが冒険者だ。


 俺は魔物と戦うなんてとんでもないし、自身の力はわきまえている。


 討伐依頼は受けず、採取依頼で日銭を稼ぐ堅実な生活を目指している。ひもじくて理想の生活ではないが、生きていくにはこれしかない。


 だが、いくら堅実に行こうとも冒険者は危険と隣り合わせに生きている。


 突発的な例外はいつの間にか傍にある。


 先日のオークとの戦いがまさにそれだろう。因みにギルドへ報告したら直ぐさま調査隊が派遣された。現在は森へ入ることを制限されている。


 あの時は三人共よく生き残れたなと、当事者の自分ですら思う。


 剣士と魔法使いの二人。


 最初はオークに囲まれ、敗北一歩手前だったが、俺が加勢して死んだと思ったら逆転した。


 こんな運は続かない。次はきっと死ぬ。それはもうあっさりと。


 思い出したら足がすくんできた。冒険者ギルドの前で立ち竦む。


 入るのを躊躇うが、そういうわけにもいかない。理由は金。それと、二人と一緒に依頼を受ける約束をしているから。


 意を決し、冒険者ギルドの開きっぱなしの扉を踏み入れる。


 独特な臭いが鼻をついた。


 もわっとした刺激臭。端的に言えばくさい。汗臭い。生臭いのも混じって僅かに血の臭いもする。


 目の前で群がる男達が原因だろう。


 依頼板に張られた紙を吟味し、報酬が良いのがあったらかっさらおうと狙う冒険者達。


 俺は思わず顔をしかめ、苦笑い。


 冒険者ギルドの独特な刺激臭はいつものことらしい。


 ここで臭いに騒ぎ、文句を言うやつは初心者の証。冒険者になれば嫌でも慣れることに、こうして初心者らしい振る舞いをすれば暇な先輩冒険者から絡まれる。


 恒例の行事だ。


 俺は絡まれるのも嫌なのでそそくさと移動することにした。


 正面奥には受付が並んでいる。左の一番端のほうは酒場になっていて、ギルド常設の酒場だ。夜にしかやっておらず、今は待ち合わせ場所やパーティーでの依頼の打ち合わせなどに使われている。


 いくつもの丸テーブルが置かれているが、とりあえずカウンター席へ座って暇をもて余す。


 夜に開く酒場は依頼を終えた冒険者達が安酒を飲みにきて賑わうが、閑散としている


 俺以外にもいくつかテーブルに座るパーティーが依頼の打ち合わせをやっており、どこから件の魔物を探すかと決めあぐねている様子だった。


 だが、俺がカウンターへ座るとちらちらとこちらを覗き見してくる。


 背中を向けても分かってしまうのが、英雄に選ばれたおかげで覚醒した精霊の力だ。


「おい、あれって無能の……」


「ああ、例の落ちこぼれか」


「オレも聞いたぜ。あいつマジで無属性魔法すら使えねえんだってよ」


「それマジかよ? 身体強化も無理ってことか?」


「そうそう。ヤバすぎだろ」


 会話が聞こえてくる。ひそひそと喋っているから陰口なのだろうが、耳は良いほうなので音を拾ってしまう。辛い。


 言われていることは正しいから口を結び、聞こえないふりをしていく。


 ここでとやかく言っても喧嘩を売ることになるだろうし。


 中傷なんて聞きたくないから席を立ちたいものだが、それもいかんせん少しの辛抱だ。


 肩に担いでいた弓矢の調整を暫くしていたら、入り口付近で大声を上げた者がいて、やっと席を立てると安心した。


「くっさっ。ここ、前に来たときも臭かったわよね。冒険者って汚いやつしかいないの?」


「ちょ、リティちゃん! そんな悪口ダメですよ。聞こえてますって! ああ……! 皆さんが見てるというより、すごく睨んでます!」


「ティリアが騒ぐからでしょ」


「私のせいにしないでください!」


 そんなやり取りが入り口で行われていた。


 見覚えのある二人組。というより、リティとティリアだ。


 金髪を後ろで束に纏め、気が強そうなのがリティ。前衛職の剣士で、腰には装飾された青色の剣がぶら下がっている。


 その隣で言い合っている黒髪の少女はティリア。こちらは学生服の上にローブを羽織っている。髪を肩まで伸ばし、大杖を持っていることから魔法使いと一目で分かる。


 そんな二人は初心者らしいことを口走っていた。


 二人の元へ行こうと席を立ち、腰を浮かす。


 そして、立ち上がろうとしたところで、俺は浮かすだけにとどめた。


 俺以外に席を立った者が三人居たからだ。先ほど、俺の悪口をひそひそと言っていた冒険者達。他にも依頼ボードから離れ、入り口で言い合う二人へ近寄っていくのが見えた。


 初心者への洗礼か。


 これは殆どの者が経験していると思う。冒険者へなりにきた新米へ、先輩冒険者がいちゃもんを付けて心を折る恒例の行事というやつだ。


 ギルド側も止めようとしないし、もはや黙認している。


 こんなことで折れるというなら帰れ、そういう意味だろう。


 依頼ボードに張り付いていた二人は柄の悪そうな顔だが、装備や武器のそこまで使い古されてないことから低ランク冒険者と見て取れる。


 丸テーブルから向かった頭の軽そうな三人も高ランク冒険者ではない。小耳に挟んだ依頼の打ち合わせではトロールがどうとか言っていた。


 成り行きを見守るべきか、それとも俺が出るべきか。


「よお、ルーキー。女二人で冒険者か? 止めとけ、お前らみてえな雑魚はすぐ死んじまうぞ。分け前をやるってんなら、手伝ってやってもいいがな」


 迷っていたら、先に柄の悪いほうが二人に接触した。


「……何よ、あんたら」


 リティが眉を曲げ、調子の良いことを言ってくる男へ反応した。


「冒険者の先輩として忠告してやってんだ。素直に聞いとけ」


「はっ、ご忠告どうも。だけど、そういうのは結構よ」


「そう言わずにな。へへ、夜の相手してくれんなら報酬もちゃんとやるぜ?」


 片方がティリアの肩に触れようとするが、うまく避けてリティの後ろに隠れるように一歩引いた。


 代わりに、庇うようにリティが一歩前に出る。リティは背中に隠れた少女を守るように、さりげなく剣の束に手を置いていた。


 俺は戸惑いを隠せずにいる二人を見て、さすがに席を立った。


 冒険者の洗礼よりも、相手が幼い少女だからといって下衆なことを口走っている。


 このままじゃ不味いと二人の元へ行く。


 俺が着くまで剣だけは抜かないでくれと念じながら急ぐ。ギルド内で剣を抜いたら重い罰則があるのだ。


「そういうのいらないから、そこを退きなさい」


「俺たちの忠告を無視しようってか? どうなるか分かってんのか?」


「私たちは一応、貴族なんだけど。そのこと分かって発言してるわけ? 手を出してくるなら遠慮なく潰すわよ?」


 彼女は怒気を含ませて睨み付ける。真っ正面から受けた男はたじろぐが、それも一瞬のこと。


 何かロクでもないようなことを言いかけて――背後から男の肩に手を置いた者がいて口を閉じた。


「やあやあ、可愛いお嬢さんたち。貴族様がギルドに来るっていうことは学生かな? こんなやつらより、僕たちと討伐依頼なんてどうかな?」


 猫なで声と表現していいのか。どこか媚を売るような声だった。


 頭の軽そうな三人組だ。


「あ?」


 柄の悪い男のほうは割り込まれて面白くはないだろう。怒気を孕ませて振り向き、そのまま一色触発の雰囲気になるやと思いきや、相手を見て顔色を変えた。


「げっ、Cランクパーティー『双璧の火炎』かよ……」


「ん? ええと、君たちはDランクだったかな? 君たち、こんなところで新人をいじめるよりも依頼を受けたほうが身のためなんじゃないかな?」


「……ちっ」


 男二人は敵わない相手と悟るや、小さな舌打ちを残して依頼ボードへ戻っていく。


 こいつらCランクなのか。王都の中でも中級冒険者を名乗れる実力があるってことだぞ。あまりに隙だらけで嘘だろと思ってしまったのだが。


「さて、邪魔物は居なくなったことだし、改めて自己紹介を。僕たちはCランクパーティ『双璧の火炎』さ。聞いたことあるかな? ギルドではそれなりに有名なんだけど、そろそろBランクになれる実力はある。そんな僕たちなら君たち二人を安全に守れるし、簡単なレクチャーぐらいするよ。一緒にどうだい?」


「……聞いたことないし、私たちとパーティを組む人は決まってるから。そんな機会なんて一切無いと思うけど、もしもあったらお願いするわ。ね、ティリア」


「そ、そうです!」


「んー、そっか。そりゃ、残念だ。因みに誰と組むのか聞いても?」


「それは……」


「――すまないが、二人は俺の連れだ」


 俺が二人の隣に行くとティリアはパッと顔を輝かせ、リティも目線で挨拶してくれた。


 男は俺を視認すると笑いを我慢するように手で口元を隠す。


「おやおや、さっき仲間と話してた人物だ。有名な無能君じゃあないか」


 というか、なんで俺のことを知っている。学園の関係者なら分かるが、ただの冒険者だろう。


 そんなに噂が広まっているのか。まあ、悪い意味で有名だからな。貴族だったら知っている話だし、元卒業生は騎士団や魔法師団に在籍しているから伝手で聞いたのかもしれない。


「……ああ、悪いが二人は俺とパーティを組む。余計なちょっかいをかけないでくれ」


「君が二人と? 守れるほど実力もないくせに、貴族の子女を連れて? これは笑えるね、君は分相応という言葉を知らないようだ」


「わ、私たちがファルトさんを選んだんです! 非難するのはおかしいです!」


「そうよ、私たちが彼を選んだの。なにより余計なお世話っていう言葉、あなたは知らないのかしら?」


 二人が俺の味方をしてくれるが、リティの言い方はどうだろう。聞き方によっては喧嘩を売っている。冒険者は気が短いやつが多いから、禍根を残すやり方は止めてほしい。


「……ふーん。君たちがそういうなら、僕としてはもう誘わないよ。後々、後悔しても知らないけどね。というか、一つ気になるんだけど、弓矢で魔物を倒せるのかい? ルーキーを連れて安全圏を出るんだ。予想外なアクシデントが発生したらどうするつもりだ」


 こうも親身になってくるのはリティとティリアの顔が良いからか。パッと見ても貴族らしい立ち振舞いだし、制服を着た新米冒険者なら学園の生徒と推測が容易である。


 こいつらは彼女達とコネでも作りたいのだろうか。


 心配症なこいつに返答する言葉は決まっている。


「うまくやるさ。あんたに心配されなくてもな」


「……へえ。なら、頑張ってくれたまえ。冒険者活動をしていると予想外なことが多いからね」


 そうして、不穏な捨て台詞を吐いて、男は手をひらひらとさせながら去っていった。


 残り二人はしばらく少女達を舐め回すような目付きで見ていたが、先に踵を返した男の背中を追うように離れていく。


「なによあれ」


「ほんとです! 上から目線です!」


 むっとしながら見送る二人は機嫌を悪くしたようで、肩を諌めて二人を宥める。


「冒険者なら良くあることだ。そんなことより、依頼でも受けようか」


 俺達は気を取り直して依頼板へ彼女達を連れていく。

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