第4話 意外な訪問者

 翌日の朝練を休んだ僕は、寮のベッドに寝転びながら天井を見上げていた。朝練を休んだのは、野球部に入ってから初めてのことだった。


 具合が悪いので休ませて欲しいと監督に申し出た。昨日の今日だから、間違いなく仮病だと思っただろう。しかし監督は、「知ってる。早く治せ」と言ったきり、それ以上詳しくは病状を聞いてこなかった。

 

 今頃グラウンドでは、甲子園を目指す資格を与えられた者たちが、今度はレギュラーの座を掴むために、厳しい練習に汗を流しているだろう。一方、資格を与えられなかった者たちは、練習をこなしながら、引退試合後の自分の役割を模索しているはずだ。三年生の歩む道は、一夜にして明と暗、大きく二つに別れたのだ。


 航太はスマホを手に取り、ラインアプリを立ち上げた。

 昨日送信した家族ライングループのメッセージを読み、小さくため息をつく。

 メッセージは既読になっており、母さんから『了解』のスタンプが押されていた。練習を休んでいることも相まって、罪悪感で押しつぶされそうになる。

 スマホを寝ている足下に投げ捨て、両腕で顔を覆った。


 室内は無音だった。寮はグラウンドから離れているから、練習の音も声も聞こえない。朝練中の寮がこんなに静かだなんて知らなかった。


 朝練が終わり、授業が始まる時間になってもベッドから起き上がることができず、ルームメイトには、「具合が悪いから休む」とだけ伝えた。


 ベッドに寝ているが眠気はなかった。目をつむると、ベンチ外になった現実が頭をよぎり、頭をかきむしりたくなる。かといって起きていると見回りに来た寮長に見つかる恐れがあるから、横になっているしかない。休んでこんなに落ち込むくらいなら、学校に行っとけば良かったと心底後悔した。


 十時を過ぎたくらいだろうか。部屋のドアがノックされた。

 寮長の見回りかなと思い返事をする。開いたドアからのぞいた訪問者の顔を見て驚いた。


「倉本、具合はどうだ」

 渋谷監督が、朝練を終えたままの恰好で、部屋に入らずドアの前に立っている。


 僕はベッドから起き上がり、監督に頭を下げた。

「もう……大丈夫です。あの、練習を休んですみませんでした」

「いいんだ。それより、起き上がれそうか」

「はい」

 ベッドを降り、監督の前で直立する。


 わざわざ部屋を尋ねてくるなんて、いったいどんな要件なんだろう。監督は僕が本当に具合が悪いとは思っていないだろうから、お見舞いということはあり得ない。

 監督が言った。

「お客さんだ」

「え?」

 咄嗟に自分を指差す。

「僕にですか?」

「お前以外に誰がいる」

 そう言い残し、監督は部屋を去っていった。どうやら、それを伝えたかっただけのようだった。


 お客とはいったい誰だろうか。まったく心当たりがない。寮に知り合いが尋ねて来るなんて、入寮のときに引っ越しの手伝いで母さんが来たとき以来だ。


 考えていても仕方がないので、スエットから白のシャツとグレーのパンツに着替え、部屋を出た。階段を降り、正面にある寮の玄関を見やる。そこには、小柄な人物がこちらに背を向けて立っていた。


 見たことのあるシルエットだった。近づいてくる足音に気づいたのか、その人物は振り返り、帽子を取った。

 すぐに誰なのか分かった。


「久しぶりだなあ、航太。元気だったか」


 ジジが、片手を上げてそう言った。


――続く

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