第43話 最後の夜


 盗賊たちの襲撃から一週間が経過し、ついに十二月となった。腐っていたり壊されていたりした柵の修理も終わり、村の守りは以前よりも堅固になった。


 それと同時に村の子供たちが柵に空いた小さな穴から抜け出し、森へ遊びに行っていたことが発覚して、ちょっとした騒動になった。


 だが柵の修理はもう終わったので、これからはもう子供たちが脱走する危険は無くなったはずだ。


 それはさておき、俺はこれまでに新たな職業として彫金師と調理師を手に入れた。


 まず彫金師というのは宝石や貴金属などを加工してアクセサリーを作る職業だ。


 今のところ、そういった高価な素材を手に入れる当てはないため、この職業の出番は当面ない。


 ではなぜ彫金師を取っておいたのかというと、魔術師を取ったからだ。というのも、この魔術師と彫金師のレベルをカンスト、つまり九十九まで上げることで彫金師から魔道具師という上級職に転職することができる。


 この魔道具師はその名のとおり、魔道具を作ることができる職業だ。


 レベル上げがかなり大変なので魔道具師になれるのはかなり先になるとは思うが、少し余裕のある今のうちに取っておいてしまおうというわけだ。


 調理師のほうはというと、もちろん生活のためだ。


 この村を出ればジェシカちゃんたちには当然頼れなくなる。となるとやはり自炊する必要が出てくると考えたのだ。


 もちろんアンバーさんが本拠地としている町はこの村のように自給自足というわけではないだろう。だが、日本のようにコンビニと電子レンジが完備されているなんてことはいくらなんでもないはずだ。


 外食だってどれくらいお金がかかるのかは分からないのだから、自炊はできるに越したことはない。


 少しでも節約して生活基盤を整えなければ、などと考えてしまうのはいまだにブラック社畜根性が抜けていないからだろうか?


 そんな話はさておき、俺は今日も森へ狩りに出掛けてイノシシを狩って帰ってきた。


 すると門の警備をしている村の男が声を掛けてきた。


「よう、ユート。今日はイノシシか?」

「ああ。楽しみにしておいてくれよ」

「おう。あ、そうだ。またロックハート商会が来てるぜ」

「お! 本当か? ありがとう! あ、でもさばいてもらってからだな」

「だな」


 俺は重たいイノシシを担ぎつつ、ロドニーの家を目指すのだった。


◆◇◆


 ブレンダさんにイノシシを預け、俺はロックハート商会の露店へとやってきた。 


「おっ! ユートやん! 久しぶりやな。元気しとったか?」

「アンバーさん! はい。なんとか」

「なんや。ぼちぼちかいな」

「まあ、先週盗賊がきましたし」

「盗賊やて? はぁ~、やっぱ王都の勇者連中の詰めが甘いせいやな」

「詰めが甘い?」

「せや。あいつらちゃんと殲滅せんめつせんのや。せやから魔物も盗賊も追っ払われるだけのことが多いそうでな。んで、別んとこで結局被害が出るんや」


 ああ、そういえば前回の盗賊もフォレストウルフに襲われた件も彼らのせいという話を聞いたような気がするな。


「ま、ええ。ユートが五体満足やったんやしな。それより、どうするんや? 決めたんか?」

「はい。お世話になろうと思います」

「そうか。ならすぐ手続きしよか。体借りるで」

「え?」

「なんや、ウチと来るんやないんか?」

「いや、行きますけど……」

「なら善は急げや。今から村長さんのとこ行くで?」

「え? あ……」

 こうしてアンバーさんに引きずられて村長のところに向かったのだった。


◆◇◆


 あれから村長のところで大量の書類にサインをさせられ、俺が解放されたのは夕方になってのことだった。


 それからは俺の出立を祝ってくれるということでロドニーの家にご近所さんが集まり、食事会を開いてもらった。


 もちろんメインディッシュは俺が今日狩ってきたイノシシの肉だ。


 主役が中座するわけにもいかず、最終的に自由になったのは夜遅くになってからだった。


 アニーちゃんにはまた泣かれてしまったし、ジェシカちゃんもやはり寂しそうにしていた。


 ロドニーとブレンダさん、それに村のみんなも残念がってはいたけれど、あまりしんみりとした感じではなかった。


 もしかするとこの村ではこういったことは普通なのかもしれない。


 みんなは農奴なのでこの村から出られないが、平民は自由に移動できる。だから平民がたまにやってきても、しばらくするとふらりといなくなってしまうのだろう。


 だから、去る者は追わない。


 俺がいなくたってもともと村は回っていたのだし、俺が去ってもきっと村は回っていくのだろう。


 必死に村のためにと頑張ったところを村長にまんまと利用されていたわけだし、結局のところ俺がいなくてもこの村はなんとかなるのだ。


 だからきっと俺の働いていたブラック企業だって……。


 取り留めもなくそんなことを考えていると急に日本のことを思い出した。もうブラック企業での仕事に未練はないが、やはり日本にいる家族のことは気になる。


 やはり心配されてるよな……。いや、意外と便りがないのは元気な証拠とか言って心配されていないかもしれない。


 自宅のベッドにゴロリと横になり、見慣れた天井を見上げる。


 あと何日、ここで寝るのだろうか?


 いつ出発するのかはまだ聞いていないが、アンバーさんと一緒に俺はこの開拓村から出る。


 そう考えると、別に快適なわけでもない粗末なこの小屋を離れることに一抹の寂しさを覚えるのだから不思議なものだ。


 ああ、きっと俺は思いの外この暮らしが気に入っていたのだろう。電気もガスも水道もなければネットすらもない。娯楽はないし食べ物だって安定していない。


 そんな暮らしでも頑張れたのは間違いなくロドニー一家のおかげだし、彼らと一緒に笑い合った時間はとても大切なものだったのだ。


 これはブラック企業で社畜としてこき使われていては決して感じることが出来なかった気持ちだろう。


 ロドニーたちがいたからこそ、村長に騙されていたときだってなんとか頑張れた。


 そうして彼らにしてもらったことを考えるとなんだか温かい気持ちになり、新天地でもうまくいくような気がしてくる。


 よし。村を出ても頑張ろう。


 そう決意をして瞼を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきて、俺は深い眠りへと落ちていったのだった。


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 次回更新は 2022/07/23 (土) 12:00 を予定しております。


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