第38話 襲撃、再び(2)
「ジェシカちゃん、目をつぶっていて」
「……大丈夫です。ユートさん、お願いします」
どうやら俺の気遣いは無用だったようだ。ジェシカちゃんはそう言うと強い意志を感じさせる瞳で俺を見てくる。
「分かったよ」
俺は剣をそっと地面に置いて矢を番え、慎重に狙いを定める。
チャンスは一回だけだ。失敗は許されない。
この距離で外すことは考えられない。だが大変なのは悲鳴すら上げさせずに仕留めなければならないことだ。
一体何人の盗賊が忍び込んでいるのか分からない。
そんな状況で悲鳴を上げられてしまえば聞かれてしまえば盗賊たちは仲間が攻撃されたと考え、総攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
ここで一人やられたら撤退してくれるなどと考えるのはきっと楽観的すぎるだろう。
何しろ平気で村の女の子を誘拐し、乱暴しようとするような連中だ。
それにボスの男が殺されているにもかかわらず、平然と村に襲い掛かってきている。
もちろんボスの男が殺されたことを盗賊たちが知っているのかは不明だが、ボスがいないのにもかかわらずこれほどスムーズに動けているのだ。
はっきり言って、前に襲ってきた盗賊よりも相当手ごわいことは間違いない。
そう考えると緊張してしまうが、俺は『+』マークの周囲にゆっくりと描かれる円に全神経を集中する。
そしてちょうど一周して繋がったピッタリのタイミングで矢を放った。
パシン! という小気味のいい音と共に放たれた矢はすぐに闇に溶け、一瞬にして盗賊の男の頭を射貫いた。
よし! 完璧だ!
男はその場に声を上げることなく崩れ落ち、同時に持っていた松明が地面に転がった。
ジェシカちゃんのほうを確認すると、小さくガッツポーズをしている。
フォレストウルフに襲われたときにも思ったが、ジェシカちゃんはその幼い見た目とは裏腹にかなり肝が据わっているように思う。
俺は小さく
すると再び明かりが見えてきた。
しかも今度はジェシカちゃんの家のすぐ隣だ。
くそっ! あいつ! ジェシカちゃんたちの家を! ブレンダさんとアニーちゃんを焼き殺すつもりか!
思わず頭に血がのぼるが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「ジェシカちゃん」
「はい」
俺たちは建物の陰からこっそりとその光に近づいていく。
あれは……ジェシカちゃんを担いで盗賊のアジトまで連れ来た男だ。
こいつのせいでジェシカちゃんは怖い目に遭ったんだ。
そしてさらにジェシカちゃんの大切な家を、家族を奪おうとしている。
そんなことは絶対にさせない!
俺は再び弓を構え、円がちょうど一周して繋がったピッタリのタイミングで矢を放った。
これ以上ないほどの完璧なタイミングだった。
矢は先ほどと同様に頭に命中し、男は力なくその場に崩れ落ちた。
松明も地面に転がっており、まずは一安心といったところか。
「ジェシカちゃん」
「はい。ありがとうございます」
「うん」
俺たちはそのままジェシカちゃんたちの家の扉を開け、中に入る。
「お母さん! アニー!」
「ジェシカ!? ああ! ジェシカ!」
「おねえちゃん!」
ブレンダさんとアニーちゃんが目をまん丸にして驚き、それからブレンダさんは目に涙を浮かべながらジェシカちゃんを抱きしめた。
アニーちゃんはジェシカちゃんのお腹に頭をぐりぐりと押し付けながら抱きついている。
ああ、良かった。これでひとまずは大丈夫だ。
あとは!
俺が残る盗賊と戦うため、外に出ようとするとジェシカちゃんが声を掛けてきた。
「ユートさん!」
「ん?」
「あの、がんばってください。それから、その、どうかご無事で」
「あ、ああ。うん。ありがとう」
ジェシカちゃんは不安そうな表情をしているが、そう言ってくれた。
日本にいるときは考えられなかった文字通り命がけの仕事だ。
今日だけでもう三人殺しているとはいえ、それでもやはり怖いものは怖い。
だがこうして無事を願ってもらえるというだけで、なぜか勇気が湧いてくるのだから不思議なものだ。
「ユートさん、ジェシカを連れ戻してくれてありがとうございます」
「はい」
「必ず無事で戻ってきてください」
「もちろんです」
ブレンダさんにもそう念を押された。
「ユート、かえってきてね?」
「もちろんだよ」
「ぜったい?」
「うん。ぜったい。だからいい子にお留守番してるんだよ?」
「……うん」
俺はアニーちゃんとも約束をすると、ジェシカちゃんたちの家を後にしたのだった。
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次回更新は 2022/07/14 (木) 12:00 を予定しております。
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