夢のあとかた 或る名前

サキノ

青き夏のエピローグ

(2016/07/08・ET-ATL 成田空港にて)



 この空港には初めて来たはずなのに、漠然と懐かしいような気がした。うちの拠点空港とはずいぶん様子が違う、夜の帳が降りても明るい国際線ターミナルの片隅、ずっと前に会ったきりの懐かしい背広姿を見つけ、苦笑する。

「やっと会えましたね」

「…なんだ、今更」

 呼びかければ、振り向いた彼は明らかにうろたえたような顔をして目をそらし、しかし短く応えた。

「なんだじゃないですよ、ペインフィールドじゃさよならも言わせてくれなかったじゃないですか」

「……」

 眉根を寄せ、きまり悪そうに彼は押し黙る。私は彼に一礼した。

「私を望んでくれてありがとうございました」

「……っ」

「あなたが望んでくれたから、私は私として機生を受けたのです。あなたが望まなくても12号機は生まれたでしょうが、それは私ではなかったでしょう。この心臓はあなたにもらったものです」

 私の憧れだった人。私はあなたの隣で働きたかったのです。生まれたときから、ずっと。

「…………JA、805、A、」

 躊躇いながら彼が口に出した、懐かしく忌まわしい機体記号。彼の声でそう呼ばれることを、私は生まれてからずっと望んでいた。だけど、もういいのだ。

「いいえ。その名前はもう私のものではありません、私の名前は」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る