第3話 始まる、高校生。−3

 1階上の階段から顔を出してほほ笑んでいる武藤先輩の姿が見えた。


「武藤春日…」

「武藤春日〜?」


 上にいるのにしっかり聞こえるのか、やばいな…。武藤先輩が階段を下りる足音がした。笑っているけど中を読めない顔をして俺の前に立ち止まった。

 やはり3年だな、スカートも短いし髪の毛も染まってる。近いところで見ると武藤と似ているような気がした。


「なんって言った〜?」

「む、とう…先輩…」


 壁まで押された俺の目の前には武藤先輩の顔が近づいて来た…この人、何をする気だ。すぐ前に立って何も言えずに俺を見つめた。

 

「フッ。」

「なんですか…?」


 顔を突き合わせる武藤先輩。


「な、なんです…」


 武藤先輩は更に近寄って俺に耳打ちをした。


「また、あの時のように面倒を見てあげようか?」

「…」

「それが欲しい〜?」

「いたずらはやめてください!」


 マジで怖い人だ、武藤春日。

 わざとあの時の記憶を引き出せるとは…。


「また、こっち完全に治ってないでしょう?」


 言いながら左手で俺の左足を触る武藤先輩、緊張して今まで意識していなかった苦痛が更に感じられるくらいだ。

 変な気分だ、武藤先輩が触るだけで足に力が入らない。


「…あ」

「うん?」

「すみません…」

「冗談よ〜面白いね。春木は。」


 目の前で変なことを言われてすごく緊張した。

 俺にとって武藤春日はマジで苦手な人なんだ。やさしい武藤恵とは完全に違う人、彼氏もよく変えるし遊びといたずらが好きだけど成績は上位。

 普通の人じゃないのは見た目でも分かる、だから怖いんだ。

 

「もう帰る時間だね。」

「そうです。」

「迎えに来た人もいるし、いい高校生活よね?」

「はい…?」


 前に立っている武藤先輩がどいてから、その後ろにいる人が見えた。二人きりのこの状況を見ていたのは通りすがりの武藤恵だった。

 俺たちを見た武藤の顔が少し固まっていた。


「お姉さん…」

「うん!恵!」

「私が邪魔したかな…」

「全然?」


 武藤の視線が話しながらちょいちょいこっちを向いていた。俺は武藤の目を逸らして二人に言った。


「帰ります。また明日。」

「うん。バイバイ、春木〜」

「はい。また明日。」


 階段を下りて、やっとあの人の掌から逃げた気がした。先輩が耳打ちをする時には驚くよりは恥ずかしかった感情が溢れていた、彼女から嫌な記憶を思い出した。

 なんであの時の俺は先輩に…まぁーいい。


「それはそうだとしてもあの人、高山だったのか…」


 何かすごく力が抜いた感じだな、明日から絶対あの人を避ける。


「春木。」


 自転車で帰る康二と木上が一緒にいた。


「あ、今帰るのかい?」

「そうな。」

「そうだ、春木部活はどこを選んだ?」

「読書部なんだけど…」

「ええ?本当にそこに入ったか!」

「まぁー静かでいいだろう。」


 そう、すごく気に入ったわけでもないが、とにかく一人で静かに部活をしたいから仕方なかった。家に帰っても本を読むだけだから、他の人のように幸せの学校生活は俺にはできない。

 今日は推理小説でも読もうか。

 

「じゃ僕たちは行くからまた学校でね。」

「ん。」

「バイバイ。春木。」

「ん。」


 この春、桜が舞い散る高山高校に入学した。

 でもこんなに綺麗な桜を見逃すのはもったいないから、少し寄り道をする。高山の坂道を下りたら右側に大きいな桜木がある。放課後だからみんなはもう家に帰った時間、ここには俺一人しかいない静かな場所だ。

 カバンから本を先に出して桜木の真下まで歩いた。

 突然、吹いてくる風に木の枝が大きく揺れて空に桜が舞い散った。その中にはある女の子が遠いところを眺めていた。


「あ、加藤さん?」


 武藤恵…

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