第6話:リリの正体

 部屋のインターフォンを押すと、ロゼが二人を出迎えた。


「あ、リリちゃん。あれ?お友達も一緒?」


「あなたのせいで街から出られないのよ」


「一旦帰らせれば良かったのに」


「あなたがゆめが狙われてるって言うから!一人に出来ないでしょう!」


「狙われてる!?えぇ!?私が!?何に!?」


「それも含めて話す。ゆめ、そこのソファにでも座ってて」


 我が家のような振る舞いをするリリを見て夢鈴はここがリリの家だと勘違いしかけたが、ロゼが「ここ、リリちゃんの家じゃなくて俺の家ね」と夢鈴の心を読んだように否定した。


「そ、そうなんですね……この部屋は安全なんですか?」


「うん。大丈夫。俺とリリちゃんが居るから」


「ゆめ、こっちの部屋入ってきちゃだめよ。そこで待っててね」


「そう言われると入りたくなっちゃうなぁ」


「絶対駄目。ゆめには刺激が強すぎる」


「……えっ。何?余計気になるんだけど」


「とにかく。座ってて。すぐに済むから」


 手を離し、部屋の中に入るリリ。夢鈴も大人しく言いつけを守り、ソファに腰掛けた。

 部屋のベッドの上には素っ裸の男性が放置されていた。リリは彼を操り、服を着せて部屋から出す。


「ロゼ。ゆめに何かしたら殺すから」


「死なないけどねー」


「……もう協力しないわよ」


「それは困る」


「ゆめ。この人を返してくるから、少しだけ待ってて」


「う、うん……返す……?」


 男性を連れて玄関を出ていくリリ。マンションの一室に、夢鈴はロゼと二人取り残される。


「そういや自己紹介まだだったね。俺はロゼ。リリちゃんとは……そうだなぁ相棒みたいなものかな」


「相棒?親戚って聞きましたけど……」


「あぁ、そういう設定だったね」


「設定……?」


「まぁ気にしないで。で、君の名前は?」


「夢鈴です。円谷夢鈴。夢鈴ゆめりです」


「夢鈴ちゃんかぁ……ふぅん。可愛い名前だねぇ」


「……ありがとうございます」


「んな警戒しないでよ。別にとって食ったりしないよ。俺、男の方が好きだし」


「……先ほど出て行かれた男性はもしかして、恋人ですか?」


「いや。そういうのじゃないよ。彼はただのご飯」


「ご飯……?」


 なんだか不思議な人だなぁと夢鈴は苦笑いする。そこでふと、リリが自分は人間では無いと言っていたことを思い出した。もしや、彼も人間ではないのだろうか。問うと、彼は「そうだよ」と笑った。


「……人を食べる種族なんですか?」


「そう。けど安心して、食べるのは人間の精気だから。肉食動物みたいに、肉に食らいつくわけじゃない。精気はほっとけば回復する。全く害がないとは言わないけど、命を奪うようなことはしないよ」


「……リリちゃんも、同じなんですか?」


「大まかに言えばね。俺達は淫魔って種族なんだけど、男と女で名前が違うんだ。男の俺はインキュバス、女の彼女はサキュバス」


「インキュバス……サキュバス……」


「……ちょっとロゼ。何ペラペラと私の正体バラしてるのよ」


 戻ってきたリリが、ロゼに蹴りを入れた。


「痛っ!いいじゃない。どうせ話すつもりだったんでしょー?」


「はぁ……全く……」


「……お帰り。リリちゃん」


「ただいま。……ロゼが話した通りよ。私達は人間の精気を啜って生きる醜い悪魔なの」


「……精気を吸うって、具体的にどうやって吸うの?」


「基本的には人間が性行為って呼んでる行為と変わらない」


「せ——!?」


 サラッと言うロゼの頭をリリが叩く。夢鈴は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「……私達は人間の精気を吸わないと生きられないの。死ぬわけではないけど、身体は生きているけど元気がない状態がずっと続いてしまうの。人間に例えるなら、精気を吸うことは私達にとっては食事と同じことなのよ」


「ご飯ってそういう……」


「そ」


「……あの……じゃあその……リリちゃんは……私と恋人になったとしても……その……」


「……あなたが毎日精気を提供してくれるなら他の人間から吸う必要は無いわ」


「ま、毎日は……難しい……かも……というかその……え、えっちなこと……しなきゃいけないんだよね……」


「そこまでする必要はないわ。キスだけで充分吸えるから」


「で、でも毎日しなきゃいけないんだよね……」


「……出来ない?」


「うぅ……」


「足りなかったら俺が吸ったやつあげても良いけど」


「絶対嫌」


「えっ。吸ったやつ分け与えられるんですか?」


「人間から吸うのと変わらない感覚で吸えば良いだけ」


「つまり……」


「つまり、俺とキ「絶対しない」俺は別に構わないけど?「私が嫌なのよ。気持ち悪い」そこまで言わなくてもー……」


 吸精しないと生きられない。リリもロゼもずっとそうやって生きてきた。つまり、リリは自分の知らない誰かと毎日——。夢鈴は想像を慌ててかき消す。


「……ゆめ。……私があなたと恋人になれないと言った理由はこういうことよ。私は毎日吸精する必要がある。……恋人が自分以外と性行為をするのは嫌でしょう?」


「ま、毎日、私がキスすれば、他の人から吸う必要は無いんだよね?」


「毎日よ。出来る?」


「が、頑張る。頑張るから……リリちゃんを、独り占めさせてほしい……」


「……ゆめ……」


「……俺ちょっと散歩してくるから。あとはごゆっくりー」


 空気を読んで出ていくロゼ。彼が玄関を出たところで、リリはすぐさま鍵をかけた。


「えぇー……マジで?信用なさすぎでしょ……てか、俺の家なんですけど……」


 締め出されたロゼは苦笑いしてため息を吐き、マンションを出た。

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