第2話:マシュマロみたいな女の子

「おはよう。リリちゃん」


「おはよう。ゆめ」


「朝からリリちゃんに会えるなんて。今日はついてるなぁ。へへ……」


 そう照れ笑いしながらリリの隣を歩くのは、

 リリの同級生の円谷つぶらや夢鈴ゆめり。ずんぐりむっくりな体型をした可愛らしい女の子だ。ショートボブの短い髪が顔の丸さを際立たせている。ふっくらと丸みを帯びたその体を見て、リリは思わず「マシュマロみたい」と呟く。


「えっ?マシュマロ?」


「あぁ……ごめんなさい。……昨日食べたマシュマロが忘れられなくて」


 ふわふわで甘いお菓子。ロゼは苦手だと言っていたが、リリはすっかりあの食感の虜になっていた。ロゼ曰く、女性の精気はあんな感じらしい。そう言われてしまうと、気になって仕方がない。


「誰がマシュマロボディじゃ!」


 ぺし。とツッコミを入れるようにリリを手の甲で叩く夢鈴。リリが驚きながら謝ると、夢鈴はハッとして手と首を横に振った。


「あ、お、怒ってるわけじゃないよ。日本には、お笑いって文化があってね……」


 謝られるとは思っていなかった夢鈴はあたふたとし始める。


「ふふ……ごめんなさい。からかっただけよ。私、生まれも育ちも日本だからそれくらいわかるわよ」


「あ、そ、そうか……そうだよね。あはは」


 気まずそうに照れ笑いする夢鈴。リリに親は居ないが、外国人っぽい容姿を誤魔化すために学校ではハーフということになっている。姓は南條なんじょう。適当にその辺で目についた表札の苗字を拝借した。戸籍の偽造など悪魔にとっては朝飯前だ。


「にしても、マシュマロかぁ……あ、マシュマロといえば、"もちはだ"っていうマシュマロ専門店知ってる?」


 昨日ロゼが買ってきたマシュマロの紙袋にそんなような名前が書いてあった。


「昨日食べたのそれかも」


「えっ、そうなの?いいなぁ。私も行ってみたいと思ってるんだけど、結構人気あるらしくて。人、並んでなかった?」


「そうなの?友達がお礼にって買ってきてくれたから分からないわ」


「お礼?なんのお礼?」


「……釣りに付き合ったお礼……かしら」


「えっ。リリちゃん釣りするの?なんか想像付かないな……」


「ふふ。割と得意よ。昨日はこんな大きい獲物を三匹も釣ったわ」


 両手を広げて大袈裟に語るリリ。間違ったことは言っていない。釣ったのが魚ではなく人間だというだけ。


「盛ってるな?」


「ふふ。少しね」


「もー」


「ふふふ」


「ふふ。にしてもリリちゃん、マシュマロ好きだったんだね。知らなかった」


「昨日初めて食べたの」


「あ、そうなんだ」


「友人は苦手だって言ってたけど……私は気に入った」


「ふぅん。そんなに」


「あのふわふわの食感がたまらないの」


「もうすっかりマシュマロの虜だねぇ」


「ええ。そうみたい」


 男性の精気は、例えるなら肉や魚だ。その人間の健康状態にもよるが、筋肉質な人ほどさっぱりとして白身魚のような、鶏の胸肉のような、淡白な味がする。脂肪が多ければそれだけ脂っこい。健康な人の精気ほど味が良い。故に淫魔は若い者の精気を好むが、若すぎてもいけない。例えば、今二人がすれ違った、友人を追いかけて通学路を走るランドセルを背負った少年なんて、まだ熟していない果物のようなものだ。果物や野菜に旬があるように、人間の精気にも旬がある。十代の終わりから三十手前の若者が一番好まれる。とはいえ、好みもあるため、まだ熟しきっていない精気を好む淫魔もいれば、旬をすぎて熟成しきった精気を好む者もいる。リリの好みは二十代前後の脂肪分が少なめで筋肉質な男。

 ——だったのだが、今は隣を歩くマシュマロが気になって仕方ない。


「……リリちゃん、聞いてる?」


「……へっ!あぁ、ごめんなさい……聞いてなかった」


「もー……。リリちゃんをそんな風にしちゃうなんて。マシュマロに妬いちゃうなぁ」


「……マシュマロを……焼く……」


 ロゼがくれたマシュマロの箱に書いてあった。マシュマロは焼いても美味いと。


「いや、リリちゃん。焼きマシュマロじゃなくて、嫉妬しちゃうって意味だよ。もー!戻ってきてよー!」


「はっ……ご、ごめんなさい」


「……そんなに美味しかったならさ、今度、連れて行ってくれない?私も食べてみたいな。専門店のマシュマロ」


「ええ。良いわよ」


「本当?やったぁ!ふふ。約束ね」


「ええ」


「楽しみだなぁ。マシュマロ〜♪ふふふ」


 そんなにマシュマロが好きだったのねとリリは、浮かれる夢鈴を微笑ましい目で見る。夢鈴が浮かれていたのはマシュマロ以外にも理由があるのだが、リリはまだそのことに気づくよしもなかった。

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