第6話『ツッチー、大地に立ってから三年後。難破船』

「……船? の破片か?」


船尾側らしい大きな残骸が波に打ち上げられていた。


見回せば少し離れたところに、船首側の残骸も打ち上げられている。


「昨晩の台風で真っ二つになったか」


風にあおられ、岩礁で船を裂かれでもしたのだろうか?


きれいに二つになっているが原型をとどめている部分も多く、中に人もいるかもしれない。


救助活動にあたるべきだろうかと考えつつ、魔人という立場上、人間と敵対しているのではないか? という自らの存在意義に対する恐怖心が、異世界にやってきて三年経った今、唐突に芽生えた。


「見た目は変わらないんだが……どうなんだろう」

「ツッチー? どうしたの?」


妖精が不意にブツブツ言い出したオレを心配げにのぞきこむ。


「いや。オレってパっと見は人間なのかなって。どうなんだろ? どう思う?」

「え?」

「え?」


心底ありえないという疑問符が妖精から返ってきて、思わずオレも同様にびっくりした声を返す。


「そんなわけないでしょ? 髪の黒い人間なんているはずないわ」

「……そうなんだ?」


どうやら、この世界の人間の髪は黒くないらしい。


「体に黒い部位を持つのは、強力な魔人に限られるのよ? だから初対面の時にすぐにツッチーが魔人ってわかったんだし」

「ああ、あの時……」


今とはまったく距離感は違うが、あの日の妖精は疑う事なく初対面のオレに対して魔人かと問うてきた。


「オレは……強力な魔人だった?」


ふるふると手を震わせ人間ではないという実情にショックを受ける、ごっこをしてみるものの。


「……」


ノーリアクションの妖精さん。


「あれ? 同意がないね?」

「うーん、どうなんだろ? 強力、なのかなぁ?」


判断に困るらしい。


確かに世界トップレベルの土いじりスキルというのも微妙な所か。


「じゃあさ、魔力がみなぎっているオーラとかでてない?」


スタイリッシュなポージングをしながら聞いてみる。


「あー。それはあるかも? 近くにいるとポカポカするもの。すごく寝心地がいいわ!」


湯たんぽ扱いであったか。


最近、くっついて寝るようになったのは、仲が良くなったからというわけでもないらしい。


「ツッチーの『浸食支配』だっけ。見た事も聞いた事もなかったし、きっと珍しくて強力なスキルだと思うけど……」

「けど?」

「……パッとしないっていうか。地味っていうか。すごいんだけど、すごさが伝わりにくいのよね」

「わかる」


生活面ではかなり便利だが、強い魔人! っていうスキルかというとどうだろうね?


いや、さっきも言ったけど、ヒマにあかして戦闘に使えるような土いじりもできるようになったけど。


炎とか風とか水とかが繰り出す攻撃とかって想像するだけで派手だし、比べられるとどうしても見劣りする。


腕に炎をからませてカッコいいポーズとか、氷の武器とかをカッコよく構えたりとか、風で宙に浮いて腕組みをしたりとか、どれも魔人見参! ってカンジじゃない?


これを土でやろうとすると、ねぇ?


などと、傷心していると妖精がたずねてくる。


「それで、どうして急にそんな事を気にしたの? 人間に見えるか、なんて」

「ああ、そうだった。いや、もし船の中に生き残りがいたら、オレを見たらびっくりしちゃうかなって」

「生き残り……いるかなぁ」

「いないならいないで、あまり入りたくもない」


生き残っていない方々が船内にまだいらっしゃる確率もあるのだから。


正直、そっち方面の耐性はあまりない方だと思うので、どうしても腰がひけてしまう。


怖い映画でもびっくり系ホラーはいけても、グロテスクなのとスプラッターは無理だった。


流血シーンがどうにも苦手すぎる。


誇張表現であるとわかっていても、血の気が引くというか、背筋がぞわわわわわっとするというか。


「とりあえず行ってみましょうよ。色々とお宝があるかもしれないわよ。ツッチーも服とか欲しいでしょ?」

「言われてみれば。大自然スタイルに慣れすぎてた」


いまさらだがオレはここ最近スッポンポンである。


もうなんか色々と面倒になって、腰ミノすら最近はつける事がなくなった。


足の裏の皮もずいぶんと丈夫になったものである。


実際は、歩く時に接地する部分だけ地面をちょっと柔らかくして歩いているのだが。


「状況的に仕方ないから黙ってたけど。アタシ、女の子だからね?」

「……なんかそう言われると急に恥ずかしくなってきた」


もぞもぞと内股になるオレ。


「……アタシも」


顔を赤くしてそっぽを向く妖精。


ちなみに妖精は昔も今も花と草で作ったワンピースのようなものをまとっている。


羽根を出すために背中が大きくあいており、なかなかにスタイリッシュだ。


また髪や服に飾る花もちょこちょこ変えているあたり、けっこうオシャレさん。かわいい。


「じゃ……なんか探してみようか」

「う、うん……」


意識しだしすと、互いに目も合わせられなくなってしまった。


実に微妙な空気だ。これを打破するためにも、船内の遺留物の中に衣服がある事を願ってやまない。


「とりあえず、この目の前の船尾側の残骸から入ってみよう」

「はーい」


そしてオレたちは真っ二つに割れて横倒しになっている船の残骸の中へと踏み入れた。

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