第26話 思い込み

「ふぅ……」


 一息ついて、教会近くの露店で買った焼き菓子をかじる。クラリスの回復を待つ間、俺とリゼは中庭のベンチでぼーっとしていた。


「クラリスさん、元気になると良いですね」

「ああ、まあヤガーの作った薬だ。多分大丈夫だろ」


 リゼの言葉に気の抜けた返事を返し、俺は薬を持ち込んだ時の事を思い出していた。


 葬式のような雰囲気の中、クラリスを看病する両親……リドリー氏とアナスタシアさんが居た。


 てっきり俺は責められるものだと思っていたが、彼らは俺の顔を見るなり頭を下げて感謝の言葉を述べた。


『娘のために東奔西走してくれてありがとう』


 その言葉を聞いてから、俺はずっと考えている。


 どうしてミスをした俺に、こうも優しく接してくれるのだろうか。


「……思い込み、かぁ」


 リゼのお父さん……の幽霊に言われたことを思い出した。思い込みは自分の幸せを逃がす。


 俺はクラリスとその両親へ、彼らが厳格でそれを他人に強いるような性格だと思い込んでいた。


 リゼは、自分が俺の重荷になっていると思い込んでいた。


 多分、そういう事なんだろうな……


「リック様? なんかしんみりしてますけど……どうかしましたか?」

「いや……もうちょっと柔らかく考えた方が、色々と幸せなんだろうな、ってさ」


 隣に座るリゼは不思議そうな顔をして俺を見る。そんな彼女を見て、俺は無意識に髪を撫でていた。


「えへへー……リック様が優しいので嬉しいです」

「そうか? いつも通りだろ」

「そんなことないですよー」


 むしろ彼女が、無意識のうちに遠慮していた色々が無くなったおかげで、素直に甘えるようになった気がする。


「……リゼは、すごいな」

「?」


 だから、俺もちょっと素直に自分の想いを伝えておくことにした。


「親父さんが死んで、自分も奴隷に落とされても、ずっと明るく振る舞っている。俺だったら、そんなには出来ないよ。俺がここまでこれたのは、リゼのおかげだ」

「泣かせようとしても、ダメですよ」


 そう言ってリゼは笑う。別にそんなつもりは無いんだが、確かにそういうのと取られてもおかしくなかった。


「……私が明るくいられたのは、リック様が居てくれたからなんです。リック様が居なかったら、私は自棄になっていました」

「……」


 なるほど、そうか……俺は、俺ばっかりが助けられてると思っていたけど、知らないうちに誰かを助けていたらしい。


「俺たちは二人で居られたから、ここまで来れたって事か」

「そういう事ですねっ、これからも頑張っていきましょう、リック様!」

 


――



「リック君、クラリスの事……礼を言おう。そして、約束通り中央評議会へのコネクションも、与えるつもりだ」


 後日、クラリスの容態が安定したとの知らせを受け、俺はリドリー氏の邸宅を訪れていた。


「ありがとうございます。リドリー評議員」


 初対面ではなく、娘のクラリスを救ったからか、彼の表情と口調はいくらか穏やかだった。


「これからは、ギルド経由の依頼の他に、共和議会より発布される依頼を受けることも許可しよう」


 冒険者にとってギルド経由の依頼と、それ以外の依頼には大きな違いがある。それは難易度と報酬、そしてバックアップだ。


 ギルド経由の依頼は基本的に「ギルドの信用」を元にバックアップをしてもらえる。これは依頼を受けていれば危険地域へ侵入できるなど、行動の自由を保障するものだ。


 対してそれ以外の依頼には「依頼者の信用と財力」によるバックアップが望める。勿論難易度は跳ね上がるものの、諸経費や応援物資の質はギルド経由の依頼と比にならない。


「君なら平気だと思うが、くれぐれもエルキ共和国の名前を背負っていることを忘れるな、以上だ」

「はい、期待に恥じぬ働きを致します!」


 力強く、俺はリドリー評議員に共和国式の敬礼をした。



――



「ふぅ、やっぱり偉い人の家は、息が詰まりますねえ」

「リゼの家も結構『偉い人の家』っぽいけどな」


 待合室で待機していたリゼを迎えて、俺はリドリー邸の廊下を歩いていた。窓から差し込む陽光は柔らかで、歩いていても眠ってしまいそうな暖かさだった。


「私の家は私の家ですもん、自分の家で緊張する人は居ませんよ」

「まあそりゃそうなんだが……ん?」


 リゼの物言いに苦笑しつつ、ふと視線を感じてそちらを見る。


「やあクラリス、身体はもう大丈夫なのか?」

「……」


 視線の主はクラリスだった。彼女はまっすぐ俺を睨みつけたまま歩いてくると、俺の進路をふさぐように立ちふさがった。


「……」

「……えっ?」


 なんだろう? 俺、何か変なことをしたか?


 少し考えたが、クラリスには感謝されることはあっても睨まれるようなことをした覚えは無かった。


「……」

「あ、あのー? クラリス?」

「っ!? ――!」


 むしろまだ気分が優れないのかと思って、肩を貸そうかと一歩踏み出したところで、彼女は戦闘時並みの俊敏性で距離を取って、走り去ってしまった。


「え、一体何……いてっ!?」

「むぅ……」

「リ、リゼ? なんで叩くん――いてっ、いててっ!」


 突然不機嫌になったリゼにぽかぽかと叩かれながら、俺はよく分からないままリドリー邸を後にした。

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