第24話 リゼ

 何もない真っ暗な空間。私はそこでふわふわと漂っていた。


 どちらが上だか下だか分からない。死んでいるのか生きているのかさえも。


「……」


 どうして自分はここに居るんだろう? あの人はどこに居るんだろう。


 視界の先で、目に焼き付いていた映像が再生される。


 たくさんの最下級竜種を相手取り、完璧なコンビネーションでそれを倒す二つの影。


「……そっか」


 私は、もう要らないのかもしれない。


 あの人は優しいから、絶対にそんな事は言わない。でも、クラリスさんみたいにあの人を護れるわけでも、ヤガーちゃんのようにいろいろな道具で役に立てるわけでもない。


 三頭狼との戦いでも気絶して役に立つどころか迷惑をかけたし、その結果、毒竜討伐では戦力外通告をされていた。


 挙句、この峡谷で足を滑らせて溺れる始末。たとえここで生き残っていたとして、私は彼に顔向けできるのだろうか?


 いっそ、彼の重荷になるくらいなら……


 そこまで考えて、私の眼から涙が溢れるのを感じる。


 死にたくない。

 傍に居たい。

 支えたい。


 でも私は、彼に求めている事の半分でも返せているだろうか?


 居る意味が欲しい。

 役に立てる何かが欲しい。

 この恩を返している実感が欲しい。


 手に入らないものが一つ増えるたびに、涙の量が増える。彼の前では絶対に見せなかったもの、見せたくなかったものが溢れて止まらない。


「っ……!?」


 不意に光る靄が現れ、そこから飛び出した手が、うずくまって泣きじゃくる私の腕を、強く握りしめた。


 その手の感触は覚えがある。


「やだっ、やめてくださいっ……」


 いつだって優しく私を受け入れてくれて、私の欲しかったものを、際限なく与えてくれる存在。


 彼にこの姿は見られたくない。


 今まで見せないように頑張ってきたものが、無くなってしまうから。


 それが無くなってしまったら、本当に歯止めが利かなくなってしまう。彼に依存し過ぎて、嫌われてしまうかもしれない。


「このままでいいんですっ……私は、もう必要ないんです……貴方の……役に立てないからっ……」


 彼から拒絶されるのが怖い。だったら私の方から離れたい。私の望みを全て叶えてくれるはずの彼は、その望みだけは絶対に叶えてくれない。


「っ……なんで、どうしていつもっ……私の本当に望んでいる事だけ、聞いてくれるんですか……」


 腕を掴んだ手は、靄の向こうへと私を引き上げ、暖かな光が身体を包む。


「リック様――」



――



「おっ、やっと起きたか」


 焚火の準備が終わり、服を乾かしているとリゼがもぞりと動くのが見えた。


「……ぁ、リック、様」

「悪かったな、すぐに気付いてやれなくて、それでも無事でよかった」


 既に陽も傾き始めている。今日のところはここで野営するとして、俺は食器を準備し始めた。


「……」

「……?」


 なんだろう、この凄まじい違和感は。


 いつもなら騒がしいくらいに元気なんだが……頭を打って変になったか?


「どうした、リゼ?」

「あの……私、リック様のそばに居て良いんでしょうか?」


 ……なるほど、やっぱり気にしてるのか。


 俺は苦笑いして、リゼの髪を撫でてやる。不安そうな顔をしている彼女は、いつもの彼女とは違った印象を受けた。


「大丈夫、何度も言うが俺は役立たずだって言われて、パーティを追い出されたんだ。リゼの辛さはよくわかる」


 口で言っても納得しないだろうな、俺も納得しなかったし。


 それでも、アベルやセリカはずっと励まし続けてくれた。だったら、俺もそうするべきだ。


「怖いよな、自分の弱さを自覚しているのに他人に受け入れられるの……でも、信じてほしい、俺はリゼを見捨てないし、もちろん邪魔だなんて思ってないからさ」


 身をかがめて、優しく抱きしめてやる。


「本当ですか……? 信じますよ、私……」

「ああ、それでいい」

「これ以上のわがままも、言いますよ」

「構わない」

「嫉妬もするし、あと……泣いたりもしますよ」

「そうしてくれ」


 震える声のリゼを抱いて、俺は力強く応える。


「あと、あと――」


 それ以上の言葉は意味をなさなかった。


 リゼは今までずっと堪えてきた分の涙を、全て流すように声をあげて泣きじゃくった。

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