アリス・イン・ブラザーコンプレックス ~親が再婚した結果、このたびめでたく学年一の美少女である英国人ハーフの姉崎アリスの義理弟になりました

虎戸リア

1:不落の城のアリス

「はあ……あんな完璧生物が存在してしかも同じ空間にいるとかマジで世界には奇跡も魔法もあるんだよな」


 そんなたわごとを言いながら、教室の窓際の方を見つめる俺の友人Aである帽子山ぼうしやまに俺はため息をついた。


「お前、それ毎日言ってて飽きないの?」

「飽きないね! 美しいものを褒め称えることに飽きなぞないのだから! つーか、何、そのクールな塩対応。賢兎けんと、お前はあの女神様を見てなんも思わんのか? あん?」


 そんな帽子田の言葉に釣られて俺は窓際を盗み見た。


 そこには――確かに帽子山の言う通り、女神が存在していた。


 春の陽光を反射し、煌めく長くふわふわな金髪に、まるで窓の外に広がる空のように透き通ったブルーの瞳。人形のように整っていながらもどこか愛嬌と親しみを感じる顔。そのブラウスを盛り上げる大きな胸と、スカートの裾から覗く艶めかしい太ももに目を奪われない男がいたらそいつはきっとロリコンか貧乳教徒かもしくはその両方だ。


 背が高く、グラビアアイドル顔負けのスタイルを誇る彼女の名は――姉崎あねざきアリス。見ての通り、母親がイギリス人のハーフらしく、もはやそれは有象無象の女子達を蹴散らす無双の存在だった。


 俺だってもちろん、可愛いなあ美人だなあエロいなあという、この高校にいる男子が全員、一度は抱いたであろう感情がなかったとはいわない。


 だが、ぶっちゃけここまで突き抜けられると逆に恋愛感情は抱けず、異世界の住人のように感じられた。


 彼女は文武両道であり、勉学もスポーツも全てがトップクラスであり、完璧超人と呼ばれて然るべき存在なのだが……。


「どうあがいても、俺ら如き凡人には手の届かぬ高嶺の花だろ。それに――」


 俺が姉崎さんを見ている時に、まさに俺が言おうとしたことが起こった。


 彼女の下に、隣のクラスにいるチャラ男系の男子がやってきて声を掛けたのだ。


「ういっす、アリスちゃん。今日の放課後って空いて――」

「ない」


 まさにそれは神速のカウンターだった。俺でなきゃ聞き逃すほどに、冷たく素早い返しだった。


「……だよね。あはは……」


 目すら合わせてくれない姉崎さんに、憐れチャラ男君は引き攣った笑みを浮かべたまま、すごすごと退散していく。正直、姉崎さんと同じクラスになってからは、もはやその光景は日常茶飯事であり、クラスメイトもそれを茶化すこともない。


「……遠くから眺めるだけで良いな!」


 帽子山がそう結論付けるのも無理はなかった。


 姉崎さんは、その女王めいた容姿にある意味相応しい――男子を一切寄せ付けない不落の城だったのだ。


 俺や帽子山を含む兵卒に、その城を攻略する手段なんて絶無だった。


 その……はずだった。



☆☆☆



 高級ホテルのロビー。


「つーわけで、再婚する感じよ。で、今からその相手と彼女の娘ちゃんと顔合わせだから、よろぴくね☆」


 気持ち悪いウインクをする親父に俺はとりあえず蹴りを入れながら、怒鳴り返す。


「ふざけんなよクソ親父! 仕事もせずフラフラしてると思ったらなんだ急に再婚って! 一ミリも聞いてねえぞそんな話!!」


 急にこんなところに呼びだしやがって。めかし込んで来いって言われたから最低限シャツにジャケットは着てきたが、そんな大事な相手と会うんだったらもっとちゃんとしてきたのに!


「良いじゃねえか、似合ってるぞ。お前もだんだん俺に似てきてイケメンになってきたな」

「うるせえ! 全然嬉しくねえよそれ!」

「ま、とにかく、向こうはもう上のレストランにいるから、行くぞ」


 そう言って、スタスタと親父がエレベーターへと向かっていく。


「……ちっ。なんだよ」


 俺は複雑な感情をどう処理したら良いか分からず、付いていくしかなかった。


 俺を産んだ母は、俺の物心がつく前に病気で亡くなっていた。写真でしか見たことのない、その女性を俺はイマイチ母親と認識できなかったが、それはそれとして、父が別の女性と再婚するという事実をすんなりと受け入れられるほど俺は人間が出来ていなかった。


「相手には娘がいるのかよ」

「そうだ。美人だぞー。それに……まああとは会ってからのお楽しみだ」


 まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる親父にとりあえずパンチを入れつつ、俺はやたらとゆっくりなエレベーターに少し苛立った。


 同時に、いつまでも上につかなければ良いのに、とも思ってしまった。


 俺は、その再婚相手とやらに、どう接するべきかを……決めかねていた。


 だけどそれは今から思えば、杞憂でしかなかった。


 なぜなら俺は――それどころではなくなったのだから。


「やあ、お待たせシルヴィア」

「五分遅刻。ケンジさんらしいわ。そして初めまして……ケント君」


 そう言ってふわりと俺に笑いかけたのは、茶髪の外国人女性だった。とても日本語が上手で、名前と顔付きからしてそのシルヴィアさんが親父の再婚相手であることは間違いない。だが問題はその横に座って、まるで鳩が豆鉄砲を食ったかのような表情を浮かべたまま、口をぱくぱくとさせている、金髪碧眼の少女だ。


 綺麗にメイクして、ドレスアップした姿は大人びており、惚れてしまいそうなほどに綺麗ではあるけれど。


 それは何度瞬きしても、絶対に忘れる事のない顔のままであり、だからこそ俺は彼女が言わんとすることを代わりに言葉にしたのだった。


「なんで……君が」


 その言葉と共に、俺はその金髪碧眼の少女――姉崎アリスと見つめ合ったまま硬直したのだった。

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