眠れない後輩

ジャックさんから『差し伸べる手』の成り立ちを聞いた後、簡素な夕食を取って空き部屋に泊めてもらう事になった。


「………眠れない。」


しかしベットに横になっても眠気は訪れず、何と無しに先ほどまで話をしていた部屋に向かっていた。


「なんだ?眠れねぇのか?」

「ジャックさん。はい、どうにも眠くならなくて。」

「そうか、それならちょっと話していけ。」


先に部屋の中にいたジャックさんは椅子を指差し、着席を促す。


「なぁ、リョータ。お前、人を殺したことはあるか?」

「は?え?いや、無いですよ!」

「そうか。シンディも言ってたような平和な所から来たって言うんなら、そりゃそうだろうな。」


ジャックさんはいきなり物騒な話を振って来る。

現代日本で生活していて人を殺したことがある高校生なんてほとんどいないだろう。


「そう言うジャックさんは?」

「オレはある。こっちの世界に来る前から、殺しに盗み、なんだってやって来た。」

「………。」

「ロッキー、前リーダーに会うまでは、その生活が当然だったんだ。」

「人を殺すのは、」

「良くない事、だろ?ロッキーにも言われたよ。知恵も教養も無かったオレに、熱心に何度もな。」


俺が言おうとした事を先んじて言われる。

そんな生活が当然だなんて、想像したくもない。

愕然としている俺を気にせずジャックさんは話を続ける。


「オレだって理解はしたさ。オレ達は組織を作って、殺し以外の手段でも皆が皆の命を守れるように努力するようにした。だけどな、こんな世界で、最後に自分の事を守れるのは自分だけなんだぜ。」

「それは………。」

「ほんとは明日の朝に渡そうと思ってたんだが、今渡しちまうか。ちょっと待ってろ。」


自分の身を守れるのは自分、初めてこの世界に来て、騙された事を考えると、決して否定できる理屈ではない。

ジャックさんは席を立ち、何かを取りに部屋を出る。


「ほれ。」

「剣!?」


そして少しして部屋に戻ってくると、食べ物を差し出すような気軽さで俺に剣を差し出した。


「護身用ってやつだよ。使う機会が無いに越したことはないが、一応受け取っとけ。」

「分かり、ました。」


刃渡りは自分の肘から指先程度の長さで、短剣?と言われそうなサイズだったが、受け取ったそれは予想よりも遥かに重かった。

ずっしりとした感覚が、俺に他人を傷つけ得る凶器を持っていると理解させる。

この世界に来た時は、ラノベみたいにチート能力を貰って無双するのかもって思ってた。

しかし、ほんの数日、この世界で過ごした後に初めて握る武器は、あまりにも重すぎた。


「ジャックさん、タガミ先輩は………タガミ先輩は人を殺したことがあるんですか?」

「………それは本人に聞いてみな。」

「………。」

「だけどよ、もし仮に、シンディが人を殺してたとして、お前はあいつの後輩じゃなくなるのか?」


ジャックさんの目は、暗に理由なく人殺しを楽しむ奴に見えるのか、タガミ先輩を信じてやれないのか、と言う問いかけをしているようだった。


その後は部屋に戻って横になったが、あまり眠れないまま翌日を迎えた。

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