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 町を一望出来る坂の上で独り、世界の終わりにでも直面したかのような絶望的な表情(殆ど見えてないけれど纏うオーラがそれを物語っている)で天を仰ぎ立ち尽くす、夢咲高等学園の女子を見かけた。

 何を隠そう、僕の妹だ。


「紗凪、こんなとこで何して……?」

「ひふっ、に、兄ィ!? べべ、ぶぇ、別にっ、な、なんでも、もも、ない、よ?」


 電波の悪いところで聴くFMか。そうだな、局名は、FM372(さなぎ)といったところか。


「どうした、学校で嫌なことでもあったのか?」

「……兄ィ、わたしって、やっぱり可愛くないよね?」

「な、なな、何を言ってる、紗凪は僕の可愛い妹だっ! 兄ィランキング堂々の一位だ! いや、世界一可愛い妹だぜ!」

「あはは。そ、そうじゃなくて……ほら、髪の毛も癖っ毛で前髪もこんなだし、話すのも苦手だし」

「……誰かに言われたのか? そんな奴には兄ィが文句言ってやる。鉄拳制裁だ!」


 紗凪は首を大きく横に振った。


「わたし、自分に自信が持てない。可愛くなりたい、もっと話せるようになりたい、でないと、ふ、ふり、ふり、ふりふり」

「紗凪、昔から教育番組のお尻ふりふり体操、好きだったよな」

「ち、違う……好きだけれど! ……ふ、振り向いてもらえないもん……こんなんじゃフラれて当然だよね」


 なるほど。フラれたのか。え? 早。

 入学式ですよ、今日。


「お、おう……よよよ、よし、そういうことならこの兄ィに任せろ! その相手を見返すくらい、いい女になればいい!」

「わ、わわわたしが、いい、いぃ、いいおんなに!?」

「そそ、そそそ、そうだ! 紗凪ならなれる!」


 何故か二人して声が震えてしまうのはさておき、僕を見上げた紗凪の前髪が風に靡くと、死んだ魚のようだった瞳に幾分の光が射した。

 黄昏時の赤が、綺麗な琥珀の瞳に彩りを与え、いつもより紗凪が可愛く見えた。そうだ、紗凪は可愛い。

 素材は悪くないはず。ならば、兄としてやれることは一つ。磨き上げ、——隅々までピッカピカに磨き上げて(他意はない)、その小さな恋を実らせてやろうじゃないか。


 

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