悼み

「マンシュタイン将軍! もしあなたが言っていたことが本当なのならば、いったい私は何のために同胞を殺してきたのでしょうか? でも、今はそんなこと、どうでもいいです。再三言いますが、あなたはとてもいい男でしたよ。本当に今までありがとうございました。どうか天国で昔の仲間たちと思い出話に花を咲かせてください。私もいつか、そこに行ったときに私が生きた間、何があったのかをお伝えします……」


 ふぅと大きく深呼吸したヘロルトは窓から身を乗り出し、

「シュナーベル中尉! 担架を持ってきてくれ!」

 そう言って、執務室の椅子に腰を掛けた。


 まもなくして、ガチャリと執務室のドアが開かれる。

「少し遅いんじゃないか? シュナーベル君」

 泣き腫らした顔で彼はシュナーベルに微笑みかけた。

「担架を要求した意味がよくわかりましたよ」

「ああ。そうか。とりあえず、マンシュタイン将……マンシュタインを担架に乗せろ」

 彼も立ち上がり、マンシュタインを担架に乗せるのを手伝う。そして担架に乗せられたマンシュタインの軍帽を脱がし、右手に握らせ、その手を左胸の上に乗せる。

 そして彼も担架の片側を持って外にマンシュタインの遺体を運び出す。

「私の車に乗せてくれ。あと、助手席には誰も載せないようにしてくれ」

 移動中、シュナーベルにそう伝える。

「わかりました。私はどれほどあなたがマンシュタイン閣下のことを敬愛していたのか知っていましたよ」

 彼はそう一言だけ言った。


 そして正門からは担架を担いだヘロルトとシュナーベルが出てくる。

 ざわざわと兵士がざわついた。それは生きて捕らえるはずのマンシュタインが死んでいるから。

「第三装甲師団、マンシュタイン閣下に敬礼!」

 ヘロルトの合図に反応し、周りで待機していた兵士がこちらを向き、敬礼する。



「マンシュタイン閣下のご遺体はあなたの車に積むのですよね?」

 担架を担ぎながら車列の奥へ進む途中にシュナーベルがそう聞いてきた。

「ああ。そうだ。私が後部座席のドアから先に乗り込むからそのまま担架を車に押し込んでくれ」

「了解しました」

「ああ、あと、私が車に乗り込んだら君たちはすぐに出発してくれ。私はハイドリヒ長官に伝えておくことがあるからな」

「了解しました」


 そして彼らはヘロルトの指示通り車にマンシュタインの遺体を乗せ、車列は先に出発した。



「ハイドリヒ長官ですか?」

「ええ。マンシュタインはどうでしたか?」

「多少の抵抗意思を見せたので現地で処刑しました」

「そうですか……彼の苦しむ姿が見たかったのですが、それは叶いませんでしたか……」

「いきなりですが、個人的な恩義がありますので、マンシュタイン将軍の供養をしたいのですがよろしいでしょうか?」

「いいでしょう。私はあなたがマンシュタイン元帥を敬愛していたのは知っていますから、今回限りは敵の肩を持つことをしてもいいことにします。」

「ありがとうございます」

「マンシュタインを供養するついでに、少し休養を取ってください。師匠のような存在の人を殺してしまったのですから、少し精神状態も芳しくないでしょう?明日の朝九時までにメッスに戻っていただければ結構なので」

「ありがとうございます。では」

 ぷつりと無線の接続を切って、


「よし、ゲルマニアに行こう。そして、マンシュタイン将軍を供養しよう」

 そう小声でつぶやいて、車を動かした。


 車はゲルマニア郊外の森林地帯に向かってエンジンを鳴らす。墓に使うための十字架は道中で買いそろえた。




「こんなことをするのは、罰当たりかもしれないが……」

 道の途中に車を止めたヘロルトはトランクから塹壕精製用のスコップを取り出しマンシュタインを眠らせる穴を掘る。程よい深さに掘られた穴は、大男が入っても余裕そうな広さだった。


「マンシュタイン将軍……本当は棺桶に入れてあげたかったですが、おそらく親衛隊に捕まった時のほうがひどいと思います。なのでどうか、お許しください……」

 ヘロルトは担架に使われた布でマンシュタインの体を包み、軍帽とジャケットは欲張りではあるが、彼が生きていた証拠あかしとして、彼の手元に残させてもらうことにした。


 埋めきった時にはもう、失うものは失いきったような感覚が全身を支配していた。

 とても清々しかった。そして、穏やかだった。

「ははっ、いろいろと、大変だった」

 思わず、笑みをこぼした。




 ナチ党と国防軍両陣営の降伏後、ナチ党政権では大規模な国外逃亡が発生した。ゲッベルスやシュペーアはゲシュタポの追跡を逃れて海外に逃亡したが同じ幹部であったゲーリングは移動を発見され、その場で銃撃を受けて死亡した。

 国防軍所属の軍人はロンメルなどの一部を除いてほぼ全員が投降した。

 十一月二十四日に全国で一斉に民族法廷が開かれた。裏切り者への徹底的な報復を掲げるハイドリヒの指示によって国防軍高官などには一括して死刑が言い渡され、同日中にピアノ線での絞首刑が執行された。この処刑法は受刑者に長く苦痛を味あわせるのと同時に、これはナチスにおける反逆者に対する処刑方法として一般的であった。十一月二十四日から三十一日までの一週間で十万人以上が逮捕され、三万人が処刑された。

 この反対勢力への大量殺戮はのちに暗い十一月末Dunkles Ende Novemberと呼ばれ、不都合な人間を一斉に始末するのと同時に、ハイドリヒの権力がドイツ全体に及んだことを民衆に知らしめた形となった。

 

 この大粛清の後、一年にわたって続いていたドイツ内戦は終結した。

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