第25話 ドリンカーデビュー

 翌日。


 雫はいつもより一時間ほど早く家を出た。

 店に入ると、既にアーリアの姿がある。


「おはよう、アーリアちゃん! 今日も早いね」

「あ、マスター! おはようございます! はい、練習したくて!」


 アーリアは言いながら、グラスの中でバースプーンを回していた。

 本当に熱心な娘だ。


「そっか。アーリアちゃんは本当に頑張り屋さんだね」

「えへへ、早く上達したくて!」

「うんうん。それでね、そろそろアーリアちゃんにお酒作りを任せてもいいかなって思ってるんだ」


 雫はカウンター席に座り、中に立っているアーリアにそう言った。

 するとアーリアは目をパチクリとさせ、少しの間、固まった。


「えっ……? ほ、本当ですか?」

「うん! ただ、その前にお客さんに出せるレベルかどうか確かめたいから、今からテストさせてもらっていいかな?」

「テスト……ですか?」

「そっ! 僕が今から2つドリンクを頼むから、それを作ってもらえる?」

「わ、わかりました! 頑張りますっ!」


 アーリアは胸の前で両手を握り、力強く答えた。


 何を作らせるかは先ほど考えた。

 この二つを上手く作れたのなら、アーリアは合格。

 晴れてドリンクを作る係――ドリンカーとしてデビューだ。


「じゃあ、まずはジンリッキーをお願いしようかな! あ、レシピは見ながらでも大丈夫だから!」

「はい、わかりました! それではっ!」


 アーリアはコリンズグラスを手に取り、その中にライムを絞り入れた。

 続いて冷凍庫から丸い氷とジンを取り出し、グラスに氷を3つ投入。


 さらにメジャーカップを用いて、ジンを量り入れる。


 その一連の所作は無駄がなく、それでいて美しい。

 以前のようなぎこちなさは、もうどこにも見られなかった。


 それからアーリアはグラスを傾け、内側の側面に沿わせるようにして静かに炭酸水を注いだ。

 そしてバースプーンで軽くかき混ぜ、手の甲に少し落として口に含む。


 すると、アーリアは小さく頷き、グラスを差し出してきた。


「お待たせしました! ジンリッキーです!」

「うん、ありがとう! じゃあ、次はカルーアミルクをお願い!」

「は、はい!」


 次のドリンクを伝えてから、雫はグラスを口に運んで味を確かめる。


(おお、美味い! 炭酸も飛んでないし、ライムのエグみも感じない! よくこの短期間でここまで上達したな)


 ジンリッキーは言うまでもなく合格。

 これならジントニックやモスコミュール、ウイスキーのハイボールも同じように上手く作れるだろう。


 そんなことを考えつつ、アーリアの手元を見ながらちびちびとジンリッキーを飲んでいると、


「マスター、できました! カルーアミルクです!」


 アーリアが新たなドリンクを差し出してきた。


「うん! よし、それじゃあ――」


 雫はジンリッキーを一気に飲み干してから、カルーアミルクに手を伸ばす。


 口に含むと、


(うん、しっかりと混ざってる! 文句なしだ!)


 こちらもバッチリ。


 コーヒーリキュールのカルーアは牛乳よりも比重が重いため、しっかりとバースプーンで混ぜなければならない。


 ただ混ぜるだけなら誰でもできるが、それを美しくこなすのは至難の技。

 しかし、アーリアはそれをやってみせた。


 ステアの技術も十分だ。


「アーリアちゃん、よく頑張ったね!」

「え? ってことは……」

「うん、これならお客さんにも出せるよ! シェークするカクテル以外は、これからアーリアちゃんにも作ってもらうね!」

「ほんとですかっ!? やったー!」


 アーリアは両手を上に掲げ、喜びの声をあげた。


 まだ任せてもらえたのは、グラスの中で混ぜ合わせて作るビルドと呼ばれるドリンクだけ。

 だが、それでも確かにバーテンダーとしての一歩を踏み出したのだ。

 嬉しくない訳がない。


「うん、それじゃあ早速今日から任せるよ! 僕が注文を聞いたらそこで判断して、作れそうなドリンクならアーリアちゃんに振るから!」

「はい! 頑張ります!」

「うん! それじゃあ、お店を開ける準備しよっか! 悪いけど、このグラス頼める?」

「はい!」


 その後、準備を終わらせた二人は営業を開始。

 本当の意味でバーテンダーとなったアーリアの華々しい一日が幕を開けた。



 ☆



「やっほー、雫ちゃん! アーリアちゃん!」

「あ、ビビアンさん、こんにちは!」

「いらっしゃいませ!」


 開店してすぐ、ビビアンが店にやってきた。


「よっこいしょっと! それじゃあ、雫ちゃんいつもの!」

「かしこまりました! アーリアちゃん、早速お願いするね!」


 そう言うと、雫はアーリアと立ち位置を交代した。


「はい! タリスカーのロックですね!」


 そうして、ビビアンの目の前に立ったアーリアが彼に向かって言葉を掛ける。


「え、なに? もしかしてアーリアちゃん、お酒作りを任せてもらえるようになったの?」

「はい、今日からっ!」


 ビビアンの問いかけに、アーリアは満面の笑みを浮かべながら返した。


「へえ、やったじゃないっ! あ、それならせっかくだし、一杯目はカクテルでももらおうかしら!」

「え? タリスカーじゃなくていいんですか?」

「いいのよん! アーリアちゃんの作るお酒飲んでみたいし!」

「ビビアンさん、すみません。ありがとうございます!」


 これは彼の優しさ。

 自分がアーリアの作る酒を最初に飲むことで、彼女に自信を与えてやろうという考えによるものだ。


 それに気付いた雫は頭を下げると、ビビアンはウインクで答えた。


「それでアーリアちゃん、どんなカクテルでも作れるの?」

「えーっと、シェークとか難しいの以外でしたら!」

「そっ! なら、そうね。スプモーニでももらおうかしら。アーリアちゃん、イケる?」

「スプモーニですね、かしこまりました!」


 スプモーニは練習で何度も作ったカクテルだ。

 アーリアは自信を持って答え、ドリンク作りを開始した。


 最初はいつも通りコリンズグラスを手に取り、氷を入れる。

 次に薬草・ハーブ系のリキュール――カンパリとグレープフルーツジュースを加え、一度ステア。


「へえ、上手いじゃない!」

「えへへ、ありがとうございます!」


 話しながら手を動かし、アーリアはトニックウォーターでグラスを満たした。

 最後に炭酸が抜けないよう、軽くかき混ぜてから味見。


 カンパリ特有の苦味とグレープフルーツの酸味、それに炭酸が調和した爽やかな味が口に広がる。

 問題がないのを確かめたことで、ビビアンに提供した。


「お待たせしました! スプモーニです!」

「はい、ありがとねん! じゃ、頂くわ」


 ビビアンは赤く染まったグラスを口に運んだ。


 アーリアはその様子をどこか不安そうに見つめている。

 それも無理はない。

 何せ自分が作った酒で金を取るのだ、自分や雫に作るのとはまるで訳が違う。


「うん、美味しいわっ! アーリアちゃん、あなたやるじゃないの!」

「あ、ありがとうございます!!」


 アーリアは顔をぱぁっと明るくさせ、深く頭を下げた。

 努力が報われた瞬間だ。



 その後、三人で雑談をしながら数時間。

 ビビアンが帰ったのと入れ替わるようにして、四人の客が新たにやってきた。


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃ――。あっ……」


 途中で言葉を失うアーリア。

 彼女の視線の先に立っていたのは、自分が以前所属していた冒険者パーティー<タンポポの花>の面々だった。

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