第30話 ラララララ、ベベベベン、シャンシャン

 レバーは半ばから傾いたままで、真っ直ぐになったわけじゃなかった。つまり、島は移動モードってわけだ。

 ナマズンを引き上げたから島が再び動き始めると思ったんだけどなあ。

 

「海の中にナマズンみたいなのがまだいるのかな?」

「あ、ひょっとしたら」


 レバーと僕の顔を交互に見ながら問いかけてきたパックに向け、ポンと手を打つ。

 島が停止したのは「安全装置」が作動してロックされたってことだろ。

 だったら、一旦元に戻してやればいいんじゃ? いわゆる再起動ってやつさ。

 レバーを真っ直ぐに戻し、再び同じ方向へ傾けてみる。


「おお、おおお!」

 

 パックの歓声と時を同じくしてゴゴゴゴと地面が揺れ始めた。

 かくして島が再び動き出す。

 といっても、絶海の孤島なことが変わるわけでもなく、景色が劇的に変化するわけでもないけどね!

 でも、ずっと進んでいればいつか島とか陸地に辿り着くかもしれない。

 島の中を探索する時もワクワクしたけど、海の旅も同じくらい、いや、それ以上に僕の冒険心をくすぐる。

 

「ビャクヤさん」

「ん?」


 ニーナが僕の後ろに隠れるようにして、ギュッと甚平の裾を握りしめてきた。

 彼女とナマズのナマズンを一緒にしたのがまずかったか? レバーを確かめる少しの間だけだったから、問題ないと思っていたのだけど。

 ナマズンの様子をちらりと見てみるが、彼がその場から動いた様子はない。

 あ、彼のぎょろっとした目を目線が合ってしまった。

 ジロジロと見ていた僕の失礼な態度には気にも留めず、逆に彼は会釈をかえしてくる。ぱっくりと口が開いているが、きっとあれは紳士の微笑みに違いない。

 人間の僕からしたら間抜け面にしか見えないのだけど……そこは種族の差だな。うん。

 

 ナマズンの様子を確かめた後、ニーナの耳に顔を寄せ囁く。


「どうした?」

「いえ、何もないです。やっぱりわたしは女の子の顔の方が好きです」

「首から下は平気なの?」

「はい。むしろ惚れ惚れします」

「男の体が苦手ってわけじゃないんだな」

「はいい。どうしても首から上が」

「普通に喋る分には平気なんだよな?」

「もちろんです。ナマズンさんは心穏やかな方のようですし」

「ナマズ系はみんなあんな感じなの?」

「そうでもないです。血気盛んな方のほうが多いと思います」


 あの肉体だものな。お祭りとか好きそうだ。

 「えいやさー」「えいやさー」とか掛け声を出して、神輿を運んだり……。

 ごめん、かなり偏見だった。えいやさーに毒され過ぎだな。

 

 失礼にも釣り上げた形になってしまったが、せっかくの会話ができる客人を放置するなんてとんでもない。

 そんなわけで、ナマズンの隣に腰かけた僕は彼に声をかけた。


「ナマズンさんは泡の中に住んでいるんですか?」

「拙者はどうも街が合わず、はぐれ泡に住んでいるでごわす」


 快活に応じるナマズンは胸筋をピクピクと動かす。

 ニーナからレスリングレオタードは寝間着って聞いていたけど、散歩の時にも使うのか?

 とかどうでもいいことを聞いてしまいそうになったが、思いとどまる賢い僕である。

 

「はぐれ泡……とは?」

「お家と小さな畑を作るくらいの大きさがある泡です」


 ナマズンに問いかけたつもりだったけど、後ろからひょこりと顔を出したニーナが答えてくれた。

 いつの間に僕の後ろに回り込んだんだ。肩に手を乗せられるまで気配を感じなかったぞ。


「一人暮らし用の土地みたいなものかな?」

「男一人の城でごわす。吾輩、どうも人付き合いが苦手でごわす」

「人と会話するのが苦手な感じはしないんですが、共同生活が苦手というわけですか?」

「そんなところでごわす。地上種のビャクヤ殿はここで生活を?」

「はい。ここで一人で暮らしていたのですが、今は心強い三人と生活しているんですよ」

「そうでごわしたか!」

「是非また遊びにきてください。歓迎します」

「ありがたき申し出。いずれまたここへ来訪させて頂くでごわす」


 わざわざ立ち上がってペコリと頭を下げるナマズン。

 対する僕も慌てて立ち上がって彼と握手をする。

 その時、足元が大きく揺れゴゴゴゴという音が止まった。

 あ、危ない。もう少しで転ぶところだったよ。

 ナマズンはさすがの体幹でビクともしていない。

 

 シャンシャンシャンシャン――。

 また何かに詰まったのかな、と考えを巡らせようとするが下手くそな三味線のような音が鳴り響く。

 

「綺麗な音色ですね」

「ごわす」


 うっとりと目がとろんとするニーナと、聞き入るように丸太のような腕を組み目を閉じるナマズンに対し「えええ」と声が出そうになった。

 最後の砦であるパックは耳を塞いだかと思うとカモメ姿に変化してしまう。


「パック」

「くあ……」


 パックは僕と同じ気持ちだったようで、嫌な状況だってのにホッとした。

 この音、耳触りが悪すぎる。

 もうちょっと上手く演奏できないものか?

 

「ニーナ、海の中から音を鳴らすなんてこと……」

「はへえ?」


 ダメだこら。すっかり音色に夢中のニーナに尋ねても答えは帰って来そうにない。

 ナマズも同じだな。地上部分だったらパックに飛んでもらえばすぐ確認できるけど、彼は彼で参っている様子だし。

 ならば、僕が確認するしかあるまい。

 

 耳を塞ぐ手を外し、くわっと目を見開いて立ち上がる。

 気合だ。気合いでなんとかなるってテレビの人も言っていた。

 

 シャンシャンシャン、ベベベベッベエエン――。


「ぐ、ぐうおお。強烈になったな」


 盛り上がってきたのか知らんが、さっきより音色が激しさを増す。

 特に高音が脳髄に響き、クラクラしてくる。

 何かあるとすれば移動している方向だろ。砂浜を背にして磯の方角へ目を凝らす。

 

 ん、磯の範囲が拡大しているような気がするぞ。

 遠すぎて気のせいかもしれないけど、影のようなものがポツポツとあるような。

 しかし、音は確実に磯の方角から響いてきている。

 騒音問題には毅然として対応しなきゃな。いや、僕らの方が侵入したから、勝手に入ったこっちが悪い?

 レバーを逆方向に倒して、離れれば?

 

 ラララララ、ベベベベン、シャンシャン!

 歌まで入ってきたああ。頭が割れるうう。

 なんて酷い歌だ。僕の記憶にある中でこれほど酷い歌を聞いたことが無い。

 気が変わった。一言物申す。

 そして、そそくさとレバーを反対方向に倒すのだ。

 

 そんなわけで、竹竿を構え音のする方角に向けて思いっきり振るう。

 しゅるしゅると糸が伸び、恐らく着水した。

 

 釣れた!

 またしても人型だああ。今度は水色の髪をした女の子だった。

 彼女はおっぱいがプルンプルンで頭から小さな角が生えている。

 年のころは20歳に届かないくらいだろうか。ニーナと同じように貝殻ブラジャーをつけているけど、どことなく彼女より上品な気がする。

 お約束というか何と言うか彼女もまた下半身がすっぽんぽんだった。

 海の種族の標準スタイルなのかこれ?

 彼女の場合は脚がヒレってこともなく、人間と同じように二本の脚なのだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る