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僕たちは波山さんのところへ駆け寄った。波山さんは震える手で川凪さんの頭部を指さしていた。仰向けの形となった川凪さんの頭には穴が開いていてそこから血が流れていた。


「トレパネーション?!」


 熊沢さんが不意に叫んだ。そう、川凪さんの遺体は、先ほど洞窟で見た人骨と同様に頭に穴が開いている。これは偶然と言っていいのだろうか。

 頭の穴に気を取られていて気が付かなかったが、川凪さんは腹部から出血しているようで、服に大きな血の染みがあった。さらに、彼の遺体からこの部屋の出口に向かって三本の細い線が血で描かれていた。川の字状の血痕は、波山翁の家でも見覚えがあった。


「トゥレイトじゃったか。」


 振り返ると神主が部屋に入ってきていた。


「あなたは彼が死ぬことを予期していたんですか。」


 僕は神主の男に詰め寄った。


「確信は持てなんだ。じゃが、ヤマニシのこともあったけ、ロストしたって聞いてもしやと思ったんじゃ。」


 神主はそう言った。それから茫然と座っている波山さんのところへ行き、彼の肩を叩いた。


「もうすぐポリスが来るけ、待っとれよ。」


 しかし波山さんはゆっくりと頷くだけだった。


「あなたは、一連の出来事の原因に心当たりがありますね。」


 熊沢さんが神主に行った。神主は首を横に振った。


「これはご存知ですか。」


 熊沢さんが洞窟で拾ったティアラを見せた。神主は気まずい表情を浮かべ、目が泳ぎ出したのが分かった。


「原因の検討がついていますね。」


 熊沢さんが聞くと、神主が頷いた。


「ここじゃなんじゃけ、外で話さんかね。」


 僕と熊沢さんは、神主の話を聞くために境内に出た。日が昇りきっており外は暑くなってきていた。


「ティアラを持ってるけ、常世神は知っとるね。」


 僕たちは首肯した。それを見た神主は唇をかんだ。そして重い口を開いた。


「あんたらに黙っとったんは、困らそうとしてじゃねえ。島で何とかしよう思っとたけ。」


 まだ食糧事情が不安定だった時代、この島では漁業フィッシング生命線ライフラインだった。ある時常世神がそんな島民にある話を持ち掛けた。彼を祀ることで豊漁を保証ギャランティし、財宝を与えるというものだった。島民は喜んで常世神を受け入れたが、それは罠だった。

 三尸虫は知っているかね。頭、腹、足に巣食って、それぞれが宿主《ホスト)を所有欲、食欲、性欲に溺れされる。

食欲や所有欲に溺れると、三尸虫はどんどん大きくなる。そして庚申の日の夜、宿主ホストが寝静まると宿主ホストの体を食い破って外に出る。そして三尸虫は常世神と同化し、常世神は大きくなる。自らを成長させるのが常世神の目的だった。

島民は常世神信仰の弊害を知っても、祀るのをやめられなかった。一度信仰を捨てればまた漁獲量が不安定アンステイブルになってしまうからだ。そうやって常世神との関係リレイションが続いていった。

時代が下ってアメリカの統治下にあるころには食糧事情が改善し、明日の食べ物に困るような時代は終わった。そこで我々は常世神を祀るのをやめた。

ところで常世神が今のようにイエの神と考えられるようになったのは江戸初期と思われる。漁業の成否はそのイエの盛衰に深くかかわっていたため、島民の認識が漁業の神からイエの神へと変容していったのも無理な話ではない。その正体は常世神信仰を取り仕切っていたワイフの家系が代々口伝で伝えていったから、島民たちはその正体を忘れていった。

私の義父ファザァインロウは戦後、常世神との関係を断ち切るため、常世神を洞窟に封印した。島民が不自然に思わないように、他の祭りは存続コンティニュウさせた。それが今の「オシンメサマ」信仰になったのだ。

ヤマニシの家の先代は純粋な学術的興味から常世神信仰を研究していた。先代が死んで、その子供、この前死んだあの爺がヤマニシを継いでしばらくした頃、あいつが、常世神が財宝を与えてくれることを知ったんだ。恐らく親父の研究資料を見たのだろう。そこで彼は常世神を呼び覚まし。それによりあいつは巨万のプロパティを得た。一連の災い《ミスフォウチュン》は、あの爺が欲に目が眩んで封印を解いたのが原因だろう。


そこまで言うと、神主はタバコに火をつけた。彼の言ったことが本当であれば、あの洞窟に放置されていた白骨の頭部に開いていた穴はトレパネーションの跡ではなく、三尸虫が食い破った跡だということになる。彼らは常世神のもたらす宝物に目が眩み、それが三尸虫を成長させ、ついには頭を食い破られて死んだのだろう。

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