第48話 神さまはそんなに甘くない。

 番だなんて、私は何も聞いてない! 私は両手で頭を抱え込んだ。

 私はこの世界にスローライフをしにきたんじゃなかったっけ?

 くるときに、神様と約束したはず!

 王子様の番とか、聞いてない!


 わいわいと賑わうご家族の中で、私一人が頭をぐるぐるとさせていた。

 一体どうなってるの!

 あ、そうだ。頭の中の辞書に聞けばいい。きっと身分差とかで結婚できないとか、何かオチがあるはずよ!

 私は、未だかつてないくらい必死に、頭の中の知識を引っ掻き回した。


『竜族の番』

 あった。これだ!


『竜族の伴侶として長い生を共にするもの。竜族が初めて異性を背に乗せることは、求婚プロポーズに相当する』


 そんなルール、聞いてないから。

 えっと、身分差とか、種族違いとか……。


『竜族は婚姻にあたって種族差をあまり意識しない。同族を求めるものが多いが、他種族から番を見出すこともある。それに対する反発も少ない』


 フリーダムな種族なんですね。

 って、違う! そこじゃない!

 頭の中のどこをどう探しても、私が求めるような答えは見つからなかった。


『いい加減、諦めたらどうだぽよ?』


 はい?


 鑑定だけではなく、私の脳内辞書までも、スラちゃんに乗っ取られたらしい。


 って、スラちゃん⁉︎


『そうだぽよ〜♪』


 能天気な声が頭の中に響く。スラちゃんって、確かルルド村に残してきたわよね?


『そうだぽよ? でも僕は特別製だから、こうやってチセと話ができるぽよ』


 特別製って何だろう?

 というか、この遠距離で私の思考がスラちゃんにダダ漏れなのってどうなのかしら?


『君の一番の転生特典チートは、僕だぽよ』


 えっと、それはどういう……。


『君の異世界スローライフと、与えられた使命を遂行するために、サポート役として神が使わされたのが僕だぽよ』


 使命? 使命って何。聞いてないよ?


『チセは考えが甘いぽよ。聞いてなくても、何事にも与えられるものには対価というものが必要なんだぽよ。世の中とは、そうやって公平性バランスを保ってるんだぽよ』


 いや、最初に神さま(?)は、「善行をした人には、贈り物をしてあげられる」って言ってたじゃない……!


『チッチッチ。だから、チセは甘いぽよ。君が命を賭して命を救ったことに対しては、君が望む新天地で命を与えるということで対価は相殺されてるぽよ」


 え。それって、異世界転生とかで聞いてないよ?

 善行してトラックに轢かれて転生したら、チートもらって異世界で……って、お約束なんじゃなかったの⁉︎


『……君、ゲームとかアニメとかそういうの、やり過ぎ』


 スラちゃんに突っ込まれた。


『君が最初に望んだ希望はささやかすぎて、神が望む使命を与えるには些か軽すぎたんだ。だから、神は君に追加でオプションを盛り込んだんだぽよ』


 ……はい?


『まあ、言い換えるとぶっちゃけ押し付けたんだよ。望んだもの意外に、オプションチートがあるだろう? 神は君にこの世界を救う……いや、脱皮できない聖竜を目覚めさせることを望んだ。この世界を聖竜があるべき姿に戻せるように、とね』


 ぶっちゃけられた。

 というか、聖竜って……アルだよね?

 スラちゃんの言うとおりだと、神さまは私の望みを叶えるために転生させてくれたんじゃない。私にアルを目覚めさせるという使命を持たせるっていうのが、主な目的だったということだ。


 ……ちょっと待って。勝手すぎない⁉︎


『だってチセ、竜に乗って空を飛びたいっていったぽよ? 望みどおりだろう?』


 私は、がっくりと項垂れた。

 ひどい、ひどすぎる。

 神さまは勝手だ。

 私は両手を支える手をそのままに、頭を横に振った。


「……チセ、チセ?」

 そんな私にアルが気がついて、声をかけられる。


「俺の伴侶なんて、いや、だったかな……」

 アルが、少し傷ついたような顔で苦笑した。その顔はまるで捨てられた子犬のようだ。


「違っ……。私、竜族のそういうしきたりとか知らなくて。その急すぎて……」

 嫌なのだろうか、あまりにいろんな情報が飛び込んできすぎて、私の頭はパンク状態だった。


「そうだな。チセは変なところで世間に疎かったな。……そういうことをきちんと説明した上で背に乗ってもらえばよかったな」

「ごめん」と呟くと、アルが悲しそうに微笑んだ。

 ご家族も、ハラハラした様子で私達を見ていた。


 私を見つめるアルの瞳が、秋の風に吹かれたように悲しげに潤んで揺れる。



 どう、しよう。私は頭の中で逡巡する。

 アルのことは嫌いじゃない。

 嫌いじゃないだけなのだろうか。


「……私、は」

 次の言葉を出そうと、私はアルの腕を掴んだ。

———————————————————

次回、エピローグです。

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