第6話


 暗黒。

 と表現したいくらいに辺りは真っ暗だった。

 太陽も月も空に上がらない夜明け前。この時間帯が一日のうちで一番暗い。

 足場は凸凹としていて悪く時おり地上に出ている木々の根に躓いて転びそうになる。

 山を登り始めてどれくらい経ったのかはわからない。視界の良い昼間と比べて進む速度が遅いのたしかだろう。

 だが、目指す先は決して見失うことはない。

 ほとんなど何も見えない山の中でオレの目は前にある灯りだけを追っていた。


「マリ」


 ついに目的地までやってきたオレは佇む灯りに向って幼馴染の名を呼ぶ。

 すると目の前にいる人物がこちらに振り返り、首に掛けていたネックレスの輝きが増した。


「もう、遅いよルスト」


 マリに怒ったような感じはなく、むしろその声には嬉々とした感情が含まれているように聞こえた。


「中々来ないからもしかして約束忘れちゃったのかもって思ったよ」

「まぁ……半分忘れてたみたいなんだけどさ。村からソイツの光が見えた時思い出したんだ」


 トントン、と自分の胸元につついてマリの首にかけているネックレスを示す。昼間は全く光ることのなかったマリのネックレスだが、今はランプのように暖かな橙色の光を灯していた。

 マリのネックレスに使われている魔石は壊れたわけじゃない。古くなって機能が衰えただけだ。魔力の豊富な自然の中で、他に魔石を使ったモノがない場所なら十分にその輝きを放つことができる。

 

「お前オジサンたちに言うの忘れてただろ。オジサン心配してたぞ」

「あ! そういえば忘れてたかも」


 しまった、と驚いたマリは苦笑いを浮かべる。

  

「じゃあルストはアタシを迎えに来ただけ?」

「……違う。ちゃんとオレはお前との約束を果たすためにここに来た」


 ――成人の儀の朝、村が見える山の上でもう1回夢を話そう。


 いつの日か小さい頃交わした2人の約束。

 それを果たすためにオレはシュミットさんにマリの居場所を伝えた上で、自分に任せて欲しいと頼んでやって来たのだ。

 オレの覚悟が伝わったのかマリは落ち着いた様子でポツポツと言葉を紡ぎ始める。


「アタシ、お昼にルストと話してからここでずっと考えたんだ。なんでルストは村で働くって言ったんだろうって」

「それは……もう大国が全部調べ尽くしたのにオレたちが旅なんてする必要ないから」

「違うよね」


 オレの言葉は毅然としたマリの声によって一蹴された。


「ううん。それも本当だろうけど、1番はパパとママが心配だからだよね」

「…………」

「アタシもそうだけど、一人っ子だからアタシたちが出てっちゃったあとのパパたちが心配で。村に残らないとって思ってるからルストは衛兵になるって言ってるんでしょ」


 オレは答えない。

 ここで口八丁にアレコレ言って誤魔化すことはできたのかもしれない。だけどここで嘘をつくのは何もかもを裏切ってしまうように思った。

 

「けどやっぱりルストは間違っていると思う」

「何が間違っているんだよ」

「衛兵になるって言う時のルストが苦しそうだからだよ」


 刹那、マリの背後の向こうにある地平線から光が漏れだした。

 暗色だった空に朝焼けの赤色が伸びていく。

 夜明けだ。


「ルストがルストのパパたちを心配する気持ち、アタシもすっごくわかるよ。でもさ、だからってルストが何でもかんでも我慢しなくたって良いじゃん!」

「それでも今さらどうするって言うんだよ!? 仮に旅に出たところで何ができる? 何がある?」 

「そうだね……。ルストの言う通り、大きな国が沢山のことを調べてくれた。アタシたちが見つけるはずだった楽しいことが、どんどん先に見つけられちゃった。ルストはそれに飽き飽きしたんじゃないかな」


 そうだ。

 オレは無言で肯定した。

 父さんと母さんが心配だったのも本当だが。今マリの言ったことが怖かった。

 自分の夢だったものが見ず知らずの誰かに壊され、理不尽な現実を押し付けられるのを恐れた。それならいっそ、まだ夢が形を保っている間に捨ててしまいたいほどに。


「けど――その国の人たちはここから見える景色がこんなにも凄いんだって知ってる?」


 そうマリが言った時には地平線の向こうから顔を出した太陽が神々しいとすら言える光を見るモノ全てを照らし尽くしていた。

 村も川も山も……何もかもが圧倒的な光に晒された世界は幻想的なまでに美しかった。

 その中でマリが笑いかけてくる。


「村を出るのは間違っているのかもしれない。けど何もせずに勝手に知った被って間違っているって決めつけるのは1番後悔すると思う」


 マリの目はより一層真剣みを帯びつつ、それでいてとても楽しさが滲み出ているかのように輝く。


「海は広い。じゃあどのくらい? 遺跡が発見された。何の遺跡だろう? 新しい魔物が捕まえられた。どんな子だろう? 人から聞いた話なんてつまんない。自分の目で見て感じなくちゃ。全部体験するまでアタシたちの旅は絶対に終わらないよ」 

「全部ってお前……」


 自分がいったい無茶苦茶なことを言っているのが分かっているのだろうか。

 マリの大言に思わず笑いが込み上げてくる。

 あまりに子どもっぽくて荒唐無稽な……だが面白そうだと思わせる夢。

 それはマリが言った言葉に少なからず納得しているからかもしれない。

 本から得た知識、人から聞いた話だけで満足しているつもりだった。それ以上は何もないと勝手に諦めていた。だけど彼女はそれだけでは足りないと言う。

 視界いっぱいに広がる景色全てを照らし輝く太陽の光を背に、マリはオレに手を差し伸べた。


「だからルスト、アタシと一緒に旅をしよう。笑って、泣いて、怒って、悲しんで、正解か不正解なんて未来明日に譲ってさ、今のアタシたちが後悔しないように――終わりのない旅を楽しもうよ」

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