第18話 残念なクルマたち

「残念なクルマたち」


「残念なクルマたち」という本が一冊だけ売れ残っていて、ワシはその本屋に行くたびに立ち読みをしていました。

 「本ぐらい買えばええやん。」と思われるかもしれませんが、節約を強いられて生きているワシにとって、面白そうじゃけど、すぐに買って読まなければならないほどの本ではないと思っていたのです。でも今日行ってみたら売り切れていました。昼食を3回ぐらい我慢して買っとけばよかったと後悔しています。

 「残念なクルマたち」とは、悪いクルマのことではありません。個性的すぎたのか、先進的すぎたのか、とにかく売れなかったクルマのことです。売れなかったので滅多に見ることができない、いわゆる「珍しいクルマ(珍車)」のことであります。

 今世紀の初め頃は、ワシの職場には「残念なクルマ」に乗っている同僚が多かったように思います。後輩のダンディ(あだ名)の乗っていた「カレン」。誰も知らないと思いますが、セリカのライト周りを変えて、ちょっと大人向きにしたクルマで、ダンディなダンディに良く似合っていました。それからゴトウちゃんの「ユーノスプレッソ」。可愛らしい赤が彼女によく似合っていました。それから「プラッツ」(ビッツのセダン版)や「パルサーセダン」、「サイノス」なんてのもありました。それぞれ個性的で、駐車場を見るだけで、今日の出勤の様子が一目で把握できるので、とても便利でした。

 そして、その中にあって、群を抜いて「珍車」は、何といってもワシの「レパードJフェリー」だったに違いありません。

 実物を見つけたのは、3年ぐらい前で日産直営の中古車店においてありました。色は青みが買ったシルバーで、写真で見るよりはずっとボリュームがあって上質で上品なクルマでした。ワシはちょっと興味を持ってしまったので、ちょっと試乗させてほしいとお願いしたら、快くクルマを出してくれました。

 乗ってみてびっくらこいたのは、ものすごく静かで滑らかに走ることでした。元がセドリックとは思えないほど巧みにセッティングしてあるのか、まさにジャガーみたいじゃなあと思いました。ワシはジャガーは乗ったことはありませんが、たぶんこんな感じなんじゃろうなあと思いました。内装もソフトで上品な感じで、本当のお金持ちってたぶんこんなんじゃろうなあと思いました。一見地味に見えるけど、一つ一つの部品が上質で、何よりもバランスが良くてクルマの雰囲気にあっているなあと感じました。3年落ち、でも極上車。程度が抜群に良くて、車内も新車の匂いが漂っているような感じさえありました。エンジンはV6の3000ccで込み込み250万円は新車価格を考えると安いと思いました。日産の役員の方が所有していて、本社に行くときに乗る程度だったと聞きました。なるほどね。ということは整備もばっちりで点検もきちんと受けていて、丁寧に乗っていたことも納得がいきました。

 この数年前に、このレパードがフルモデルチェンジしました。雑誌で写真を見たワシは「なんて不細工なクルマなんだろう。」と思いました。一個前のはご存じ「あぶ刑事レパード」でした。それなりに人気があり、ワシもお金があったら欲しいと思っていましたが、今度のはいけません。なぜか尻下がりの4ドアセダンに変身してしまい、日産は何を考えているんだろうと思ったぐらいです。ワシはこんな不細工で400万円もするクルマなんか絶対に飼うことはないと思っていました。でも実車はよかった。写真で見るよりボリュームがあって上品でバランスが取れていて、ワシはマジでカッコええなあと思ってしまいました。写真じゃあ分からないのは見合いと同じじゃなあと思いました。実際に会ってみないとクルマも女性もわからんもんですね。

 そしてワシは、このクルマがすっかり気に入ってしまい、5年のローンを組んで買うことにしました。なんか知りませんけど、タイヤもバッテリーも頼みもしないのに新品に交換してくれて、ピカピカのそれこそ新車同様のレパードJフェリーに乗り始めたのは、平成7年の5月ごろのことだったと思います。

 それでどうじゃったかというと・・・。

 はっきり言ってどこに行っても目立ちました。それから

「あれは何というクルマか。」とか「外車ですか。」とか百回ぐらい聞かれました。この田舎町にはもちろん一台もなかったので、それはそれはいろいろな意味で珍しがられました。

 でもええクルマでした。スタイルは好みもあるので何とも言えない部分もありますが、何より乗り心地が良かった。乗り心地がいいと言っても、クラウンみたいにヤワヤワじゃあなくて、セドリックみたいにゴツゴツじゃなくて、なんちゅうかしっとりしなやかなソフランみたいな乗り心地で、しかも腰があるというかワシの知っているどのクルマよりもワシはいい乗り心地じゃと思いました。街乗りも高速道路も田舎の国道もずっとそんな上品な乗り心地が気に入っていました。

 内装も、上質なグレーでシートが厚くて本物のウッドパネルが貼ってあって、真ん中に高級そうなアナログ時計。シフトレバーが小さくて握り心地が良くて、ゲートが切って会って、派手なケバケバシサがまったくないけど、高級で上品で、そんな感じが伝わってくるような内装も気に入っていました。決して広くはないけれど必要十分というか適度なタイト感があって、ワシは乗ったことはないけどなんとなく「ジャガーの匂い」を感じていました。

 いちばん好評だったのは、助手席に乗せる女性の方々でした。男よりもよっぽど本物の「高級感」というものに本能的に鋭いというか敏感なのでしょう。みなさん気に入って下さったようでした。

「いいクルマですね。」

「乗り心地がいいですね。」

「上品ですね。」

「座り心地がすごくいいですね。」

と、誉め言葉を連発してくれました。

 男どもは、速いというかがさつというか、そういうものをクルマに求めていることが多かった時代において、女性の方は本物を見抜く目をもっているんじゃなあと妙にに感心したことを憶えています。

 たぶんセドリックと同じで、5ナンバーいっぱいの大きさにも関わらず、なぜか大きく見えないし、その大きさを持て余すこともあまりなかったのは、このクルマの作りが良かったからでしょうか。そういう謙虚そうに見えるところも好きでした。

 見合いの時にはあんまりそうじゃあなかったけど、付き合ってみたらものすごくいい人で大好きになった。それがレパードJフェリーでした。

 ワシは今でもレパードJフェリーがあったら欲しいと思います。この歳になって、やっとレパードが似合うようになってきたとは思いませんが、今ならもっと上手に使いこなせると思うのです。外装ブリティッシュグリーンの内装タン色のコリノーレザー使用じゃったら最高にカッコええですね。


 ワシは他にも「残念なクルマたち」を所有したことがあります。

「7thスカイライン 4ドアHT 2800ディーゼル」

足グルマに中古で買いました。セダンというかクルマとしてはとても満足して乗っていました。何より燃料代を気にせずあちこちに行くことができました。軽油はガソリンの半額の時代でした。初めて鹿児島まで行ったこともあります。丈夫で4人がゆったり乗れて、広くてゴージャスでとても好きでした。スカイラインという名前でなければ、本当に名車だったと思います。

「R33 GT-R」

走りの出来は、32Rよりもはるかに上だったと思います。でもたたずまいがなぜか不細工でした。設計途中でアホな役員に言われて、無理やりホイールベースを伸ばすことを余儀なくされたからかなあ。(という噂)

他にもいろいろありますが、ワシが身をもって感じたことは

ワシが所有した「残念だったクルマ」たちは、実はいいクルマだったということです。確かに人気がなくて販売には結びつかなかったかもしれませんが、それなりにメーカーが気合を入れて作ったクルマであること、人気がないので中古価格が驚くほど安いこと、それから程度のいい(すぐに売ってしまったのか)クルマが多いことなどなど考えると、とても買い得なクルマたちだったというのがワシの結論です。


 「残念なクルマたち」だってワシ今でも欲しいし、いろんな思い出を作ってくれたことに感謝しています。

 売れるクルマがいいクルマとは限りません。売れなくてもいいクルマはたくさんあるんです。ようは自分が気に入って好きで満足出来たら、それが一番最高なんだと思います。今のワシにとっては、キューブですかね。


 最後になりますが、ワシはレパードのローンの支払い中に失業してしまい、支払いにものすごく苦労した5年間でした。それでやむを得ず売却を考えたのですが、あの買い叩いて売るまで絶対に許してくれないというしつこい出張買取の業者でさえ「値段がつけられません。」と言ってあきらめて帰って行ったという武勇伝もあるのです。すごいでしょう。何が?。


 

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