第10話 妻とクルマ

「妻とクルマ」


 こんなワシにも妻がいます。

 よく結婚してくれたものだと我ながら不思議に思っています。妻はええとこのお嬢さんだったので、田舎で貧しく育ったワシとは趣味も考え方も価値観も180°違うはずなのですが、何とか楽しく過ごしています。妻は迷うこともなく、周囲の反対をものともせず、ワシの実家のある不便な町に来てくれました。ということもあって、ワシは妻にとても気を遣っています。どれぐらい気を遣っているかというと・・・。

 妻は「クルマを代えたい。」とは自分からは決して言い出さないので、雰囲気を察して妻の好みを聞いて車種をある程度しぼって、試乗に連れて行って、もし気に入ったらグレードやオプションや仕様を決めてワシが購入しています。納車されて、妻が喜んでくれたらなぜかワシも嬉しい気持ちになります。

 妻はこちらに来てから、つまり一緒に暮らしはじめてから、ガソリンスタンドに行ったことがありません。週末になると、ワシは妻のクルマにガソリンを入れて空気圧を確認して洗車して室内を清掃して、月曜日にはいい気持で出勤できるように、整備不足で事故などにあわないようにできる限りのことはしているからです。ワシはそういうことが好きなのであまり苦になりません。

 ワシの車道楽のことはよく理解してくれています。突然ガレージに見知らぬクルマ入っていることはうちの家ではよくあることなのですが、慣れてしまったのか、あきらめているのか、この人からクルマを取ったら何も残らんと思っているのか、文句を言ったことは一度もありません。何の相談もしないで衝動買いしたZを見つけたときでさえ、「いい色ね。」と言ったっきりでした。

 一緒に出掛けるときは、基本的にワシのクルマでワシが運転します。妻が運転したことは一度もなくて、いつも助手席を少し倒して静かに座っています。自販機に寄ってコーヒーを買うときも、空き缶を捨てるときも、妻は助手席から一歩も降りませんというか降りる気配すら微塵も感じられません。

 洗濯機を買うときもエアコンをつけるときも、スマホを買うときも、それはすべてワシの仕事ですべてワシが決めてワシが一人で買いに行きました。

 基本的にお嬢様なので気が利かないというか、あまり欲がないというか、誰かがやってくれるまで待っているというか、それを基本的には受け入れるタイプなので、いいのか悪いのか何でもワシがやることになっていて、ワシはとってもバタバタしています。

 そんな妻に不満があるなど、ワシはそんな大それたことは考えたこともないのですが、強いてあげるなら、

「おいしいとか贅沢は言わないので安全な料理を食べたい。」

ということぐらいでしょうか。あまりたいしたことではないので申し訳ないのですが。 

 妻はもしかしたら、料理というものが苦手というか、実家ではシェフが作っていたので(←うそ)あまりやったことがないというか、味音痴というか、そんなことがひしひしと伝わってくるのです。それでも妻は、特にそんな自覚もなく、毎日とてもワンパターンな料理をワシのために頑張って作ってくれるのでありがたいとは思っています。でも味付けがね。クルマの運転で例えると初心者のアクセルワークとように「ON(濃い)」か「OFF(薄い)」のどちらかで、パーシャルスロットルの状態(ちょうどいい)というものが存在しないのです。

 以前、夕食で鶏肉の煮物みたいな料理がでたときは、一口食べてその塩辛さに倒れそうになりました。命の危機を感じるほどに塩辛かったのです。それでもワシは嫌な顔一つせず、悟られないように汗をかきかき全部たべました。そしたらマジで具合が悪くなって、ソファの上でしばらく横になっていました。ワシは「こいつはもしかしたらワシを殺して他の男と結婚しようと思っとるんじゃないじゃろうか。」と疑ってしまいましたが、妻の皿を味見させてもらったら、同じように塩分濃度が死にそうに高くて、それを平気で食べている 妻を見て、故意ではなくて、こいつはただの味音痴だということが分かって、ホッとしました。ワシはこのときは、

「夕食でよかった。朝食なら100%欠勤するはめになっていた。」

と自分の運の強さに感心してしまいました。ワシはそれ以来、夕方に妻が台所に立つと不吉な予感しかしなくなりました。本当にトラウマ級の出来事でした。だからと言って苦情を言える立場でもないので、また言うつもりもないので運に任せて神に祈っています。

 妻はきれい好きで整理整頓能力にたけていて、書類でも何でもですが、「あれ出して。」と言ったら、10秒以内になんでもすぐに出てくれるしっかり者です。家の中はものすごくきれいです。ワシが使うためにちょっと置いていたものがすぐになくなって収納されています。ワシは大切なものはすべて妻に預けています。おかげで結婚してからものをなくすことがほとんどなくなりました。その割にはクルマの汚れには無関心で、ワシはそういうのがキライなので、ワシがせっせと洗車しています。

 そんな妻が自分からクルマの不満を言い出したのはたった二回しかありません。一度目は乗っていたパジェロイオのGDIエンジンが不調になった時のことです。ハイオク指定にも関わらずレギュラーを入れていたこと。ちょい乗りを繰り返していたこと。あまりアクセルを踏まないでエンジンを回すことがなかったことなどが重なって、カーボンが堆積して、信号待ちなどアイドリング状態のときに不安定になり、エンストする症状が現れたのです。パジェロイオは、小回りが利いて視界も良くて悪天候にも強くて、妻はとても気に入っていたのですが、妻のゆったりとした運転と、GDIエンジンと相性が悪かったようでした。あのとき、2000ccGDI直噴ではなく1800ccの普通のエンジンの方を買っていたら、もっと長く乗っていたと思います。二度目は先日クロスビーと交換したRVRのときでした。このクルマはいろいろな意味でいいクルマでした。三年間遠くの街まで、どんな悪天候でも雪でも凍結路でも、妻を安全に送り届けてくれました。でも妻にとっては街乗りでは車幅が大きすぎて使い辛いという面が出てしまい、手放すことになってしまったのでした。ワシは「妻が言うぐらいだから本当に困っているんじゃろう。」と思いすぐに対応しました。

 ワシの家での仕事は、クルマの管理(給油、点検等を含む)、買い物、ごみ捨てのすべて、草抜き、町内会行事の出席、回覧板を回すこと、風呂掃除、自分のことすべて、猫たちの世話、運転、家具購入、電化製品購入、故障対応、プリンターの消耗品購入、クリーニング等々たったこれだけしかありません。あとはすべてよくできた優しい妻がやってくれるのでとても楽です(←ウソ)

 決して強制されたり頼まれたりしているわけではないのですが、ワシの本来のこまめな性格と妻に対する気遣いの結果として、いつの間にかこのようになっていたというか、我が家ではこれが当たり前になってしまっていまのでした。気が付いた時にはもう遅かったのです。(泣)

 考えてみれば、いまこうやってのんきに生きていられるのも、お金もないのに車道楽を楽しんでいられるのも、それから突然拾ってきた猫たちと楽しく元気に暮らしていけるのも妻の存在があったからだと思っています。もっと感謝せんといけんなあと思っています。みなさんも頑張ってくださいね、(何が!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る