第2話 退職届を提出!!

 私は書き上げた退職届を手に協会長の部屋の前に来ていた。背には私物を詰め込んだ、収納拡張済みのリュックサック。


 基礎研究課が解体となったことで業務契約上の仕事がゼロになったこともあり、引き継ぐ業務もなく。私物の回収も先程完了したので、後はこの退職届を提出して去るだけだ。


 前協会長時代からお世話になった職場。

 思い入れはあった。特に前協会長のハルハマー師は叩き上げの人で、基礎研究の重要性をよくわかってくれていた。共同開発した錬成品も多い。

 ことあるごとに「ルスト達、基礎研究課の皆がこの協会のかなめだ」と、言ってくれていたのは今でも忘れられない。


 そのハルハマー師も政変の余波で左遷となってしまい。代わりに来たのが役人上がりの今の協会長だ。

 今思えば、私もあの時辞めておけば良かったのかも知れない。


 そんなことを考えながらドアを開けようとすると、なにやら声が漏れ聞こえてくる。


「こちらが武具協会からの……」


 耳障りな声。


「ふん、確かに。それでは基礎研究課に回していた予算は全て武具錬成課に回しておくぞ」


 協会長の声だ。


「ありがとうございます! さすが協会長閣下は物事の真価をわかっていらっしゃる。お荷物だった基礎研究課解体のご英断、流石です。これで武具錬成課から更なる成果を上げて見せましょう」

「なになに、当然の判断だ。これからも武具協会からの例の件はよろしく頼むぞ」


 満悦そうな協会長の声。


 私は、消音ぐらいしとけよ、めんどくさいところに来たなーと思いながら。まあ辞めるし、と思ってドアを強めに叩くとそのまま中へ。


「おい、誰だっ!? ──ルストか! お前の入室は許可してない! 勝手に入ってくるな」


 協会長が怒鳴る。


 私は返事をするのも面倒だったので、そのまま無視。協会長の机に靴音を響かせ近づく。

 そして退職届を叩きつけるようにして置いた。


「用事はこれだけです。私、辞めますので。それでは」


 くるりと身をひるがえし、そのまま退出しようとする。そこへ耳障りなリハルザムの声。


「おい、ルストっ。なに勝手に辞めようとしているんだ! 辞められるわけないだろう!」


 私は何言ってるんだこいつと思いながら口を開く。


「辞められますよ。これ、私の労働契約書」


 私は前協会長と取り交わした契約書を取り出しながら告げる。


「私の労働契約は基礎研究課に関することだけです。退職の際は基礎研究課の研究内容の引き継ぎを要するとありますが、誰かさんのおかげで、たまたま基礎研究課は解体になったので。引き継ぐこともありません。つまり即日の退職が可能です」

「雑用はどうする! 誰が俺の蒸留水を作るんだ?!」

「そんなの自分で作って下さい。そもそも労働契約外の業務ですし。錬金術師なんだから、それぐらい簡単でしょ」


 私はため息をつく。


「ふん、いい厄介払いだ。リハルザム師はお前などいなくてもどうとでもなると、日頃から言っていたからな。そうだな、リハルザム師?」

「えっ。あー、はい。まあ」


 急に歯切れの悪くなるリハルザム。


「せいぜい雑用をこなしていれば最低限の給与だけは出してやろうという、協会の温情もわからん奴など、要らんっ。さっさと出てけ!」


 挙動不審なリハルザムの様子も気にせず、協会長が言う。


「結構です。それでは」


 私は今度こそ、とばかりに部屋を出るとそのまま外へ。

 降り注ぐ太陽が、眩しくも清々しい。まるで私の退職を祝福してくれているようだ。


「はぁー。退職、こんなもんか。まあ、気分はそれなりに良いかなー。さて、自室の賃貸解約も終わってるし、荷物も全部ある。このままカリーンの元に向かいますかー」


 私はリュックサックから一枚のスクロールを取り出す。

 それは今回のために錬成した、騎獣を封じた物。


「《展開》」


 私の手を離れ空中に浮かび上がったスクロール。くるくると広がるとそのままで固定される。


「《顕現》ヒポポ」


 手のひらをスクロールに叩きつけるようにして魔力を通す。

 次の瞬間、私の目の前に現れたのは八本足の小型カバだった。


「よいしょっ」


 私はヒポポの背につけた鞍にまたがると、辺境を目指し出発した。



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