第3話 遠征─第一段階

 艦隊戦、と呼ばれる戦闘様式はもはや言われるまでもなく、海空の三次元的戦術が必要とされる。敵艦隊に空母が含まれることは当然ながら、陸上基地からの攻撃、それに電波妨害手段(ECM)など、攻撃方法も高くに渡る。

 「メビウス」戦争の初頭、人類は「メビウス」に対して一方的に勝利できたのもそのおかげだ。「メビウス」の本格的侵攻以前のACRPやSCSOも、「メビウス」の対空戦能力の無さに助けられたことは一度や二度ではない。


 「メビウス」は今でこそ人類を滅亡寸前にすら追い込んでいるが、それは五十年前には考えられなかったことらしい。「情報爆発」以前の戦史が残っていない以上はっきりとしたことは言えないが、それでも「メビウス」が苦杯をなめたのは一度や二度ではないのだろう。

 しかし、マリアナ沖海戦以後、「メビウス」は人類に拮抗しうる戦術を手に入れていた。海空による三次元攻撃などもその一つだ。しかし、「メビウス」は人類よりも遥かに早くそれを完成形に持っていった。


 「メビウス」の航空攻撃は艦橋をピンポイントで攻撃し、艦隊同士の砲撃戦の最中にそれを行うことで被害をより増大させたのだ。マリアナ沖海戦以後人類史上最大の反抗作戦であった「オリンピック」作戦/神話の第二次世界大戦時におけるフランス・ノルマンディー上陸作戦の作戦名に倣う/までに「メビウス」は人類側の艦隊の艦船を文字通り消し飛ばすかのように殲滅していった。

 「オリンピック」作戦成功によってかろうじてながらもマーシャル島嶼部を守りきり、ハワイ島嶼部を奪還したものの、その被害もまた大きかった。旗戦艦級一四隻完全撃破ないし撃沈、一二隻大破。基幹戦艦級四八隻完全撃破ないし撃沈、八二隻大破など、当時のSCOが保有していた全戦力のほとんどすべてを喪失し、また人的損害も著しかった。


 SCOがハワイ島嶼部を奪還したにしても、その代償はあまりにも大きすぎた。精鋭部隊であった総司令官直轄艦隊を完全喪失に近しい形で失ったのもその一つだ。余談ながら、この艦隊にアップルジャック少将/現在は第三主力艦隊司令官の統率していた第三主力戦隊も含まれていた。

 これが、愁の生まれる1年前に起きたハワイ/マーシャル沖海戦である。


 SCOがUSGEOに発展的解消を遂げたのもこの大損害があってこそであり、この海戦以後USGEOは無人艦隊を積極的に投入していくようになる。だが、それも諸刃の剣だということを、USGEOはしっかりと認識していなかったのかもしれない。


 そして、その認識の甘さが今回の、信じられない敗北につながったと言えるだろう。




 「負けた…」


 愁は呆然と、そう言った。

 スプルーアンス総司令官による日本管区攻撃作戦は、満に一つも失敗する要素はなかった。懸念要素は第三主力艦隊だが、最悪の場合でもアルフリート・アップルジャック第三主力艦隊司令官は救えるはずだった。

 だが、日本管区は強かだった。


 日本管区は攻撃が始まると同時に、第三主力艦隊の指揮権を奪い、第三主力艦隊と第二主力艦隊とが戦闘になった。ここまでは想定どおりだったのだ。

 しかし、第二主力艦隊の司令官の、もっとも後方に位置していたはずの旗艦「ジャイロフィッシュ」が、瞬殺された。文字通り、瞬殺だった。


 「ジャイロフィッシュ」に搭乗していたユリウス・ユークリア司令官がいきなり殺された。文字通りの先制攻撃だった。ユークリア司令官は敵工作員が艦内に乗り込んでいたのか、即座に銃殺され、その指揮権を奪われた。

 第二主力艦隊副旗艦は直ちに指揮権を奪い返そうとした。しかし、無人艦隊、つまり巡洋艦以下水雷戦隊によって主力艦隊の戦艦群をすべて撃沈されると、第二主力艦隊は戦闘力のほぼすべてを失い退却した。


 第二主力艦隊の撤退によって巻き添えを受けたのは第一主力艦隊だった。ユークリア司令官の戦死によって艦隊司令官不在となった第一主力艦隊は、ただちに「桜蘭」と愁によって戦場を離脱したものの、それでも第一主力艦隊旗艦─余談ながら第十三警備軍艦隊旗艦と交代していた「秋桜」が撃沈されるなど、被害はかなり大きい。

 幸い、第一主力艦隊の艦魂は全て無事であり、被害は大きいとはいえ、最大でも中破程度の損害でしかない。だが、日本管区がUSGEOを退けてしまったというのはとてつもない問題だった。


 「まさか、反乱軍が勝つなんて…」


 美沙はそう独白した。そうとしか言えなかった。

 常識的に考えて、あり得なかった。USGEOの艦隊戦力は強大であり、いくら第三主力艦隊の指揮権を奪ったとはいえ到底勝てるような規模ではない。ましてや、第三主力艦隊の艦長は全員下船しており、いたのはアルフリート司令官だけだった。

 つまり、精鋭としての強みもなかったのだ。


 にも関わらず、指揮系統をあっさりと奪われたUSGEOの攻撃艦隊は撤退し、日本管区の勝利を確定させられた。


 「愁、まずいことになった…。このままだと、USGEOが崩壊してしまう。ヘマをすれば、抗命罪に問われる」

 「アジア系管区の一斉蜂起と、ACRPの復活でも起こったの?」

 「そのとおりだ。状況は最悪というか絶望的だ。USGEOが持っている戦力は第四主力艦隊と第十三警備軍艦隊、つまり俺達だけ。あとはオーバーホール中の特殊艦隊があるが、運悪くオーバーホールしているのがアジア系管区の近くだ…」


 国防軍艦隊はどうした、と聞こうとして状況を覚る。国防軍艦隊の指揮官は総司令官に従属しているが、その総司令官は今まさに更迭させられようとしているところ。いま独断専行すれば、次の総司令官に何を言われるかわからない。

 こんな状況でそれをするか、と思うが、よく考えるとその可能性もなくはない。むしろその可能性が大きい。今の状況で頼れるのは国防軍艦隊と僕たちの硫黄島島嶼部への偵察艦隊のみ。長きに渡って国防軍艦隊は主力艦隊よりも下に見られてきた以上、このチャンスを黙って見過ごすわけがない。


 国防軍艦隊がこのまま動かなければUSGEOは間違いなく崩壊する。だから、USGEOと総司令官はいやでも国防軍艦隊を動かすしかない。その代償は、国防軍艦隊の影響力の増大だ。


 「速報だ、USGEOは総司令官代行として軍令部総官のベアトリクスを選出、臨時措置で戒厳令を強いた。USGEOの行政府は全員更迭のうえ、いま議会で総務大臣を選出中とのことだ」

 「このタイミングで政府を解散…、タイミングが悪すぎる。どうしてこんなときに政府を…、まさか!」

 「アジア系議員とベアトリクス派議員、それに野党勢力と与党の一部が裏切った。多分、日本管区からなんらかの見返りがあったんだろう」


 苦々しい声が聞こえてくる。

 タイミングが良すぎると思った。恐らく、議会は日本管区派によって汚染されていると考えるべきだろう。それどころか、ベアトリクス軍令部総官も日本管区派かもしれない。


 「これは、反政府の一大クーデター…」

 「おそらく、ヨーロッパ系は猛反対することだろう。ヨーロッパ系管区はこんなことになるとは想定もしていなかったのだろうが、アジア系管区はすでにこのことを知っていた。

 というよりも、このクーデターはアジア系によるヨーロッパ系の逆支配をするための布石かもしれない」

 「でも、なんのために…」


 それが理解できない。なんのために、こんなタイミングでしたのだろうか。やるならば、マリアナ島嶼部奪回作戦と硫黄島島嶼部奪回作戦が行われている最中に行うべきだ。

 そうすれば、なんのリスクもなく「水の都」要塞は陥落したはずだ。もっとも取って返してきた後が怖いが、その段階になれば艦隊の指揮権を奪うことなど造作もなかったはずだ。

 第一主力艦隊の指揮権を奪ったときのように。


 「!急報だ!国防軍艦隊の第八艦隊から通信、「メビウス」艦隊出現、マリアナ島嶼部より至る、数およそ100!」

 「100っ!?そんな馬鹿なことがあるのか!?敵艦隊はつい先日大損害を受けたばかりのはず!」

 「続報!敵艦隊は戦艦多数を含む!大規模侵攻艦隊だ!もしもこのまま事態が推移すれば、「水の都」要塞だけじゃなく、その先のフィリピンまで一気に奪われる!」


 最悪、というよりも絶対的にアウトな状況だった。

 艦隊戦力はほとんど奪われ、内政はズタズタ、さらに日本管区による反乱。文字通り末期だった。


 「ハワイ島嶼部の総司令官直属艦隊を呼び寄せる。アルフリート司令官が不在だから第一戦隊司令官不在だが、戦力は大きい」

 「ハワイを抜け穴にするのか!?それはまずい。ハワイに同時侵攻があってもおかしくない。それに、ハワイから来ても間にあわない!」

 「敵艦隊を一ヶ月食い止められればハワイからの艦隊も間に合う。この際使えるものは全部使う。俺の権限で国防軍艦隊を何とか指揮下に抑える。遅滞戦術をして、敵艦隊を何とか食い止めるんだ!」


 でも、と言う。


 「そもそも、そんなに権限は…」

 「んなことわかってる!意地でも全艦隊を指揮下に収める。あとの軍法会議で裁かれても文句はない!それよりも、水の都を放棄する。何とか「水の都」要塞の市民を別の要塞に移すんだ。そんくらいの無茶はしろ!」

 「分かった!こっちはどうにかする!」


 そう言うしかなかった。状況は絶望的だが、まだ決まったわけではない。

 なんとか抑え込む。

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