第1話 魔女の走る海

 「桜蘭」が出航しようとしている間、他の艦船も出撃準備を整えつつ対空戦の準備をしていた。しかし、第一主力艦隊の残存艦船はその殆どが大きな損害を負っており、まともに迎撃できる能力があるのは重巡洋艦「春夙しゅんしゅう」と一等駆逐艦「龍風たつかぜ」のみだった。


 「春夙、全目標を「桜蘭」へ突入していく敵機体群に指定。短距離SAMの発射も許可する」

 「了解、目標「桜蘭」へ突入せる敵機体群。短距離SAM発射準備」


 「春夙」の高角砲座すべてが前方に向けられる。「春夙」の迎撃能力すべてを用いて「桜蘭」を脱出させるのが、「春夙」艦長、高橋劉の考えだった。基幹戦艦級の艦船をここで失えば、もはや敵艦隊と交戦する能力は失われる。

 それよりは、「春夙」を犠牲にしてでも「桜蘭」を救うべきだと考えたのだ。


 「春夙」は重防空巡洋艦(重防)として建造されているため、短距離SAM八発の同時発射能力と高角砲一二基、中距離機関砲二四基という一巡洋艦としては信じられないほどの防空能力を持ち、そのうえ対空レーダーは最新鋭のものが搭載されている。

 高橋は春夙に要塞搭載型のレーダーと駐空型レーダー(小型飛行船、レーダーを搭載する)との同期を命じ、状況を把握できる空間を飛躍的に広げていた。


 高高度からの爆撃機、中高度から迫る艦上爆撃機らしき機体群、そして雷撃機は総計すると三〇〇機以上であり、しかもその数は加速傾向にあった。これを要塞から発進した戦闘機が阻止できるとは、到底思えない。


 「…、救援はまだか!」

 「「東の征服ウラジオストク」要塞から、特殊艦隊を派遣するとのこと」


 春夙が無機質な声でそう言った。

 特務艦隊とは、技研持ちの特殊な艦隊だと聞いている。なんでも、速力が非常に速く、名前がドイツ語の風の名前に倣っていると聞く特殊高速戦艦級(俗に「ヴィント」級)や基準排水量が神話中最大の戦いである第二次世界大戦に登場した最大の戦艦を上回る大型旗戦艦級など、問題児まみれだ。


 「…、本部は何を考えているんだ…」


 特殊艦隊を派遣したとしても、役に立つかどうかは未知数だ。その艦隊を、態々首都防衛戦に使うのか?


 「私には理解しかねますが、首都近海におり、しかもすぐに駆けつけられるのはそれらの艦隊のみであったためかと愚考します」

 「なるほど。確かに、時間稼ぎにはなるか…。それで、その特殊艦隊、っ!!」


 艦が揺れる。三次元ホログラムを解除する。

 急降下爆撃をうけて、主砲一基が消し飛ぶ。


 「第一砲塔弾薬庫に緊急注水!」

 「第一砲塔弾薬庫に緊急注水」


 続けて、急降下爆撃機が多数襲いかかってくる。

 急降下爆撃機の高音のダイヴ音が耳と頭を容赦なく傷つける。頭が痛むが、それでもそちらに攻撃を合わせるつもりはない。


 「桜蘭の出港通知を受領。本艦への出港命令が出ていますが」

 「…、無理だな…っ!!」


 急降下爆撃機が黒い塊を放つ。静止目標、しかも抵抗しない敵に対する爆撃はほとんどが成功する。


 「春夙、短距離SAMを直ちに発射!」

 「目標指定なし、じゅだ…」

 「目標、「桜蘭」上空に接近する敵機体群!」


 春夙、受諾。短距離SAMを直ちに発射。予備分ふくむ八発を全力発射。代わりに敵急降下爆撃機からの爆弾が殺到する。


 …終わりか。


 無意識にそう思った。これらの爆弾を回避するのは、もはや不可能だ。


 「春夙…」

 「はい」


 春夙に呼びかけると、そこに春夙がいる。自分の命令に、愚直にも従ってくれた艦魂だ。せめて、最期くらい自由にしてあげたい。


 「今までありがとう。好きなところに行くといい」

 「…、ご命令ありがとうございます」


 無機質なはずなのに、どこか泣いているような気がした。機械のはずなのに。たかが、機械のはずなのに。


 「ですが、私はここが一番いたいところです。私は、ここで艦長とともに生を終えたいです。お許しいただけるでしょうか」


 爆弾が甲板で、砲塔で、後部艦橋で爆発する。そのたびに艦は震える。

 一発の爆弾が煙突を貫く。甲板を突き破る。そのたびに、この艦の余命が縮んでいく。


 「…、お前…」

 「でも、艦を残す努力は続けます。最後の最後まで諦めないのが、軍人の…、いえ、艦長を支える艦魂の責務ですから」


 もう、艦が助からないのは明らかだ。この状況で、回線が無事だとは思えない。


 「それに、私はもとからここでしか生きられません。例え仮想人体というものを持っていたとしても、この艦のコンピュータに人格情報などは依存していますから」

 「…、分かった。一緒に…」


 その時、艦橋から投げ出された。


 「艦長、あなたは、生き残ってください」


 艦長席の緊急射出だ、そう気付いた時にはすべてが終わっていた。

 「春夙」の中央部から、火柱が飛び出す。艦橋付近に直撃した爆弾が、艦橋をまるごと吹き飛ばし、そして弾薬庫が誘爆する。

 みるみるうちに、「春夙」の艦体は崩壊していき、そして大爆発を起こした。


 「そんな…」


 俺は…、人を一人、殺したのか?


 あの時の春夙は、機械なんかじゃなかった。感情を持った、一人の人間のように思えた。幻覚なんかじゃ、ない。


 知らない間に、頬に冷たい液体が流れていた。そして、それはとどまるところを知らなかった。


 たかが、たかが、たかが………


───────────────────────


 「「春夙」、轟沈」


 桜蘭が冷酷に告げる。「春夙」は、「桜蘭」の盾となるべく、自分の防御を見捨ててまで敵機体群への攻撃を続けていた。最後に放った短距離SAMですら、目標は「桜蘭」を狙う敵機体群だった。


 「くっ…」


 仕方ない、とは思わない。

 僕自身の実力不足だ。僕がもう少し敵機体群を減らすことができれば、もう少し桜蘭の実力を引き出すことができていれば…。


 「艦長、第二波が来ます。ご指示を」


 桜蘭が、愁を冷静にさせる。

 今考えても仕方ないことだ。失われたものは戻ってこないし、自分の実力を今更恨んたとて仕方ない。


 「短距離SAM一発を先制して先頭の敵機体群へと発射。それと同時に、高角砲を同一目標へと発射する」

 「本艦に対する相対距離が最も…」


 その声を聞きつつ、「春夙」と春夙、それに艦長の死を無駄にするわけにはいかないと決意する。「春夙」は、こちらをできる限り無傷で逃がそうとしてくれた。

 実際は魚雷ニ発を受けたが、被害は最小だ。こうなれば、意地でも敵艦隊を食い止めなければならない。


 その時、緊急で愁の脳外端子への通知が入った。すぐに通知を表示させる。

 通知から、第一主力艦隊の指揮権を僕に移譲するということが分かる。それと同時に、指揮権の受諾要請が来る。


 要請を承認。三次元ホログラムに味方艦隊を表示させる。


 「桜蘭、本艦は只今より臨時旗艦としての役割を担う。直ちにコンピュータの旗艦プログラムを起動」

 「了解。直ちに旗艦プログラムを起動します」


 味方艦隊の編成は、軽巡洋艦一、駆逐艦二、そして「桜蘭」の四隻。他とは連絡が取れないとのことだった。

 撃沈されないまでも、艦橋の最厚装甲部にある艦の主要コンピュータを破壊されれば致命的な打撃となる。恐らく、半数はそれでやられたのだろう。


 「要塞の航空機部隊、敵機体群と交戦エンゲージ


 桜蘭が告げた。


 「ここからが第二ラウンドだ」


 何が何でも、第一ラウンドでの失点をまるごと転覆させてやる。そう決意した。


 「敵機体群は八、低空に降りている機体群二、高高度の機体群一、中高度五が内訳です」

 「高高度からの爆撃はもうそこまで心配しなくてもいい。問題は、中高度から侵入してくる爆撃機だな…」


 どう考えても、普通の爆撃では「春夙」クラスの重防空巡洋艦が撃沈されるわけがない。いくら多数で爆撃されたとしても、甲板をそう簡単に抜かれはしまい。


 「中高度の機体群に主砲を向ける。第一、第二砲塔、方位0-1-5、仰角12,1度。三式弾を装填」

 「第一、第二砲塔、方位0-1-5、仰角12,1度、三式弾を装填」


 第一、第二砲塔が動き出す。

 そして、仰角がつけられる。その方向にいる敵機体群を双眼鏡で確認する。三次元ホログラムによる客観的な視点と、主観的な視点で敵を完全に把握する。


 「爆発距離280、撃ち方用意、艦長の号令で発射」

 「主砲弾、爆散距離280、艦長の号令で発射」


 敵の未来位置と、自分の演算の位置が重なる。


 「てっ!」

 「第一、第二砲塔、てっ!」


 主砲から火花が散る。そして、そこから放たれた主砲弾は、敵機体群へと超音速で飛翔していく。

 その轟音が、敵機体群のど真ん中で立ち消え、代わりに最大級の轟音が四回鳴り響いた。天を揺るがすかのような轟音の後、敵機体群が三次元ホログラム上で雲により隠される。

 そして、雲が消えたとき、敵機体群は完全に消滅していた。


 「二個の敵機体群を完全殲滅」


 隣接していた二個の敵機体群が殲滅され、後方の三個もかなりの被害を受けたようだ。数が大きく減らされた敵機体群は、前進を諦めて後ろに退く。


 「敵の低空部隊をたた…」

 「味方戦闘機隊より、低空部隊への三式弾待てという要請」


 あやうく味方を巻き込んで殲滅しかねなかったことに気づき、やはり疲れているんじゃないかと疑う。


 「すまない、残りの艦の指揮を桜蘭に任せる。僕は艦隊指揮に専念する」

 「艦の指揮を任せられました」


 三次元ホログラムを解除して、代わりに端末を見る。


 「さてと、敵艦隊、そろそろお出まししてこい!」


 それに答えるかのように、艦隊が表示される。敵艦隊の編成が移りだしたとき、敵艦隊の圧倒的優位を悟った。

 敵艦隊は、この要塞を完全包囲するかのように展開しているのか、厚みがかなり薄い。


 「桜蘭、僕の端末に、味方のあらゆるメディアから集めた敵の位置情報を表示してくれ」

 「味方の索敵情報を、艦長の端末に転送します」


 案の定、敵艦隊は要塞自体を完全包囲していた。しかも、多数の戦艦を含む。

 符丁を確認すると、各方面の精鋭艦隊が気づかれることもなく要塞を完全包囲することに成功したということがわかる。

 状況は絶望的だ。だが、絶対に諦めない。


 いまの自分達が、味方の屍によってあるのだから。

 いまここで、首都まるごと吹き飛ばされるわけには行かない。あのときのように、敵艦隊をかき乱して、活路を見出し、味方の救援まで持ちこたえるんだ。

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